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三日目 青い空と青い水面
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目の前に真っ青な空が広がる。真っ青な空、その空の色を映し出した水面。日差しは暖かかったけれど、まだ水の温度は冷たくて。
「私たちと遊んでいて足を滑らせた貴女が、桟橋から落ちて……すぐに助けたんだけれど、意識が戻らなかった。戦況が変わり私たちは国に返されたが、貴女の事は最後まで教えてもらえなかった。貴女があの国の王女だと知ったのはもっと後の事だよ」
脳裏に蘇る、あの眩しい日々。キラキラと光を反射する水面のように、私の中でいつまでも美しく輝く宝物のような日々。
眩しい金色の髪の男の子――大好きだったあの子。
――私がまだ十歳の頃。
城の離れにあった使われていない塔に、当時、同じ年頃の男の子たちと数人の大人がいた。
見た目が私たちと違う彼らは「ほりょ」だと使用人が話していた。
まだ小さな彼らがどうして戦争に巻き込まれていたのか当時の私には分からなかったけれど、彼らは決して不当な扱いを受けていた訳ではなく、ただその場に閉じ込められているだけだった。
離れの傍にある池は、当時の私のお気に入りだった。父の書庫からこっそり本を持ち出し侍女たちの目を盗んで部屋を抜け出していた私は、その池のほとりに立つ木の下で、いつも一人読書をしていた。
そしてそこで初めて、彼らに出会った。
金色の髪の男の子は、一人で本を読んでいる私を見つけて目を見開いた。真っ青な海のような瞳を輝かせて、私が読んでいる本を嬉しそうに眺めた。
「……読む?」
そう声をかけると瞳をキラキラさせて頷いた。
すぐに打ち解けた私たちは、それから毎日一緒に並んで本を読み、日が暮れるまで楽しんだ。時にはこっそりお菓子を持ち出して、本を読みながら一緒に食べた。
初めの頃は一緒に遊ばなかった他の子たちもやがて一緒に過ごすようになり、読書だけではなく追いかけっこや木登りもするようになった。彼らの名前は今でも覚えている。一人ひとり、眩しい笑顔の彼らを、私はとても愛していた。
同年代の友人がいなかった私の、秘密の友人たち――。
「……池に落ちてしまった貴女を助けて大人を呼んで……青い顔をした大人たちに抱えられて連れて行かれた貴女が一体誰だったのか、私たちは知らなかった。無事かどうかだけでも知りたかった。ずっと、探していたんだ」
王太子が私の頬を柔らかく包み込むと、その指先が濡れた。
――涙?
「エラ……私の事を覚えている?」
『――かわいそうに、姫様のせいであの子たちは皆殺されましたよ』
『姫様をたぶらかしたと、陛下が激怒されて』
――違うわ! あの子たちは何も悪いことしてない! どうしてそんな!
『姫様がもっと大人しくしていれば』
『王族なら王族らしく振舞えばいいのです』
『私たちの目を盗んでいなくなって、我儘な振る舞いをされるから』
『かわいそうに、皆苦しんで殺されましたよ……』
『恐ろしい、何と恐ろしい……』
『姫様のせいで……
姫様のせい……
悪い子。姫様は悪い子。我儘な子――』
「私の……、私のせいで……」
「違うよ、君は何も悪くない」
「みんなひどい目に遭ったって……!」
「エラ、君を助けた後、僕たちはみんな無事に国に帰れたんだよ。ひどい目になんて遭っていない」
「……!!」
両手で顔を覆っても、声が漏れてしまう。
私のせいで殺されたと何度も聞かされた、あの男の子。私の大切な友人たち。苦しんだと聞かされて、聞いてもいない彼らの叫び声が耳をつんざいた。
どうして私だけ何の罰も受けないのか、毎日泣いて父に会わせてくれと訴えても聞き入れてもらえなかったあの頃。父はその後すぐに戦場へ赴き、会うことなく儚くなった。
「……エラ」
王太子の優しい声。顔を覆う私の手を、上から優しく包む暖かな掌。
……分かる訳ない。
幼かった私たちが成長して、声も変わって髪の色まで変わって。……意地悪だわ、分かる訳ない!
「……リアン!!」
王太子の、リアンの名前を呼ぶときつく抱き締められた。硬くて熱い身体からは、森のような香りがする。その逞しい身体に腕を回して、私はぎゅうっと抱きついた。
「……やっと呼んでくれたね、エラ」
掠れた王太子の声が耳にかかり、ちゅ、と首筋に柔らかな感触がする。
「迎えに行くのが遅くなってごめん……もう、大丈夫だから」
大きな掌が頭を撫で背中を撫で、熱い体温が私を包む。
私はずっと、リアンの腕の中で泣き続けた。
「私たちと遊んでいて足を滑らせた貴女が、桟橋から落ちて……すぐに助けたんだけれど、意識が戻らなかった。戦況が変わり私たちは国に返されたが、貴女の事は最後まで教えてもらえなかった。貴女があの国の王女だと知ったのはもっと後の事だよ」
脳裏に蘇る、あの眩しい日々。キラキラと光を反射する水面のように、私の中でいつまでも美しく輝く宝物のような日々。
眩しい金色の髪の男の子――大好きだったあの子。
――私がまだ十歳の頃。
城の離れにあった使われていない塔に、当時、同じ年頃の男の子たちと数人の大人がいた。
見た目が私たちと違う彼らは「ほりょ」だと使用人が話していた。
まだ小さな彼らがどうして戦争に巻き込まれていたのか当時の私には分からなかったけれど、彼らは決して不当な扱いを受けていた訳ではなく、ただその場に閉じ込められているだけだった。
離れの傍にある池は、当時の私のお気に入りだった。父の書庫からこっそり本を持ち出し侍女たちの目を盗んで部屋を抜け出していた私は、その池のほとりに立つ木の下で、いつも一人読書をしていた。
そしてそこで初めて、彼らに出会った。
金色の髪の男の子は、一人で本を読んでいる私を見つけて目を見開いた。真っ青な海のような瞳を輝かせて、私が読んでいる本を嬉しそうに眺めた。
「……読む?」
そう声をかけると瞳をキラキラさせて頷いた。
すぐに打ち解けた私たちは、それから毎日一緒に並んで本を読み、日が暮れるまで楽しんだ。時にはこっそりお菓子を持ち出して、本を読みながら一緒に食べた。
初めの頃は一緒に遊ばなかった他の子たちもやがて一緒に過ごすようになり、読書だけではなく追いかけっこや木登りもするようになった。彼らの名前は今でも覚えている。一人ひとり、眩しい笑顔の彼らを、私はとても愛していた。
同年代の友人がいなかった私の、秘密の友人たち――。
「……池に落ちてしまった貴女を助けて大人を呼んで……青い顔をした大人たちに抱えられて連れて行かれた貴女が一体誰だったのか、私たちは知らなかった。無事かどうかだけでも知りたかった。ずっと、探していたんだ」
王太子が私の頬を柔らかく包み込むと、その指先が濡れた。
――涙?
「エラ……私の事を覚えている?」
『――かわいそうに、姫様のせいであの子たちは皆殺されましたよ』
『姫様をたぶらかしたと、陛下が激怒されて』
――違うわ! あの子たちは何も悪いことしてない! どうしてそんな!
『姫様がもっと大人しくしていれば』
『王族なら王族らしく振舞えばいいのです』
『私たちの目を盗んでいなくなって、我儘な振る舞いをされるから』
『かわいそうに、皆苦しんで殺されましたよ……』
『恐ろしい、何と恐ろしい……』
『姫様のせいで……
姫様のせい……
悪い子。姫様は悪い子。我儘な子――』
「私の……、私のせいで……」
「違うよ、君は何も悪くない」
「みんなひどい目に遭ったって……!」
「エラ、君を助けた後、僕たちはみんな無事に国に帰れたんだよ。ひどい目になんて遭っていない」
「……!!」
両手で顔を覆っても、声が漏れてしまう。
私のせいで殺されたと何度も聞かされた、あの男の子。私の大切な友人たち。苦しんだと聞かされて、聞いてもいない彼らの叫び声が耳をつんざいた。
どうして私だけ何の罰も受けないのか、毎日泣いて父に会わせてくれと訴えても聞き入れてもらえなかったあの頃。父はその後すぐに戦場へ赴き、会うことなく儚くなった。
「……エラ」
王太子の優しい声。顔を覆う私の手を、上から優しく包む暖かな掌。
……分かる訳ない。
幼かった私たちが成長して、声も変わって髪の色まで変わって。……意地悪だわ、分かる訳ない!
「……リアン!!」
王太子の、リアンの名前を呼ぶときつく抱き締められた。硬くて熱い身体からは、森のような香りがする。その逞しい身体に腕を回して、私はぎゅうっと抱きついた。
「……やっと呼んでくれたね、エラ」
掠れた王太子の声が耳にかかり、ちゅ、と首筋に柔らかな感触がする。
「迎えに行くのが遅くなってごめん……もう、大丈夫だから」
大きな掌が頭を撫で背中を撫で、熱い体温が私を包む。
私はずっと、リアンの腕の中で泣き続けた。
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