22 / 36
五日目 騎士団と眠れる美しい人1
しおりを挟む
「ここね」
辻馬車を降り、石を積み上げた塀が続く道を歩いていると、人が集まっているのが見えた。よく見ると若い女性が多い。
門の前には衛兵が立ち、女性たちは遠巻きに誰かを待っているようだ。
(騎士団員の人気って本当にすごいわね)
警邏に出てくる騎士を待っているのだろう、手にプレゼントらしきものを持っている人もいる。
(これじゃあ、私一人で行っても怪しまれるに決まってるわね)
騎士団の場所を聞くと、マーガレットがあれこれと教えてくれたけれど、初めはよく分からなかった。行けば分かる、と笑ったマーガレットとブランディス卿の笑顔の意味が今なら分かる。
「すみません」
門の前に立つ衛兵に声を掛けると、衛兵はあからさまに胡乱気な視線を私に向けた。
気持ちは分かるけど、怪しい者じゃありませんから!
コホン、と咳払いをして衛兵に笑顔で話しかける。
「こちらのマリウス・ビューロウ副長と面会をお願いしたくて来ました、アメリア・バーセルと申します。イヴァン・ブランディス卿の紹介状も持っています」
マーガレットが用意してくれたブランディス卿の署名と家印入りの封書を衛兵に渡すと、その印を見て衛兵が慌てて中へ駆けて行った。
ブランディス卿は騎士団に所属していたことがあり、今も仕事の関係で騎士団とつながりがあるのだとか。
使えるものは使う。
これも優秀な経営者の成せる技よね。マーガレットの知恵だけれど。
背後から痛いほど女性たちの視線が刺さるけれど、絶対に目を合わせちゃ駄目だと本能が言っている。
「お待たせしました、どうぞ」
走り戻ってきた衛兵に案内されて、背中に痛いほどの視線を浴びながら、不安が押し寄せる気持ちを抱え、堅固な門をくぐった。
*
「ああ、貴女でしたか!」
衛兵に案内されラウンジのテーブルで腰掛けていると、一人の騎士が私の姿を見て笑顔を見せた。
「あ、ええと……」
(誰だったかしら、会ったことある?)
立ち上がると騎士はさっと手を差し出し、握手を交わした。
「いや、初めましてと言うか、貴女とマリウスが追いかけっこをしていたのを見ただけなんですけど」
「……っ、え、あ!」
回廊ですれ違った騎士の一人だろう。
あれを見られていた挙句、顔を覚えられているなんて!
恥ずかしさに顔を熱くすると、騎士は声を上げて笑った。
「あのマリウスからあんなに逃げる女性は初めて見たものですから。いやあ、足が速いですね!」
「……お恥ずかしいですわ」
変な覚えられ方をしてしまった。もう取り返しはつかないけれど。悪気はないのだろう、クツクツと肩を揺らしながら騎士は笑顔を見せた。
「皆でね、噂をしていたんですよ。マリウスが睡眠を削ってでも会いたがる女性とはどんな人かって。まさかあんなに必死になって女性を追いかける奴の姿を見ることが出来るとは思わなかったんで、すみません、初対面なのについ」
「忘れて頂けると嬉しいです」
「はははっ」
騎士は声を上げて笑うと、ふむ、と自分の顎に手を掛けた。
「マリウスは今、仮眠室で仮眠を取っているんですよ」
「仮眠室」
「ええ。今朝まで警護についていて、この後また勤務が続くんです。声を掛けたんですが起きなくて」
「そう、ですか」
「ええ。あ、アイツ一回寝ると中々起きないんです。どうしますか? なんなら引きずって来てもいいんですが」
「いいえ! あの、そこまでは」
顔を合わせるのを躊躇っていたせいか、寝ていると聞いて何となくホッとする。
でも、じゃあ、せめて……。
「あの、その仮眠室に案内していただけますか?」
騎士に案内され、個室だという仮眠室にやって来た。騎士は「遠慮せず起こしてやってください」と笑顔で言うと、そのまま去って行った。
一人残された廊下でふうっと息を吐きだす。小さく「よし」と声に出して、把手に手をかけそっと扉を開けた。
中はそれほど広くなく、カーテンが閉められ薄暗い。静かに部屋に入り扉を閉めると、部屋の隅に置かれたベッドからすうすうと小さな寝息が聞こえて来た。壁には隊服のマントとジャケットが掛けられている。
静かにベッドに近付いて覗き込むと、マリウスが腕を組んだまま横向きに眠っていた。
その姿を見ただけで、胸がギュッと苦しくなる。
(無理して睡眠を削って、他の人と交代して時間を作って……私に、そんな価値があったのかしら)
それなのに、彼の言葉に返事もせず、酷い言葉をかけてしまった。
あの夜、黙って背を向けて去って行った彼は、もう私のことなんて何とも思っていないかもしれない。
(どんな顔をして会えばいいのかと思っていたけれど、眠っている時でよかったかもしれないわ)
そっとベッドに腰を下ろすと、ギシッと小さく音を立てた。マリウスが少しだけ身じろぎしたけれど、また小さく寝息を立て始めた。
眠るマリウスのふわふわの髪を撫でる。
彼のふわふわの髪を撫でるのが好きだ。もっと撫でていたいと思っていた。
撫でていると、マリウスの目許がふわりと緩んだ気がした。気持ちいいのだろうか。
(ふふ、本当に大きな犬みたいなんだから)
「……マリウス」
声に出して名を呼んでみる。自分の声が酷く掠れて、心許ない。
「マリウス、私、明日には王都を発つわ。領地に帰るの」
髪を撫でながらそっと耳を撫でる。ひんやりとした耳、白皙の肌、長い睫。美しくマリウスを形作るひとつひとつを、記憶に留めようとじっと見つめる。
「貴方と一緒にいるのは本当に楽しかったわ。すごく、居心地がよかった。……ずっと一緒にいたいくらい」
でも、どんなにマリウスの傍にいたいと願っても、それはどうしても叶わない。
辻馬車を降り、石を積み上げた塀が続く道を歩いていると、人が集まっているのが見えた。よく見ると若い女性が多い。
門の前には衛兵が立ち、女性たちは遠巻きに誰かを待っているようだ。
(騎士団員の人気って本当にすごいわね)
警邏に出てくる騎士を待っているのだろう、手にプレゼントらしきものを持っている人もいる。
(これじゃあ、私一人で行っても怪しまれるに決まってるわね)
騎士団の場所を聞くと、マーガレットがあれこれと教えてくれたけれど、初めはよく分からなかった。行けば分かる、と笑ったマーガレットとブランディス卿の笑顔の意味が今なら分かる。
「すみません」
門の前に立つ衛兵に声を掛けると、衛兵はあからさまに胡乱気な視線を私に向けた。
気持ちは分かるけど、怪しい者じゃありませんから!
コホン、と咳払いをして衛兵に笑顔で話しかける。
「こちらのマリウス・ビューロウ副長と面会をお願いしたくて来ました、アメリア・バーセルと申します。イヴァン・ブランディス卿の紹介状も持っています」
マーガレットが用意してくれたブランディス卿の署名と家印入りの封書を衛兵に渡すと、その印を見て衛兵が慌てて中へ駆けて行った。
ブランディス卿は騎士団に所属していたことがあり、今も仕事の関係で騎士団とつながりがあるのだとか。
使えるものは使う。
これも優秀な経営者の成せる技よね。マーガレットの知恵だけれど。
背後から痛いほど女性たちの視線が刺さるけれど、絶対に目を合わせちゃ駄目だと本能が言っている。
「お待たせしました、どうぞ」
走り戻ってきた衛兵に案内されて、背中に痛いほどの視線を浴びながら、不安が押し寄せる気持ちを抱え、堅固な門をくぐった。
*
「ああ、貴女でしたか!」
衛兵に案内されラウンジのテーブルで腰掛けていると、一人の騎士が私の姿を見て笑顔を見せた。
「あ、ええと……」
(誰だったかしら、会ったことある?)
立ち上がると騎士はさっと手を差し出し、握手を交わした。
「いや、初めましてと言うか、貴女とマリウスが追いかけっこをしていたのを見ただけなんですけど」
「……っ、え、あ!」
回廊ですれ違った騎士の一人だろう。
あれを見られていた挙句、顔を覚えられているなんて!
恥ずかしさに顔を熱くすると、騎士は声を上げて笑った。
「あのマリウスからあんなに逃げる女性は初めて見たものですから。いやあ、足が速いですね!」
「……お恥ずかしいですわ」
変な覚えられ方をしてしまった。もう取り返しはつかないけれど。悪気はないのだろう、クツクツと肩を揺らしながら騎士は笑顔を見せた。
「皆でね、噂をしていたんですよ。マリウスが睡眠を削ってでも会いたがる女性とはどんな人かって。まさかあんなに必死になって女性を追いかける奴の姿を見ることが出来るとは思わなかったんで、すみません、初対面なのについ」
「忘れて頂けると嬉しいです」
「はははっ」
騎士は声を上げて笑うと、ふむ、と自分の顎に手を掛けた。
「マリウスは今、仮眠室で仮眠を取っているんですよ」
「仮眠室」
「ええ。今朝まで警護についていて、この後また勤務が続くんです。声を掛けたんですが起きなくて」
「そう、ですか」
「ええ。あ、アイツ一回寝ると中々起きないんです。どうしますか? なんなら引きずって来てもいいんですが」
「いいえ! あの、そこまでは」
顔を合わせるのを躊躇っていたせいか、寝ていると聞いて何となくホッとする。
でも、じゃあ、せめて……。
「あの、その仮眠室に案内していただけますか?」
騎士に案内され、個室だという仮眠室にやって来た。騎士は「遠慮せず起こしてやってください」と笑顔で言うと、そのまま去って行った。
一人残された廊下でふうっと息を吐きだす。小さく「よし」と声に出して、把手に手をかけそっと扉を開けた。
中はそれほど広くなく、カーテンが閉められ薄暗い。静かに部屋に入り扉を閉めると、部屋の隅に置かれたベッドからすうすうと小さな寝息が聞こえて来た。壁には隊服のマントとジャケットが掛けられている。
静かにベッドに近付いて覗き込むと、マリウスが腕を組んだまま横向きに眠っていた。
その姿を見ただけで、胸がギュッと苦しくなる。
(無理して睡眠を削って、他の人と交代して時間を作って……私に、そんな価値があったのかしら)
それなのに、彼の言葉に返事もせず、酷い言葉をかけてしまった。
あの夜、黙って背を向けて去って行った彼は、もう私のことなんて何とも思っていないかもしれない。
(どんな顔をして会えばいいのかと思っていたけれど、眠っている時でよかったかもしれないわ)
そっとベッドに腰を下ろすと、ギシッと小さく音を立てた。マリウスが少しだけ身じろぎしたけれど、また小さく寝息を立て始めた。
眠るマリウスのふわふわの髪を撫でる。
彼のふわふわの髪を撫でるのが好きだ。もっと撫でていたいと思っていた。
撫でていると、マリウスの目許がふわりと緩んだ気がした。気持ちいいのだろうか。
(ふふ、本当に大きな犬みたいなんだから)
「……マリウス」
声に出して名を呼んでみる。自分の声が酷く掠れて、心許ない。
「マリウス、私、明日には王都を発つわ。領地に帰るの」
髪を撫でながらそっと耳を撫でる。ひんやりとした耳、白皙の肌、長い睫。美しくマリウスを形作るひとつひとつを、記憶に留めようとじっと見つめる。
「貴方と一緒にいるのは本当に楽しかったわ。すごく、居心地がよかった。……ずっと一緒にいたいくらい」
でも、どんなにマリウスの傍にいたいと願っても、それはどうしても叶わない。
34
あなたにおすすめの小説
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さくら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
周囲からはぐうたら聖女と呼ばれていますがなぜか専属護衛騎士が溺愛してきます
鳥花風星
恋愛
聖女の力を酷使しすぎるせいで会議に寝坊でいつも遅れてしまう聖女エリシアは、貴族たちの間から「ぐうたら聖女」と呼ばれていた。
そんなエリシアを毎朝護衛騎士のゼインは優しく、だが微妙な距離感で起こしてくれる。今までは護衛騎士として適切な距離を保ってくれていたのに、なぜか最近やたらと距離が近く、まるでエリシアをからかっているかのようなゼインに、エリシアの心は揺れ動いて仕方がない。
そんなある日、エリシアはゼインに縁談が来ていること、ゼインが頑なにそれを拒否していることを知る。貴族たちに、ゼインが縁談を断るのは聖女の護衛騎士をしているからだと言われ、ゼインを解放してやれと言われてしまう。
ゼインに幸せになってほしいと願うエリシアは、ゼインを護衛騎士から解任しようとするが……。
「俺を手放そうとするなんて二度と思わせませんよ」
聖女への思いが激重すぎる護衛騎士と、そんな護衛騎士を本当はずっと好きだった聖女の、じれじれ両片思いのラブストーリー。
推しであるヤンデレ当て馬令息さまを救うつもりで執事と相談していますが、なぜか私が幸せになっています。
石河 翠
恋愛
伯爵令嬢ミランダは、前世日本人だった転生者。彼女は階段から落ちたことで、自分がかつてドはまりしていたWeb小説の世界に転生したことに気がついた。
そこで彼女は、前世の推しである侯爵令息エドワードの幸せのために動くことを決意する。好きな相手に振られ、ヤンデレ闇落ちする姿を見たくなかったのだ。
そんなミランダを支えるのは、スパダリな執事グウィン。暴走しがちなミランダを制御しながら行動してくれる頼れるイケメンだ。
ある日ミランダは推しが本命を射止めたことを知る。推しが幸せになれたのなら、自分の将来はどうなってもいいと言わんばかりの態度のミランダはグウィンに問い詰められ……。
いつも全力、一生懸命なヒロインと、密かに彼女を囲い込むヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:31360863)をお借りしております。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる