小さな魔法の物語

かほなみり

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第一章

12

(ど、どうしよう、バレてる?)
「妖精さん? いつまでそうして動かないでいるのかな」

 手袋をしたままの指先がするすると私の頭を撫でる。このまま知らないフリをしたほうがいいのだろうか。でも、いつまでこうして動かずにいられるか分からない。とっくに身体は限界を迎えているのだ。
 アレクシオスは「うーん」と唸り身体を起こすと腕組みをした。

「そんなに私を人形遊びが好きな男にしたいのかな?」

 顎に手をやる気配を感じてそっとその顔を見上げると。
 ――バッチリと、赤い瞳と目が合った。

(あっ……)

 アレクシオスは私を見下ろし、嬉しそうに破顔した。

「こんにちは妖精さん。誰もいないから動いていいよ」

 組んでいた腕を降ろし、身を乗り出すアレクシオス王太子。そんな彼に、もうバレているというのになんと答えていいか分からず、腰の石をギュッと抱えた。

「怖がらなくていいよ。君はユーリエ王女の大切な妖精なんだろう? 言葉は分かるのかな」
(そうか、私だと思われていないんだわ!)

 そう、互いの顔を絵姿で見ていたとはいえ、実際に会ったことはない。しかも私は今とても小さいのだ、なおさら私を婚約者本人だと思わないだろう。
 私は意を決して、そろそろと立ち上がった。
 固まっていた身体がギシギシと音を立てそうなくらい強張っている。
 膝に手を当て、ぐっと伸ばす。身体を起こし、腰も伸ばす。アレクシオスはそんな私を楽しそうに見つめていた。

「私は怪しい者じゃないよ」

 その言葉にコクコクと頷くと、安心したように優しく笑う。

(とても優しそうだわ。それに、……素敵な方)

 黒髪を後ろに撫でつけ、黒い詰め襟に金色の釦、肩章。胸元にはたくさんの顕彰が光る。
 深緑のマントの裏に見たことのない模様の金色の刺繍。正装姿は凛々しく、見る者によっては怖いと感じるかもしれない。
 けれど珍しいその赤い瞳は優しく細められ、私に敵意はないと訴えてきた。
 部屋の奥から、一通り確認を終えたのかレトが戻ってきた。まっすぐ私の元へやってきて、フンフンと濡れた鼻先を私にくっつける。

「こら、お前のせいで妖精さんのドレスが台無しだろう」

 アレクシオスはレトを私から引き離し、私のことをそっと抱き上げた。

「レトのよだれでベタベタにして済まなかったね。服はテオに頼んだけど少し時間がかかりそうだ」

 ふむ、と考えるように視線だけ上に向けたアレクシオス王ゆっくりと浴室の扉へ歩き出した。
 そこへ入ると、盥に水を汲み手をかざす。
 ぼんやりと光った盥から、ふわりと湯気が上がった。

「!」
「さあこれで身体を清めるといい。タオルは……これだね。あとは服だけど、このきれいなドレスは洗って干そう。それまでは……このハンカチなんてどうかな」

 そう言って胸元から取り出した真っ白なハンカチ。細かな刺繍が光沢のある白の糸で施され、とても肌触りがいい。
 コクコクと頷いてそのハンカチを受け取ると、アレクシオスは嬉しそうに笑った。

「良かった。石鹸はここに置くよ」

 最後にそっと頭をひと撫でしたアレクシオスは静かに浴室を出ていった。
 その後ろ姿を見送り、一気に身体の力が抜け座り込む。

(心臓に悪いわ……!)

 でも、レトのよだれでベトベトの身体や髪を洗えるのはありがたい。この状況でそんなことを思うなんて、疲労で思考が麻痺しているのかもしれない。
 手元のハンカチを見下ろし、私は大きくため息をつき項垂れた。

(ああまた、ハンカチの姿に逆戻りだわ)

 アレクシオスが用意してくれた盥で素早く湯浴みを終え、借りたハンカチを巻いて魔石の付いたリボンを腰に…………結べない。

(もう! これくらい自分でできるようになりたいわ!)

 リボン結びにしなければいいかしら。待って、折り目とおりに進めていけば……。
 リボンに悪戦苦闘していると、扉をノックする音が響いた。

「どうかな、入っても大丈夫かい?」

 遠慮がちにかけられた声に続き、キィッと扉が開く音がして顔を向けると、レトがハッハッとなんだか笑っているような顔で入ってきた。洗面台の上にいる私の様子を確認するように、前足をかけて覗き込む。何かを察したのか、「ワン!」とひとつ吠えた。

「レト? ……入っても大丈夫かな?」

 扉の隙間から声がして、そっと顔を出すアレクシオス王太子。
 リボンに苦戦している私とバッチリ目があって、目を丸くした。

「……手伝おうか?」

 遠慮がちに顔だけ出してそう言うアレクシオスに、かあっと顔が熱くなる。こんなことも自分でできないなんて恥ずかしい。
 けれど、そうも言っていられない。赤い顔を隠すように俯いて、小さくコクコクと頷くと、アレクシオスが洗面台まで来て跪いた。

「後ろで結べばいいのかな」

 その言葉にくるりと背を向けると、アレクシオスは器用にするするとリボンを結んでくれた。鏡の前に移動して後ろを確認すると、ルアドよりもずっと綺麗に結ばれている。

「妹のおままごとで鍛えられたんだよ。お気に召したかな?」

 にこにこと笑顔を見せるアレクシオスは、私の前に手のひらを差し出した。

「おいで。果実水があるよ」

 その言葉に頷き、私は大人しく手のひらに乗った。水を掬うように両手を揃えて私が落ちないように気を付けながら、アレクシオスは肩で浴室の扉を開き居室へ移動した。
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