3 / 15
3
しおりを挟む私とカイさんは同じ佐藤という姓で、はじめの頃は名前を呼ばれると同時に返事をしていた。
だからいつの間にかお互いを下の名前で呼ぶようになって、それが周囲にも浸透していった。
「いいなあ、もも。カイさんと仲良くて」
「ええ? 別に仲良くないよ」
カウンターに入り今日チェックした会員のトレーニング記録を取っていると、同じバイトのナオが声を掛けてきた。
「気に入られてるじゃん! もも、ももって」
「長く続けてるトレーナーが私しかいないからね」
「今日は社員もいるじゃん」
「あの人の指示、好きじゃないんじゃない? 知らんけど」
「あんたねえ…いいじゃん、あんな素敵な人中々いないよ? 見なよあの筋肉! あの脚の長さ! 顔もめっちゃいいじゃん! ハーフみたいでさ…クオーターかな? とにかくもう俳優みたいだよ…」
「人様のものには興味ないの」
「まじめか」
「あんたが軽いの」
ため息をついて横目で睨む。
「今日だってきっと迎えが来るよ」
「だからぁ、あの人絶対奥さんじゃないって」
「じゃあ恋人じゃない?」
「違う! 私の勘がそう言ってるんだから!」
「はいはい」
「素直になんなよ! もも!」
「はーい、はいはい」
カイさんは一人でふらっとジムに現れる。なんでもないTシャツやスウェットにデニムを履き、でもひとつひとつが上質でセンスがいい。
いいところで勤務している人なんだろうな。腕時計もいいものを身に着けていた。時計は全然詳しくないんだけど。
そんなカイさんを時折迎えに来る人がいるのだ。
すらりとした長身のモデルのようなその人は、カイさんが着替えを終えて出てくるのを入り口で待っている。そして高級そうな車にカイさんを乗せてその人が運転して帰るのだ。
え、これを妻または恋人と言わず何と呼ぶのだろう。愛人…? ちょっと私には分からない。
笑顔を見せ仲良さそうに二人で並んでいるのを見て、私は絶対にカイさんに余計な気持ちを持たないようにしようと心に決めたのだ。
鑑賞だけでいい。それだけ。
「ねえもも、本当に辞めちゃうの?」
「あ~うん、そうなの」
「ねえ、私よく分かんないんだけど、それって必ず就職できるの? やっぱ無理とか不採用になったらさ、また仕事探さなくちゃいけないんでしょ?」
「ねえ、何さらっと不吉なこと言うの…」
「ももいなくなったら淋しい…」
「ふふっ、ありがと。でも、ずっと働きたいと思ってた会社なの。がんばらなくちゃ」
私は大学の被服科に進み、被服学やデザインを学んできた。
そしてその中で一番好きなのは、ランジェリーのデザイン。選択必修科目にあった人体工学を学び、人の肌に直接触れる肌着、そしてランジェリーの繊細な造りに魅了された。
だって、繊細なレースやリボンも可愛らしいモチーフも、大人っぽいセクシーなデザインも、服に取り入れるには抵抗があるけど、下着は好きなものを身に付けられるという開放感があるから。もちろん機能性も大事。
人の目に触れさせる機会の少ないものだけれど(私は)、高い機能性やファッション性が求められる。私はこれが大好きなのだ。
四年ですでに大方単位を取得した私は、長期インターンシップに応募して、最近やっと採用された。有給制だし就職にも有利、採用直結型というのもある。
そしてインターン先が、私がどうしても就職したいランジェリーブランドなのだ。
ここを辞めるのは淋しい。でも、私の夢が叶えるための一歩。そのために進まなければならない、今は大事な場面なのだと思う。
22
あなたにおすすめの小説
エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。
普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。
※課長の脳内は変態です。
なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。
【完結】 心だけが手に入らない 〜想い人がいるあなたは、いつか私を見てくれますか?〜
紬あおい
恋愛
完璧な夫には愛する人がいる。
心は手に入らないと分かっていても、愛することをやめられない妻。
そんな二人がいつしか心を通わせ、家族となっていくお話。
束縛婚
水無瀬雨音
恋愛
幼なじみの優しい伯爵子息、ウィルフレッドと婚約している男爵令嬢ベルティーユは、結婚を控え幸せだった。ところが社交界デビューの日、ウィルフレッドをライバル視している辺境伯のオースティンに出会う。翌日ベルティーユの屋敷を訪れたオースティンは、彼女を手に入れようと画策し……。
清白妙様、砂月美乃様の「最愛アンソロ」に参加しています。
義兄様と庭の秘密
結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。
冷酷王子と逃げたいのに逃げられなかった婚約者
月下 雪華
恋愛
我が国の第2王子ヴァサン・ジェミレアスは「氷の冷酷王子」と呼ばれている。彼はその渾名の通り誰に対しても無反応で、冷たかった。それは、彼の婚約者であるカトリーヌ・ブローニュにでさえ同じであった。そんな彼の前に現れた常識のない女に心を乱したカトリーヌは婚約者の席から逃げる事を思いつく。だが、それを阻止したのはカトリーヌに何も思っていなさそうなヴァサンで……
誰に対しても冷たい反応を取る王子とそんな彼がずっと好きになれない令嬢の話
離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。
【完結】 女に弄ばれた夫が妻を溺愛するまで
紬あおい
恋愛
亡き兄の恋人を愛し、二年後に側室に迎えようと政略結婚をした男。
それを知りつつ夫を愛し、捨てられないように公爵夫人の地位を確立しようと執務に励む女。
そんな二人が心を通わせるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる