【完結】黄金の騎士は丘の上の猫を拾う

かほなみり

文字の大きさ
5 / 52

朝のテラス

しおりを挟む
「じゃあ入って来たんだし、手伝ってください。そこの鍋にこの皮と根元も一緒に入れて火にかけて」
「おう」

 ユーレクは言われた通り水を張った鍋にホワイトアスパラを入れるとコンロまで運び火にかけた。そんなユーレクの姿にキャンは目を丸くした。

「なんだよ」
「いえ、意外と素直に従うなと思って」
「はあ? タダ飯は食わねえよ、これくらいはする」

 ユーレクは楽しそうに鍋を見詰めている。

(なんかちょっと……意外かも)

 きれいな顔をしているこの騎士はいつも女性に囲まれている。女性の扱いに長けていていつも丁寧に対応する姿は女性たちの心を掴んで離さない。てっきり遊び慣れた人間だと思っていた。

(それに、仕事の時の言葉遣い……貴族みたいだし)

 キャンやロイドと話す時はかなり口が悪いが、仕事の時のユーレクは言葉遣いがとてもきれいだ。転倒していた女性を助けていた時は手を差し出し、まるでエスコートをしているようで絵になっていた。市井で暮らす人間に一朝一夕で会得できるような振る舞いではないと思う。エスコートなんて、ロイドがしているのを見た事があるだけだが。

 ロイドはこの丘の反対側に位置する屋敷に住む貴族だ。
 妻と店に来る時のロイドは、それはもう美しい所作で妻のアミアをエスコートしている。
 物語に出てくる騎士のようなロイドのエスコートをアミアは嬉しそうに受け、そんな二人をキャンはいつもドキドキしながら見つめている。だから、世の女性達がユーレクの所作に熱を上げるのも分からないではないのだ。ただキャンは、ユーレクにそんな態度を取られたことはないが。

 キャンは孤児だ。
 両親は知らない。
 人に攫われ売られそうになっている所を助けてくれた人物が、コーイチというキャンを育てた人物だった。
 物心ついた時から一緒にいたコーイチ。
 まだ幼く名前のないキャンを名付け、育て、勉強も生きていくための術も全て教えてくれたコーイチ。
 キャンを抱えたコーイチと知り合ったロイドは、コーイチとキャンが暮らしていける様にとこの家を仲介した。コーイチは料理が得意で、家を店舗に改装してカフェを営みキャンと二人で暮らして来たが、ある日突然、コーイチは消えてしまった。
 出て行ったとか死んだとか、そういう事ではない。
 消えたのだ。
 一人取り残されたキャンでは家賃の支払いは出来ないだろうと、家主がキャンを追い出そうとした時、ロイドとアミアが店ごと買い上げ一人になったキャンを住まわせた。
 キャンはそんなことはやめてくれと訴えたが、自分達は子供もいないしお金には困っていない、美味しいご飯が食べられなくなるのは困るから、と笑った。
 それでも渋るキャンを抱き締め、こんな時にお金を使わずいつ使うのかと二人は優しく、一人になったキャンの背中を撫でた。
 一人になり行くところのなかったキャンにとって、確かにその話は有り難かった。
 それでも少しでもお金を返したくて毎月売り上げからお金を渡しているのだが、ロイドはいつも一定の額しか受け取らない。なんならご飯を食べに来て多めにお金を置いて行く始末だ。
 そこは払わなくていいとキャンは思うのだが、この店にそれほど売り上げがないことくらい分かっているのだろう、ロイドは頑としてその姿勢を変えなかった。

 いつも優しく見守ってくれるロイドとアミア。
 キャンを気に掛けあれこれ世話を焼いてくれる二人。一人になったキャンにとって、ロイドとアミアは命の恩人であり、父であり母であり、大切で大好きな人たちだった。

「おい、バターが焦げるぞ」

 木べらをひょいと取り上げられユーレクが小鍋のソースを混ぜ始めた。

「……あ、」
「何、考え事?」

 いつの間にか隊服を脱ぎ、シャツの袖を捲ったユーレクは慣れた手つきで小鍋のオランデーズソースを混ぜていく。袖を捲った腕の筋肉質な美しさに思わず目を逸らす。

(こんなことできる貴族なんていない、よね)

「あっちの鍋は? 見なくていいの」
「あ、見ます」

 慌ててホワイトアスパラの茹で具合を確かめる。ちょうど少しだけ芯が残った状態で火を止めそのまま冷ます。

「……お店、どうしたらお客さん来ますかね……」

 キャンがポツリと溢した言葉にユーレクは目を丸くした。

「え、何、そんなに生活苦しいのか?」
「ち、違います! そうじゃなくて……その、少しでもお金を返したくて」
「借金?」
「そう、ですね……。そうです、借金、です」
(そうだ、私ロイドさんに借金してるんだ……!)
「いくら?」
「え?」
「いくら借金してるの」
(いくら……いくら? このお店買い取った時の金額、私知らない……)

 みるみる顔を青くして固まってしまったキャンのただならぬ様子に、ユーレクは小鍋を火からおろすとキャンの肩に手を乗せ、前かがみになり顔を覗き込んだ。

「どんな悪徳業者に金を借りたんだ? もういくらになっているか分からない程利子が膨らんでいるってことか? そんな悪どい事をする奴に金を返せなかったら何させられるか分かんないんだぞ! 俺が話付けてやるから連れていけ!」
「え? ち、ちち違います、そうじゃなくて……!」

 このままではロイドがとんでもない悪者にされてしまう。
 キャンはユーレクに話をするから、とひとまず落ち着かせ、テラス席で今年初物のホワイトアスパラを一緒に食べることにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

処理中です...