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しおりを挟む「はい、今日はここまでです。お疲れ様でした」
はあっと大きく息を吐き出し膝に手をついて呼吸を整える会員さんを見下ろして、私は満足に頷いて見せた。
「ちょっとももちゃん、これキツイ!」
「そんなことないですよ田中さん、出来たじゃないですか」
「あのね、ももちゃんは、あと少し! あと一回! が多過ぎんのよ!」
「でも出来たでショ」
「ああ~っ、足がっ! 足が震える~!」
「あははっ、水分補給をお忘れなく~」
私、佐藤もも、大学四年。
このスポーツジムでバイトを始めて早三年が経った。昼間は奥様方を中心に賑わうここは、私が大学生になってすぐに始めたバイト先。時間も割と自由に設定できるしアパートからも近い。何より会員の殆どが女性で安心して指導できるのだ。
うんうん、すっかりトレーナーの役割も板についたと思うのよね! 今日も会員の奥様たちをヒーヒー言わせて私は大満足!
マシンで筋トレしているマダムにクールダウンの指示をしてその場を離れると、背後から声を掛けられた。
「何満足気な顔してるんだ」
「ひゃああっ」
首筋に急に当てられた冷たいペットボトルに盛大に変な声をあげて振り返る。見上げるほど背が高く、このアットホームな雰囲気に似合わない男性会員、佐藤大海がニヤリと口端をあげていた。
「ほら、次は俺の見てくれ」
「カイさんは必要ないでしょ!」
「客の要望に応えるのも仕事だろう」
「はあ、後はどこを鍛えたいんですか…」
「ため息をつくな! 失礼な奴だな」
「だってもう何年通ってるんですか? 私より詳しいじゃないですか」
「ももがどれだけトレーナーとしてアドバイスできるか見てやる」
「はあ…」
カイさんはいつもの背筋のマシンに近寄ると、錘をどんどん足していく。仕方なくそばに立って指示をするけど。大体毎回、ほとんど私を必要としない。
この人は私がバイトを始めた頃からここに通っている常連の会員。
正直、こんなアットホームなジムじゃなくてパーソナルトレーナーのいるもっと専門性の高いジムの方がいいと思うくらい、よく鍛えられた筋肉を持っている。長い手足、程よく引き締まった身体。ウォーミングアップからランニング、マシンの利用まで、毎回満遍なくルーチンをこなして帰っていく。物足りなさすらありそうだけど、多い時は週四で来るのだ。
確かに鑑賞には素晴らしい身体をしている。本人には言わないけど。
「結構いきますね。ムキムキになりたいんですか?」
「今日はそういう気分なんだ」
「はあ…。はい、じゃあここに意識集中して…背筋伸ばしてください」
グリップに手を掛け姿勢を伸ばすカイさんの背中に手を当てる。弾力のある筋肉に触れ、その厚みに手を引きそうになる。
「ここに集中です。…うん、いいですね。もう少しスピードをゆっくり…」
「もも、来月ここ辞めるんだって?」
「え、…ああ、はい。よく知ってますね。あ、背中伸ばして。…本当はまだ辞めたくなかったんですけど、インターンが決まって、ちょっとそっちに集中しなくちゃいけないんです」
「ふうん…どこの会社?」
「え、あ~…秘密です」
「いかがわしいのか」
「そんな訳ないでしょ! おじさんはすぐそういうこと言う!」
「おじさんてなんだ! 俺はまだ三十五歳だ!!」
「十分おじさんですケド…」
ガシャン! と大きな音を立て錘が落ちた。不機嫌な顔をしてカイさんが睨みつけてくる。
「年寄扱いするなよ」
「え~」
「あなたたち本当に仲がいいわよねえ。下の名前で呼び合うなんてかわいいわぁ」
近くにいたマダムがニコニコと私たちの様子を見て声を掛けてきた。
「同じ佐藤なんですもん」
「だからって俺のことまで下の名前で呼ばなくていいと思うが」
「他にも佐藤っているんで」
「可愛くないな?」
「可愛さ求めるんですか?」
「ももちゃんはかわいいわよ~」
「ありがとうございます!」
「可愛くない」
不機嫌にそういうカイさんに私は満面の笑みで錘を足した。
「さ、カイさん反対向いて座ってください。今度はこっちの筋肉を鍛えましょう」
カイさんの眉間に深い深い皺が刻まれるのを、私は臆せず笑顔で返した。
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