22 / 27
第一章
16
しおりを挟む「……妖精さん」
その声に、ふわりと意識が浮上した。
重たい瞼を開けて霞む視界をぼんやり見ていると、眼の前に赤い輝きがある。なんだろう、すごくきれい。
「……おはよう。どうやってあの高さから降りたの?」
「…………!!」
急に頭がハッキリして、叫びそうになるのを手で口を抑え堪える。
赤い瞳が楽しそうに細められ、遠ざかった。
アレクシオス王太子が戻って来たことにも気が付かずすっかり眠っていたのだ。見ると、アレクシオスは既に湯浴みを済ませたのか寛いだ姿。上げていた前髪を下ろしたその表情は年頃より若く見える。
「ここまで来るのも大冒険だったんじゃないかな。レト、ちゃんと側にいてえらいね」
私を覗き込んでいたアレクシオスは身体を起こすと足元にいるレトの頭を撫でた。慌てて身体を起こすとアレクシオスはほほえみながら手のひらを差し出した。
「ごめんね、高いところに置いていってしまって。無事でよかったよ。お詫びと言っては何だけど、食事を少し持ってきたんだ。食べる?」
そういえばお腹が空いてる。
ぐうっと小さく音がなったお腹を抑えて大人しく差し出された手のひらに乗ると、アレクシオスはふんわりと私を手のひらで包んだ。
居室へゆっくりと移動すると、応接セットのテーブルの上に、小さな人形用のテーブルと椅子、そして料理が並べてあった。小さなカップやカトラリーまである。
そしてその側には人形用の薄紫色のドレスが置かれている。
「服と一緒に食器や家具が手に入ったんだ。これで少しは食事がしやすいと思うんだけどどうかな」
アレクシオスは優しく私をテーブルの上に降ろすと、まずはドレスを差し出してくれた。
「着替えるかい?」
その言葉に大きく頷くと、アレクシオスは笑って「それじゃあ、わたしも飲み物を用意してくるね」と言って立ち上がり、奥の衣裳部屋へと引っ込んだ。
広い空間で着替えるのはなんだか落ち着かないけれど、こうして気を利かせてくれたのだ。急いで身体に巻いていたリボンを解きハンカチを脱ぎ捨てて、ドレスに着替える。やはり少しぶかぶかだ。解いた魔石付きのリボンを腰に巻き、結ぼうと四苦八苦しているところへ、グラスを持ったアレクシオスが戻り結んでくれた。
「君の金髪に似合う色のドレスだね。よかった」
アレクシオスはそう言って笑うと、小さな椅子を引いてくれた。顔を見上げると「どうぞ」と声を掛けてくれる。
(――凄い、嬉しいわ。お腹がすいていたもの)
考えれば朝から大変な一日だった。身体を沢山動かして、いつもの王女宮の生活では考えられないほど大冒険をした気分だ。実際は王城から一歩も出ていないのだけれど。
引かれた椅子に腰かけると、アレクシオスも向かいのソファに身を沈め、自分は赤いワインが注がれたグラスを手にした。
「では、妖精さんとの出会いに乾杯」
私も小さなグラスを手に同じように掲げると、アレクシオスは嬉しそうに破顔しグラスに口を付けた。
目の前の小さなお皿に乗せられた料理は、見た目は小さく切った料理なのでよく分からないけれど、恐らく今夜の晩餐で出された料理だろう。とても美味しい。
(どうやって持ってきたのかしら)
こんな風にテーブルに人形の家具を並べるのも、部下の人たちに変に思われなかっただろうか。なんだか申し訳ない。
「ところで」
アレクシオスはグラスをテーブルに置くと、私をじっと見下ろしながら考えるように顎に指を添えた。長い指だけれど、ごつごつとした男の人の指だ。
「君の名前はなんていうのかな。名前はある?」
(……名前)
「でも話せないから教えられないか……、そうだ」
何かを思いついたのか立ち上がったアレクシオスは、奥の寝室に行き本を持って戻って来た。
「わたしの言葉が分かるみたいだから、文字も読めるかな。これはここの国の本だけど、どう?」
そう言ってページを開いて見せるアレクシオス。長い指が文字を一つひとつ追う。
「わたしの名前はアレクシオス。……ア、レ、ク。アレクだよ。君は?」
(名前、どうしよう)
こんなことになると思わなかったから、特に考えていなかった。でもこのまま妖精さんと呼ばれるのもくすぐったい。私は椅子から立ち上がり、開かれた本の上に乗って一文字ずつ指さした。
「……エ、……ラ。エラ?」
読み上げるアレクシオスの顔を見上げこくこくと頷くと、アレクシオスは「エラか!」と嬉しそうに笑った。
「私の国の古い言葉でエラは『光』という意味なんだ。そうか、君は光の妖精だったんだね」
ユーリエ・ガブリエラ・エレノア。これが私の正式な名前。
この名前にある『エレノア』は、お母様の国の言葉で『灯』『輝く』などの意味があると言っていた。そしてこの『エレノア』の愛称は『エラ』。お母様の国と語源を同じにするアントレアの言葉と発音は違うけれど、含まれる意味は似ているのだろう。
優しく笑うアレクシオスは人差し指を差し出すと、つんつんと私の手を小さく突いた。
「私はアントレア王国のアレクシオス。アレクだ。光の妖精エラ、改めてよろしくね」
それが握手を求めているのだと分かり、慌ててその指を両手で掴みこくこくと頷く。
(よろしくお願いします、……アレク様)
優しく笑うその笑顔に、きちんと言葉で伝えられる日が早く来るように。一刻も早く元の姿に戻れるように。アレクの指を掴みながら私はぐっと唇を噛みしめた。
「そうだ、明日は朝から出かけるんだけれど、どこにいたいかな。高いところはもうやめよう」
(出かける?)
その言葉に首を傾げると、アレクはふふっと笑って膝の上に肘をついて私を見下ろした。
「明日は王都の本屋や図書館を巡ろうと思っているんだ。ユーリエ王女は本が好きだと聞いたから、何か贈れたらと思うんだけど、私も本が好きでね。この国の本に興味があるんだ」
(王都へ!?)
アレクの言葉にぶわりと身体中の血が廻った気がした。
(行きたい、私も行きたいわ!)
両手を振って手のひらで自分の胸を叩く。突然暴れ出した私を見下ろして、アレクは首を傾げた。
「エラ? どうしたの?」
不思議そうに私を見下ろしたアレクは「ほら、これで示して」と私を本の上に置く。私は必死に本から単語を探しだし、手のひらでバンバンと叩きながらアレクの顔を見た。
「行く……、行きたい? 一緒に行きたいってこと?」
ぶんぶんと首を縦に振ってぴょんぴょんと跳ねると、アレクは少し驚いた顔で私を見下ろした。
「それは……、でも、明日は君を王女宮へ送り届けようと思っていたんだけれど」
(それはその後でいいの! 私も王都へ行ってみたいわ!)
ぶんぶんと横に激しく首を振り、手のひらで自分の胸を叩いていると、アレクは上を見上げるように瞳を天井に向けた。
「君は自分で移動するのは大変そうだしね……。ユーリエ王女に贈る本を買って、その足で王女宮へ行こうかな」
(それでいいわ! 私も本を選びたい!)
ぴょんぴょんと跳ねて両手を広げると、アレクはそんな私を見下ろしてははっと声を上げて笑った。
「そんなに嬉しいの?」
何度も首を縦に振ってアレクの顔を見上げると、アレクも嬉しそうに笑いながら顔を近づけてきた。
(わわ、ち、近いわ!)
美しい赤い瞳に私の姿が映り込む。その近さに胸がドキドキとうるさく鳴りだした。
(そ、そんなに近くては私が誰だかバレてしまう!)
「それじゃあエラ、ユーリエ王女が好きそうな本を教えてくれるかな」
ぎこちなく視線を逸らしドキドキする胸を押さえながら頷くと、アレクは「よかった」とまた嬉しそうに笑った。
26
あなたにおすすめの小説
隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました
しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。
つきましては和平の為の政略結婚に移ります。
冷酷と呼ばれる第一王子。
脳筋マッチョの第二王子。
要領良しな腹黒第三王子。
選ぶのは三人の難ありな王子様方。
宝石と貴金属が有名なパルス国。
騎士と聖女がいるシェスタ国。
緑が多く農業盛んなセラフィム国。
それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。
戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。
ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。
現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。
基本甘々です。
同名キャラにて、様々な作品を書いています。
作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。
全員ではないですが、イメージイラストあります。
皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*)
カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m
小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~
オレンジ方解石
ファンタジー
恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。
世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。
アウラは二年後に処刑されるキャラ。
桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる