【番外編完結】わんこ系年下騎士に懐かれたけど実家の愛犬に似ていて困る

かほなみり

文字の大きさ
18 / 36

四日目 晩餐会と逃避行1

しおりを挟む
 日が傾き、西の空にはオレンジ色からピンク、そして淡い水色へとグラデーションが広がっている。聳える王城の尖塔が黒い影になり、人々が吸い込まれていく。
 振り返れば、夜を抱えた紺碧の空がすぐ迫っていた。


「バーセル女史」

 会場へ入るとすぐ、美しいドレスを身に纏った女性を連れた紳士に声を掛けられた。

「ブランディス卿、こんばんは」

 膝を曲げ挨拶をすると、鷹揚に手を挙げて笑った。

「こんばんは。こちら、私の妻のマーガレットです」
「こんばんは、バーセル女史。とても素敵なドレスだわ!」
「ありがとうございます」

 今夜は灰色がかった薄いペールブルーのドレスにした。
 質のいいチュールを贅沢にたっぷりと使い、動くと後ろへ流れスカートの裾が美しく広がるよう計算し尽されている。
 上衣はいたってシンプルに、ストレートカットのチューブトップにチュール一枚で仕立てたノースリーブのドレスを重ねている。
 珍しい大小様々な真珠とダイヤが散りばめられたネックレスと、耳元にも細かな真珠とダイヤがブドウの房のようなピアスを選んだ。
 
「それも領地で生産されている生地とレース糸を使用しているの?」
「はい。ドレスのデザインはマダムオリビアでお願いしています」
「まあ! マダムオリビアのドレスなのね? 素敵、私もマダムのドレスは大好きなの!」

 夫人の嬉しそうな声を聞いて、耳をそばだてていたご婦人方の目の色が変わった。ブランディスご夫妻は、事業を興し二人三脚で生地やレース、ウールなどの卸業を行っている。そんな夫人の身に纏うドレスは、社交界の中でも話題に上りやすい。
 よかったわ、もっと褒めて!

「ありがとうございます」

 ふふ、と微笑み夫人とドレスの話で盛り上がっていると、こほん、とブランディス卿が咳払いをした。

「マーガレット、ドレスの話をしたいのは分かりますが、今夜はそれが目的じゃないでしょう?」

 眉尻を下げて夫人の手を宥めるように撫でると、夫人がはっと口元を手で覆った。

「そうだったわ。もっと沢山お話を聞きたいのだけれど、また別な日に改めて聞かせてくれるかしら」
「別な日?」
「すまない、バーセル女史。僕たちはね、なんて言うか、囮なんだよ」
「おとり?」

 ブランディス卿は申し訳ない、と目を細めた。

(……ブランディス卿と会ったのは確か)

 ――、だ。

「あの」
「うん、なんて言うか、僕は彼の気持ちがよく分かるからね。応援してるんだ。せめて、話だけでも聞いてやれないかな」

 周囲を見渡し、ホールの警備にあたる騎士たちを確認する。
 一人、背の高い騎士が遠くからこちらを凝視しているのを見つけた。多分、目が合ったように思う。
 その瞬間、騎士の、金色の髪がふわりと揺れた。

「そ、それでは改めてご連絡いたします!」

 ブランディス卿と夫人が何かを言ったけれど、その声に返事をせず私は慌ててその場から走り去った。

 *

「アメリア!」

 会場を抜け出すと背後から私を呼ぶ声がした。振り返るとマリウスがものすごい勢いで迫ってきている。その顔が怖い。

(どうして追ってくるの!?)

 何かこのまま捕まるのが怖い。よくない気がする。
 履いていた靴を脱ぎスカートを持ち上げ、マリウスに背を向けて私も走り出した。
 私も脚には自信があるのよ! 田舎育ちを舐めないでよね!

「アメリア! 待ってください!」
「どうして追ってくるの!?」
「どうして逃げるんですか!」
「追われたら逃げるでしょう!?」
「それは悪者が言う台詞です!」
「何も悪いことはしていないわ!」
「益々悪者の台詞ですよ! 待ってください!」
「嫌よ!」

 時折回廊ですれ違う騎士たちが笑いながら私たちを見てるけどどうして!?
 絹の靴下をはいた状態では床が滑って走りにくい。
 でもここで転んだら絶対に捕まるわ!

「朝目を覚ましたら貴女がいないから!」
「ちょ、ちょっと!? やめて、そんなこと大きな声で言わないで!」
「すぐに会いに行きたかったけど勤務で!」
「いいのよそれで!」
 
 回廊を曲がり、向かいからやって来る人にぶつかりそうになりながら駆け抜ける。
 驚いた顔の人々の視線が痛いけれどなんだかもう止まれない!

「朝起きて、隣に貴女がいなかった時の僕の気持ちが分かりますか!」
「やめてったら! マリウスの馬鹿!」
「貴女が好きだって言ったのに!」
「気の迷いよ! 貴方は若くて伯爵家の人で」
「そんなの関係ない! 貴女が好きなんだ!」
 
 やめて、大声でそんなこと言わないで!
 マリウスの声がすぐ後ろに迫って来て、後ろを振り返る余裕がない。
 もうこうなったら庭に行くしかないわ! 木立と暗闇で見えにくいだろうから!

「アメリア! そんなにスカートを持ち上げないでください!」
「持ち上げないと走れないのよ!」
「だったら走らないで!」

 マリウスの気配をすぐ後ろに感じながら、回廊の右手に広がる庭へ飛び出した。
 
「アメリア!」

 芝生の上を走り、庭の奥へ奥へと向かう。この先に何があるのかは知らない。
 ていうか、どうして私こんなに必死に逃げてるんだっけ!?

 スカートの裾を抱えたまま垣根の間をすり抜け、木々の向こうへ抜けようとすると、ドレスが垣根に引っかかりぐっと引っ張られる感覚がした。

「……あっ!」

 視界が大きく揺れ、身体が前に倒れる。
 スカートの部分を抱えたままで手が前に出せない。地面に倒れ込む衝撃に備え、ぎゅうっと目を瞑ると、倒れ込んだ先は固く、柔らかく、森のような香り。
 逞しい腕が私を強く抱き締め、衝撃はほとんどなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

「俺にしがみつくのはやめろ」と言われて恋が覚めたので、しがみつかずにリリースします。相容れないとほざくあなたは、今、私に捨てられましたわ

西野歌夏
恋愛
前世でフラれた記憶を思いだしたフローラ・ガトバンは、18歳の伯爵令嬢だ。今まさにデジャブのように同じ光景を見ていた。 エイトレンスのアルベルト王太子にまつわるストーリーです。 ※の付いたタイトルは、あからさまな性的表現を含みます。苦手な方はお気をつけていただければと思います。 2025.5.29 完結いたしました。

義姉の身代わりで変態侯爵に嫁ぐはずが囚われました〜助けた人は騎士団長で溺愛してきます〜

涙乃(るの)
恋愛
「お姉さまが死んだ……?」 「なくなったというのがきこえなかったのか!お前は耳までグズだな!」 母が亡くなり、後妻としてやってきたメアリー夫人と連れ子のステラによって、執拗に嫌がらせをされて育ったルーナ。 ある日ハワード伯爵は、もうすぐ50になる嗜虐趣味のあるイエール侯爵にステラの身代わりにルーナを嫁がせようとしていた。 結婚が嫌で逃亡したステラのことを誤魔化すように、なくなったと伝えるようにと強要して。 足枷をされていて逃げることのできないルーナは、嫁ぐことを決意する。 最後の日に行き倒れている老人を助けたのだが、その人物はじつは……。 不遇なルーナが溺愛さるまで ゆるっとサクッとショートストーリー ムーンライトノベルズ様にも投稿しています

襲われていた美男子を助けたら溺愛されました

茜菫
恋愛
伯爵令嬢でありながら公爵家に仕える女騎士イライザの元に縁談が舞い込んだ。 相手は五十歳を越え、すでに二度の結婚歴があるラーゼル侯爵。 イライザの実家であるラチェット伯爵家はラーゼル侯爵に多額の借金があり、縁談を突っぱねることができなかった。 なんとか破談にしようと苦慮したイライザは結婚において重要視される純潔を捨てようと考えた。 相手をどうしようかと悩んでいたイライザは町中で言い争う男女に出くわす。 イライザが女性につきまとわれて危機に陥っていた男ミケルを助けると、どうやら彼に気に入られたようで…… 「僕……リズのこと、好きになっちゃったんだ」 「……は?」 ムーンライトノベルズにも投稿しています。

結婚式に代理出席したら花嫁になっちゃいました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
美希は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、結婚式の友人の代理出席をする予定で式場にいたのに!? 本編は完結してますが、色々描き足りなかったので、第2章も書いています。

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

敵将を捕虜にしたら夫になって、気づけば家族までできていました

蜂蜜あやね
恋愛
戦場で幾度も刃を交えてきた二人―― “赤い鷲”の女将軍イサナと、 “青狼”と恐れられたザンザの将軍ソウガ。 最後の戦いで、ソウガはイサナの軍に捕らえられる。 死を覚悟したその瞬間―― イサナは思わず、矢面に立っていた。 「その者は殺させない。命は……私が引き受けます」 理由などなかった。 ただ、目の前の男を失いたくなかった。 その報告を受けた皇帝エンジュは、 静かに、しかし飄々とした口調で告げる。 「庇いたいというのなら――夫として下げ渡そう」 「ただし、子を成すこと。それが条件だ」 敵国の将を“夫”として迎えるという前代未聞の処置。 拒否権はない。 こうしてソウガは、捕虜でありながら 《イサナの夫》としてアマツキ邸に下げ渡される。 武でも策でも互角に戦ってきた男が、 今は同じ屋根の下にいる。 捕虜として――そして夫として。 反発から始まった奇妙な同居生活。 だが、戦場では知り得なかった互いの素顔と静かな温度が、 じわじわと二人の距離を変えていく

処理中です...