小さな魔法の物語

かほなみり

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第一章

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「ルアド!」

 アレクが身支度を整え退室したあと、周囲に人気が無くなったのを確認して、窓の方へ声を掛ける。すると窓の向こうにまた小さな黒い影が見えた。
 気が付いたレトがまた窓へ向かって吠えると、すぐにルアドの姿は見えなくなった。

「レトお願い、ルアドに吠えないで! 驚いてしまうわ!」

 棚の上からレトに向けて声を掛けると、レトは嬉しそうに尻尾を振って窓から戻って来た。茶色い瞳がキラキラと輝き、なんだか嬉しそうな表情に見える。
 きょろきょろと周りを見渡し、棚の端へ移動する。見下ろすと高すぎて、とてもじゃないけれど降りられない。

(どうしよう、さすがにダグザの加護があっても無事でいられるか分からないわ)

 ここから降りて窓まで行きたい。何か方法はないかと考えていると、下にレトが移動して私を見上げた。

「レト、私ここから降りたいの。どうしたらいい?」

 そう言うとレトはくるくるとその場で回り、また私を見上げる。尻尾はゆるゆると振られ、機嫌がいいのは確かだ。

「そのままそこにいてくれる?」

 レトの上に飛び降りたら大丈夫な気がする。動かないでいてくれるか分からないけれど。
 アレクシオスが戻るまでずっとここにいるのも辛い。無理をしてでも移動して、まずはルアドと話をしなければ。侍女長やみんなに、私は大丈夫だと伝えてもらわなければいけない。
 レトは不思議そうに首を傾げてもう一度くるくるとその場で回ると、身体を丸くして床に座った。

「レト! いい子ね、そのまま、そのままよ」

 レトは顔を上げじっと私を見た。あのお腹の上に飛び降りたらきっと平気だ。レトが痛くなければいいんだけれど。
 
「……よし、行くわよ」
 
 ぐっと気持ちを引き締めて、私は思い切ってマントルピースの棚の上からレトのお腹の上へ飛び降りた。

(きゃあああ!)

 怖さにぎゅうっと目を瞑るとすぐ、ぼふんっとレトのお腹の上に着地した。もふもふのお腹が柔らかく私の身体を受け止める。目を開くと高い天井が見えた。

「やったわ! ……きゃあ、レト! くすぐったい!」

 レトのお腹に埋まりながら声を上げると、レトが鼻先で私の身体をぐいぐいと押し匂いを嗅いだ。

「大丈夫? 痛くなかった?」

 そう聞くと、レトは嬉しそうにまた鼻でフンフンと匂いを嗅ぐ。よかった、痛くはなかったみたい。
 くすぐったさに声を出して笑っていると、窓の方から「ニャア」と声がした。

「ルアド!」

 慌てて身体を起こし室内を走る。中々の距離だ。レトも私の後ろを付いてきた。

「ルアド!」

 窓にぴたりと張り付くと、猫のままのルアドが顔を出した。

「ルアド、聞こえる? 身体は大丈夫だった?」
「ニャア」
「……猫になるのはすごいけど、話ができないのは不便だわ」
「ナー」
「困ったわね……」

 これでは私の言葉を一方的に伝えることしかできない。この身体では窓を開けてルアドを入れることもできないし、そもそもどこもかしこも閉められて部屋から出ることができない。

「ルアド、私このままこの部屋に残るわ」
「ニャアア!」
「アレクシオス王太子殿下は私を妖精か何かだと思っているの。だから動いても平気だし、私に気を遣ってくれて、王女宮に届けようとしてくれてるのよ。今いなくなっては逆に大騒ぎになるわ」
「ニャアッ!? ニャアアッ!」
「大丈夫、私がユーリエだというのはバレていないから。みんなにはちゃんと戻るから大丈夫だって伝えてちょうだい」
 
 それでもなお、窓の外でルアドはニャアニャアと鳴き声を上げる。

「あのね、悪い方ではなかったの。……とても優しい方だったわ。私、良かったなって思って」

 私のことを受け入れて優しくしてくれた。王女と王太子として形式張った場で言葉を交わすよりも、小さくなったからこそ見ることができた、アレクシオス王太子の一面かもしれない。
 そして、もしかしたら正体を明かしても大丈夫じゃないかと思えるほど、彼は穏やかで寛容だった。
 
「……ニャァ」
「ふふ、大丈夫よ、安心して。ちゃんと宮には戻るから。それにこの子、レトって言うんだけどね、私のことを守ってくれてるの」
「ワン!」
「……」

 ルアドは何か言いたげに瞳を細めた。

「アレクシオス王太子殿下が、みんなは私のことを知っているのかと聞いてきたわ。私は話せないことにしているから返事をしていないんだけれど」
「ナァ?」
「色々あったのよ! 話せないほうが変なことを言わずに済むしいいかと思って」

 窓越しにくぐもった声で聞こえてくるルアドの鳴き声が不審な響きを持っている。
 言いたいことは分かるけど、今はそんなに説明をしている暇はない。
 
「とにかく、誰も知らないことにしておいたほうがいいと思うのよね」

 そうしないと、本当にこの国に妖精がいると思われるかもしれない。 
 
「人に見つかるわ。さあ、もう行って!」
「ワン!」

 私の言葉に合わせてレトが吠えると、ルアドがフーッと毛を逆立てた。すっかり猫になり切っている気がする。犬が苦手なのかしら?

「みんなにちゃんと説明してね!」
 
 ルアドはバルコニーの手摺まで走り飛び乗ると、こちらを振り返り、やがて諦めたように最後にひと鳴きして柵の向こうへ飛び降りていった。

「ふう……」

 静かになった室内で、ぺたんと座り込む。窓を見上げ空を見ると、日の傾きから夕方前と言ったところだろうか。

「……なんだか眠いわ」

 レトが鼻先で私の背中をツンと突いた。振り返ると伏せの姿勢を取り、私を見ている。

「乗れってこと?」

 そう言うとレトは尻尾をひとつ振った。
 のろのろと立ち上がりその背中によじ登ると、レトはゆっくり立ち上がり室内を移動する。移動した先には大きなベッドがある。レトはそこに飛び乗り私を背中から降ろした。

他人ひとのベッドに上がるなんてお行儀が悪いわ、レト」

 けれど、もう限界だった。柔らかく清潔なシーツに降ろされてすっかり緊張の糸が切れてしまった私は、あっという間に眠りに落ちてしまった。

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