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忠誠
しおりを挟むロイドは不機嫌な顔の若者を視界の隅に入れ、人知れずため息を吐いた。
いつものようにいなくなったユーレクを捕まえるためキャンの店に向かうと、何故か子爵家の馬車前で令嬢をエスコートしているユーレクを見つけた。
笑顔で対応していたがその雰囲気は剣呑なもので、近くにいた子爵家の騎士が青い顔をしていた。
ユーレクを何とか自宅に招こうと粘る令嬢を引き剥がし、勤務があるからと丁重にお断りをして王城へ戻ったのだが、今度は王太子に引き留められ一晩経った今もそのまま足止めされている。
王城にいる間のユーレクはユリウス王子殿下に戻る。
王族の証である真っ青な髪、瑠璃色の瞳に走る黄金の虹彩。真っ黒なマントを翻し圧倒的な威圧とそのギフトで見るものを平伏させる。
そんな王族の証である青い髪を染めユリウス殿下から騎士のユーレクになり王都を好きに闊歩するのだが、いかんせん顔がいい。結局注目を浴びる。
あの子爵令嬢も以前からユーレクに纏わりついていた。屋敷で父親に何とか顔合わせをしようとしていたのだろう。
だが、ユーレクは意外と身持ちが固い。己の身分を理解しているのだ。
お遊びのように見える騎士団の潜入も、埋もれた人材をその目で見つけ出し直属の部下として隊に引き入れるという目的がある。
これにより、ユリウスの隊は王国一の精鋭揃いと言われるようになった。ユリウスによって掬い上げられた騎士達は技術、体力、知力に優れ、忠誠心にも厚い。
今回も騎士団に入り込み一人一人の資質を見極めていたのだが、キャンに出会ってから様子が変わって行った。
いつもは女性に対して線を引き、誰に対しても同じ態度を取るのだが、キャンには初めから違った。
兄妹のように接し、何かと世話を焼く。
キャンが一人である事を気にかけ毎日欠かさずキャンの店に行くようになり、己自身を偽ることなく喜怒哀楽も素直に表に出している。
唯一、身分だけが偽りだ。
そしてキャンの変化も大きかった。
コーイチが居なくなってからのキャンは外出も店と市の往復に留め殆ど誰とも口を利かなかった。コーイチがいなくなったことが知れると当然店は閉店したものと周囲に思われ、客も出入りしなくなり益々孤独になっていった。
ロイドはそんなキャンを引き取ろうとしたが、キャンの生い立ちからそれも出来ず、ただ毎日店に顔を出しアミアと食事に行き、顔見知りにキャンの店を紹介する事しかできなかった。
ユリウスが遠方へ偵察に行く時などは足の悪いアミアでは一人で店に行く事ができず、昔の部下であるウェイに頼みキャンの様子を見てもらった。
そんなキャンが少しずつ市で皆に認識されはじめ、店にも客が来るようになり、そしてユリウス……ユーレクと出会った。
喜怒哀楽のはっきりとした真っ直ぐな若者は、人見知りで塞ぎ込みがちな少女の心にすんなりと入り込んだのだ。
そばで見ていて面はゆい程に二人は惹かれあっている。
何がきっかけだったのか、キャンがユーレクの前でもメガネを取るようになるとユーレクは以前にも増してキャンを視線で追うようになった。視界に入れておかないと、側にいないと落ち着かない様子で。
キャンも、これまで頑なに拒んでいたアミアの選んだ服を着るようになった。仕事柄装飾の少ないシンプルなものだが、それでもふんわりとしたスカートや涼しげなブラウス、釦の可愛らしいものなどを身に付け、大きな眼鏡で顔が半分隠れていても目深に帽子をかぶっていてもその可愛らしさは人々の目に留まる。
そうして二人は以前より近付いた。
だが、上手くは行かないのだ。
ユーレクの身分、キャンの本来の姿。二人の気持ちだけでは変えられない壁が確かにある。
だが、とロイドは思う。
この二人なら、きっと上手く行く、と。
消えてしまった親友の心残りであろうキャンと、剣を指導し共に戦地に赴いて来た烏滸がましくも己の息子のようなユーレク。
この二人の幸せを、ロイドは心から願っている。
その為ならこの命を差し出しても構わないくらいに、二人を大切に思っているのだ。
決して二人の前ではそんな事など口にはしないが。
ぼんやりとそんな風に思考を飛ばしていると、突然ユーレクが立ち上がった。
「何と言おうと他の隊の人間はいらない。まずは私の隊員を伴い遂行する」
「貴殿の隊員が優れているのは聞き及んでいますが、それでは心許ないと言っているのです」
「私の隊の何をご存知なのか」
「獣人ではないと言うことだけ」
ティエルネのその言葉にユリウスの瞳が黄金に揺れた。
「やめろユリウス」
ヴィルフリートが額に手を当てユリウスを制する。
先程からこのやり取りの繰り返し。不毛だと言わんばかりにユリウスはイライラしている。
「ティエルネ殿、お気持ちは分かるが戦をしに行くのではないのだ。我が国の精鋭が王太子殿下の救出に向かう。だが一国の兵力全てを持ち出し彼の国へ侵攻するとなればその目的が変わって来る」
「……分かるだと?」
ヴィルフリートの言葉にティエルネの纏う雰囲気が変わる。
「真に分かっているのなら、この様な無駄な時間は過ごさないでしょうね」
ティエルネは立ち上がるとユリウスを一瞥し、フードを目深にかぶった従者と共に王太子室を後にした。
「ユリウス」
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