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朝のテラス
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「じゃあ入って来たんだし、手伝ってください。そこの鍋にこの皮と根元も一緒に入れて火にかけて」
「おう」
ユーレクは言われた通り水を張った鍋にホワイトアスパラを入れるとコンロまで運び火にかけた。そんなユーレクの姿にキャンは目を丸くした。
「なんだよ」
「いえ、意外と素直に従うなと思って」
「はあ? タダ飯は食わねえよ、これくらいはする」
ユーレクは楽しそうに鍋を見詰めている。
(なんかちょっと……意外かも)
きれいな顔をしているこの騎士はいつも女性に囲まれている。女性の扱いに長けていていつも丁寧に対応する姿は女性たちの心を掴んで離さない。てっきり遊び慣れた人間だと思っていた。
(それに、仕事の時の言葉遣い……貴族みたいだし)
キャンやロイドと話す時はかなり口が悪いが、仕事の時のユーレクは言葉遣いがとてもきれいだ。転倒していた女性を助けていた時は手を差し出し、まるでエスコートをしているようで絵になっていた。市井で暮らす人間に一朝一夕で会得できるような振る舞いではないと思う。エスコートなんて、ロイドがしているのを見た事があるだけだが。
ロイドはこの丘の反対側に位置する屋敷に住む貴族だ。
妻と店に来る時のロイドは、それはもう美しい所作で妻のアミアをエスコートしている。
物語に出てくる騎士のようなロイドのエスコートをアミアは嬉しそうに受け、そんな二人をキャンはいつもドキドキしながら見つめている。だから、世の女性達がユーレクの所作に熱を上げるのも分からないではないのだ。ただキャンは、ユーレクにそんな態度を取られたことはないが。
キャンは孤児だ。
両親は知らない。
見た目の珍しさもあり人に攫われ売られそうになっている所を助けてくれた人物が、コーイチというキャンを育てた人物だった。
物心ついた時から一緒にいたコーイチ。
まだ幼く名前のないキャンを名付け、育て、勉強も生きていくための術も全て教えてくれたコーイチ。
キャンを抱えたコーイチと知り合ったロイドは、コーイチとキャンが暮らしていける様にとこの家を仲介した。コーイチは料理が得意で、家を店舗に改装してカフェを営みキャンと二人で暮らして来たが、ある日突然、コーイチは消えてしまった。
出て行ったとか死んだとか、そういう事ではない。
消えたのだ。
一人取り残されたキャンでは家賃の支払いは出来ないだろうと、家主がキャンを追い出そうとした時、ロイドとアミアが店ごと買い上げ一人になったキャンを住まわせた。
キャンはそんなことはやめてくれと訴えたが、自分達は子供もいないしお金には困っていない、美味しいご飯が食べられなくなるのは困るから、と笑った。
それでも渋るキャンを抱き締め、こんな時にお金を使わずいつ使うのかと二人は優しく、一人になったキャンの背中を撫でた。
一人になり行くところのなかったキャンにとって、確かにその話は有り難かった。
それでも少しでもお金を返したくて毎月売り上げからお金を渡しているのだが、ロイドはいつも一定の額しか受け取らない。なんならご飯を食べに来て多めにお金を置いて行く始末だ。
そこは払わなくていいとキャンは思うのだが、この店にそれほど売り上げがないことくらい分かっているのだろう、ロイドは頑としてその姿勢を変えなかった。
いつも優しく見守ってくれるロイドとアミア。
キャンを気に掛けあれこれ世話を焼いてくれる二人。一人になったキャンにとって、ロイドとアミアは命の恩人であり、父であり母であり、大切で大好きな人たちだった。
「おい、バターが焦げるぞ」
木べらをひょいと取り上げられユーレクが小鍋のソースを混ぜ始めた。
「……あ、」
「何、考え事?」
いつの間にか隊服を脱ぎ、シャツの袖を捲ったユーレクは慣れた手つきで小鍋のオランデーズソースを混ぜていく。袖を捲った腕の筋肉質な美しさに思わず目を逸らす。
(こんなことできる貴族なんていない、よね)
「あっちの鍋は? 見なくていいの」
「あ、見ます」
慌ててホワイトアスパラの茹で具合を確かめる。ちょうど少しだけ芯が残った状態で火を止めそのまま冷ます。
「……お店、どうしたらお客さん来ますかね……」
キャンがポツリと溢した言葉にユーレクは目を丸くした。
「え、何、そんなに生活苦しいのか?」
「ち、違います! そうじゃなくて……その、少しでもお金を返したくて」
「借金?」
「そう、ですね……。そうです、借金、です」
(そうだ、私ロイドさんに借金してるんだ……!)
「いくら?」
「え?」
「いくら借金してるの」
(いくら……いくら? このお店買い取った時の金額、私知らない……)
みるみる顔を青くして固まってしまったキャンのただならぬ様子に、ユーレクは小鍋を火からおろすとキャンの肩に手を乗せ、前かがみになり顔を覗き込んだ。
「どんな悪徳業者に金を借りたんだ? もういくらになっているか分からない程利子が膨らんでいるってことか? そんな悪どい事をする奴に金を返せなかったら何させられるか分かんないんだぞ! 俺が話付けてやるから連れていけ!」
「え? ち、ちち違います、そうじゃなくて……!」
このままではロイドがとんでもない悪者にされてしまう。
キャンはユーレクに話をするから、とひとまず落ち着かせ、テラス席で今年初物のホワイトアスパラを一緒に食べることにした。
「おう」
ユーレクは言われた通り水を張った鍋にホワイトアスパラを入れるとコンロまで運び火にかけた。そんなユーレクの姿にキャンは目を丸くした。
「なんだよ」
「いえ、意外と素直に従うなと思って」
「はあ? タダ飯は食わねえよ、これくらいはする」
ユーレクは楽しそうに鍋を見詰めている。
(なんかちょっと……意外かも)
きれいな顔をしているこの騎士はいつも女性に囲まれている。女性の扱いに長けていていつも丁寧に対応する姿は女性たちの心を掴んで離さない。てっきり遊び慣れた人間だと思っていた。
(それに、仕事の時の言葉遣い……貴族みたいだし)
キャンやロイドと話す時はかなり口が悪いが、仕事の時のユーレクは言葉遣いがとてもきれいだ。転倒していた女性を助けていた時は手を差し出し、まるでエスコートをしているようで絵になっていた。市井で暮らす人間に一朝一夕で会得できるような振る舞いではないと思う。エスコートなんて、ロイドがしているのを見た事があるだけだが。
ロイドはこの丘の反対側に位置する屋敷に住む貴族だ。
妻と店に来る時のロイドは、それはもう美しい所作で妻のアミアをエスコートしている。
物語に出てくる騎士のようなロイドのエスコートをアミアは嬉しそうに受け、そんな二人をキャンはいつもドキドキしながら見つめている。だから、世の女性達がユーレクの所作に熱を上げるのも分からないではないのだ。ただキャンは、ユーレクにそんな態度を取られたことはないが。
キャンは孤児だ。
両親は知らない。
見た目の珍しさもあり人に攫われ売られそうになっている所を助けてくれた人物が、コーイチというキャンを育てた人物だった。
物心ついた時から一緒にいたコーイチ。
まだ幼く名前のないキャンを名付け、育て、勉強も生きていくための術も全て教えてくれたコーイチ。
キャンを抱えたコーイチと知り合ったロイドは、コーイチとキャンが暮らしていける様にとこの家を仲介した。コーイチは料理が得意で、家を店舗に改装してカフェを営みキャンと二人で暮らして来たが、ある日突然、コーイチは消えてしまった。
出て行ったとか死んだとか、そういう事ではない。
消えたのだ。
一人取り残されたキャンでは家賃の支払いは出来ないだろうと、家主がキャンを追い出そうとした時、ロイドとアミアが店ごと買い上げ一人になったキャンを住まわせた。
キャンはそんなことはやめてくれと訴えたが、自分達は子供もいないしお金には困っていない、美味しいご飯が食べられなくなるのは困るから、と笑った。
それでも渋るキャンを抱き締め、こんな時にお金を使わずいつ使うのかと二人は優しく、一人になったキャンの背中を撫でた。
一人になり行くところのなかったキャンにとって、確かにその話は有り難かった。
それでも少しでもお金を返したくて毎月売り上げからお金を渡しているのだが、ロイドはいつも一定の額しか受け取らない。なんならご飯を食べに来て多めにお金を置いて行く始末だ。
そこは払わなくていいとキャンは思うのだが、この店にそれほど売り上げがないことくらい分かっているのだろう、ロイドは頑としてその姿勢を変えなかった。
いつも優しく見守ってくれるロイドとアミア。
キャンを気に掛けあれこれ世話を焼いてくれる二人。一人になったキャンにとって、ロイドとアミアは命の恩人であり、父であり母であり、大切で大好きな人たちだった。
「おい、バターが焦げるぞ」
木べらをひょいと取り上げられユーレクが小鍋のソースを混ぜ始めた。
「……あ、」
「何、考え事?」
いつの間にか隊服を脱ぎ、シャツの袖を捲ったユーレクは慣れた手つきで小鍋のオランデーズソースを混ぜていく。袖を捲った腕の筋肉質な美しさに思わず目を逸らす。
(こんなことできる貴族なんていない、よね)
「あっちの鍋は? 見なくていいの」
「あ、見ます」
慌ててホワイトアスパラの茹で具合を確かめる。ちょうど少しだけ芯が残った状態で火を止めそのまま冷ます。
「……お店、どうしたらお客さん来ますかね……」
キャンがポツリと溢した言葉にユーレクは目を丸くした。
「え、何、そんなに生活苦しいのか?」
「ち、違います! そうじゃなくて……その、少しでもお金を返したくて」
「借金?」
「そう、ですね……。そうです、借金、です」
(そうだ、私ロイドさんに借金してるんだ……!)
「いくら?」
「え?」
「いくら借金してるの」
(いくら……いくら? このお店買い取った時の金額、私知らない……)
みるみる顔を青くして固まってしまったキャンのただならぬ様子に、ユーレクは小鍋を火からおろすとキャンの肩に手を乗せ、前かがみになり顔を覗き込んだ。
「どんな悪徳業者に金を借りたんだ? もういくらになっているか分からない程利子が膨らんでいるってことか? そんな悪どい事をする奴に金を返せなかったら何させられるか分かんないんだぞ! 俺が話付けてやるから連れていけ!」
「え? ち、ちち違います、そうじゃなくて……!」
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