【完結】黄金の騎士は丘の上の猫を拾う

かほなみり

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オランデーズソースと

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 そちらへ視線を向けると、ロイドが怒りで湯気が出ているのではないかと錯覚する程、ものすごく凶悪な顔でこちらを睨んでいた。
 ユーレクは気軽に片手を挙げて応える。

「ロイド、遅かったな」
「……遅かったなじゃないわ! お前はさぼって一体何をしているんだ!」
「ロイドさん、あの……!」

 ユーレクを引き留めてしまった事を謝ろうと、キャンが慌てた様子で立ち上がる。

「ロイドほら、キャンが用意してくれたぞ」

 ユーレクは立ち上がったキャンを手で制し、ロイドにテーブルの皿を見せる。

「ロイドの分もある。な?」

 キャンを振り返り顔を窺うと、こくりと頷いた。
 先ほどまで顔を赤くして悪魔のような顔貌をしていた男が皿を見た途端、急に光が差したようにみるみる表情を綻ばせた。

「……! そうか、もうそんな時期か……!」
「今、ご用意しま……、」

 キャンが不自然に言葉を切る。
 身体を固くしたキャンの視線の先を辿ると、店先に背の高い男が立っていた。
 輝くような銀髪をさらさらと風に靡かせ眩しそうに目を細めてこちらを見ている。白いシャツにベージュのパンツとシンプルな服装だが、身に着けている衣類は遠目でも高級であることが窺える。
 ユーレクはじろりとロイドを睨んだ。その視線に気が付き、ロイドがキャンに声を掛ける。

「ああ、キャン、すまないな私の客人なんだ。一緒にいいだろうか」
「はい、もちろんです」

 キャンがそう言うと、男は待ってましたとばかりにテラスまでやって来た。

「ひどいですよロイド、すっかり忘れ去られたのかと思いましたよ」
「はは、まさか。ただちょっと、こればっかりは……」

 話半分で適当な相槌を打ちながら、掌をすり合わせ店内に戻ったキャンの姿を目で追うロイド。その顔は期待に満ちている。

「営業時間前なんでね、メニューはないっすよ」

 ユーレクが冷たく言い放つと、銀髪の男は爽やかな笑顔をユーレクに向けた。

「邪魔をして申し訳ありません。昨日この国に到着したんですが、どうしても街を見てみたくてロイドに着いて来たんです。ティエルネです」

 ティエルネと名乗った男は珍しい薄紫色の瞳を細めてユーレクに手を差し出した。

「……ユーレクだ」

 ユーレクもさっと手を出し握手を交わす。
 そこへちょうどトレーに皿を乗せたキャンが店内から戻って来た。ユーレクに出したものと同じメニューだ。
 テーブルにトレーを置き配膳するキャンをティエルネはじっと見つめる。
 そのティエルネをユーレクは黙って観察していた。

「キャン、この人は私の知り合いでね。……まあ、知り合いと言っても随分年が離れているんだが」
「ティエルネです。よろしく、小さなレディ」

 ロイドの言葉を受け、ティエルネは柔らかく笑いキャンに自己紹介をする。
 すっと目の前に差し出された手をどうしたものか迷い、キャンはちらりとロイドを見る。ロイドは柔らかく笑い頷いた。それを見て、おずおずと手を差し出す。

「キャンです。……、よろしく、お願いします」

 消え入りそうな声でそう答えたキャンに、ティエルネは花が綻ぶように優しく笑んだ。

「キャン、か。可愛い名前だね」

 その時になって初めて、キャンはやっとティエルネの顔を見た。そして少し、顔が半分隠れて分かりにくいが驚いた様な表情を見せ固まった。ティエルネはそんなキャンをじっと見つめたまま目を細める。

「キャン、早くロイドに出してやれよ。ソワソワしてるぞ」

 ユーレクはキャンの背中をポンと叩き意識をティエルネから引き剥がした。キャンはビクッと肩を揺らし「あ、ごめんなさい、お待たせしました」と、ロイドの前にホワイトアスパラの乗った皿を置いた。
 ロイドは子供の様に「おおっ」と感嘆の声をあげナイフを入れて口に運ぶ。

「これはこの国のご馳走ですね。まさか来てすぐに頂けるとは」

 ティエルネの前にも皿を置くと珍しそうに料理を眺め微笑んでキャンを見る。キャンは視線を合わせないまま「お口に合うか……」とボソボソと話す。
 これでは新たに客が付かないのも当然だと思いながら、自分は心を開かれているのだとユーレクは気分が良くなるのを自覚した。
 ティエルネは美しい所作でホワイトアスパラを切り分け、ソースに絡めて口にする。キャンは気になるのか、そわそわとした様子で立ったまま、でも直視はせず様子を窺っている。

「……美味しい」

 本心がこぼれ落ちる様にティエルネが呟いた。

「そうでしょう! いやいやいや、良かった、この良さを分かって頂けるとは!」

 ロイドはまるで自分が誉められたかの様に喜んだ。キャンが追加で持って来たパンを取り、皿に残ったソースを絡めながら次々と口にする。

「この香りに瑞々しさ、そしてこのソースも。本当に美味しいよ」

 ティエルネはまたナイフを入れて、今度は生ハムと合わせて口にする。よほど美味しいのだろう、目を瞑って感じ入る様に食べている。
 キャンはホッとしたのか、肩の力が抜けた様に息を吐いた。

「キャン、今晩は……その、もしや」

 幸せを噛み締めた表情でロイドがキャンに顔を向ける。
 キャンはギュッとトレーを胸に抱き込みコクンと頷いた。

「なんだ?」
「リゾットだ、ユーレク!キャンのアスパラのリゾットはこの世で一番美味いぞ!」
「……八百屋の……」
「ウェイも来るんだな? そうかそうか! ならばワインの心配はいらないな」

 ロイドは掌を擦り合わせボソボソと話すキャンの言葉を拾う。もうすっかり気持ちは勤務後の晩餐に向かっているようだ。まだ朝なのだが。

「それは明日も食べられる?」

 初めてのホワイトアスパラを食べ満足そうな笑みを向けてティエルネがキャンに話しかける。
 キャンはまたひとつ、コクンと頷いた。

「良かった! 私は今夜は先約があってね……。でもロイドがそこまで言うんだ、ぜひ食べてみたいと思って」

 ティエルネは美しく微笑むと薄紫の瞳を細めた。
 キャンは小さな声で「ランチもあります」とだけ答え、ロイドのおかわりに答えるべくまた店内に戻って行った。

 ユーレクはティエルネのその顔を、眉根を寄せじっと見詰めていたが、また皿に視線を落としキャンのオランデーズソースをホワイトアスパラに絡め、口に運んだ。
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