【番外編完結】わんこ系年下騎士に懐かれたけど実家の愛犬に似ていて困る

かほなみり

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番外編:眠らない騎士2

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 彼女の姿を視界の隅に捉えながら警備を行い、気が付けば休憩の時間が過ぎていた。

「ビューロウ副長、昨夜からお休みになっていないのでは?」
「うん、もう少し見回りをしたら一度待機室に戻るよ」

 そう言いつつも視線は自然と会場に向いてしまう。そんな僕を見て、部下は訝しげに眉を寄せた。

「何か不審な人物でもいましたか?」
「いや、大丈夫だ。じゃあここは頼んだよ」

 何がそんなに気になるのか分からない。
 分からないのなら、確かめたらいい。
 そんな軽い気持ちで、僕は一人テラスに出て行った彼女の後を追うことにした。

 そっとテラスに出ると、誰もいない広いテラスで一人、彼女が天を仰ぎ大きく息をついていた。見ると、手摺りにはオードブルの載った皿とグラスが置かれている。

 (休憩かな)

 ピンチョスを一口指で摘み口にして、彼女はふわりと相貌を崩した。先程までの凛とした佇まいから一転、嬉しそうに頬を緩めワインも口に運ぶ。

(美味しそうに食べるなぁ)

 見ていてつい、こちらもお腹が空いてくる。その嬉しそうな姿に、じわじわと彼女と話してみたいという思いが強くなる。だが、突然なんと言って声を掛けたらいいのか。いくら騎士の隊服を着ているとは言え、怪し過ぎないだろうか。
 そもそもこんな風に覗き見みたいなことをしている時点で十分怪しいのでは?
 女性にどうやってスマートに声を掛けたらいいんだろう。
 話してみたいなんて、突然だと失礼じゃないだろうか?

「……食べ切ってしまったわ」
「何かお持ちしましょうか?」

 物足りなそうに人差し指を唇に当て、ポツリとこぼしたその言葉に、つい無意識に反応してしまった。
 僕の言葉に驚いた彼女が、目を見開きこちらを振り返る。

 (……かわいいな)

 初めは綺麗な人だと思っていた。恐らく僕よりも年上なのだろう。
 だがこうして視線を合わせると、美しい瞳はくるくると色を変えるように感情を伝えてくる。大きな瞳にホールからの明かりが反射し、キラキラと煌めいて、彼女の好奇心や知性が滲み出ているようだった。

「失礼しました、驚かせるつもりはなかったのですが」
「こちらこそ、誰もいないものと思っていて……」
「お声を掛けるつもりはなかったのですが、その、とても美味しそうに食べていらしたので、つい」

(何を言ってるんだ、もう少しまともな台詞は言えないのか……!)

 ご令嬢に対して美味しそうに食べているなんて、そんな事を言われて不愉快に思われるに違いない。気の利かない自分に自己嫌悪に陥る。
 けれど彼女は気にする様子はなく、僕が騎士と分かったからか、ほっと小さく息を吐きだした。怪しい者ではないと伝えたくて、つい言い訳がましくぺらぺらと話してしまう。
 そして一度声を掛けてしまうと、もっと彼女と話したいと欲が出る。
 なんとか名前だけでも知りたいと自分自身に言い訳を重ねながら、彼女と一緒にオードブルを摘まんだ。
 こういう場ではあまり食事をしない令嬢が多いが、彼女は美味しそうに食べ嬉しそうに頬を緩める。
 多めに取ってきたオードブルを一緒に食べようと促され、こんな風に気軽に女性と食事を取るのは初めてだったが、共にする食事は堅苦しくなく、何より彼女も楽しそうだった。
 
「アメリア。アメリア・バーセルです、騎士様」

 彼女をコンサバトリーへ送る約束を取り付けると、美しい所作で彼女は名を名乗った。その言葉にさっと手を胸に当て騎士の礼を取る。

「申し遅れました、私は王立騎士団第二部隊第一小隊副長マリウス・ビューロウと申します。それではお手を、バーセル嬢」

 そう名乗ると、彼女……アメリアは柔らかく微笑み、僕の手に美しい白い手を載せた。

 *

 実家のある領地で生産したレースを売り込むためにやって来たという彼女は、仕事に生きる女性だった。
 婚約者もなく、仕事が好きなのだと楽しそうに話す姿はこれまでに接してきた令嬢方とは明らかに違う。
 石畳につまずき靴の踵が折れてしまっても、彼女は自らそれを取り、もう片方も折ってくれと僕に渡してくる。
 女性の靴の踵を折る? いくら本人の申し出とは言え、そんな事をしては彼女はどうやって歩くと言うのか。
 彼女の強い要望で渋々踵を折った。ベンチに座る彼女の前に跪き、美しい足に靴を履かせる。

「あ、貴方は騎士なのだから……従者のようなことまでしなくていいのよ」
「普段からしている訳ではありませんよ」

 慌てるアメリアの言葉に、自分でも己の行動に内心驚いた。無意識に、ごく自然に彼女の前に跪いていた。言葉のとおり、こんな事は今までしたことがない。

(……彼女は、何か違うんだ)

 でも何が違うのか分からない。
 もっと知りたい、もっと話したい。
 もっと、そのよく変わる表情を見ていたい。

 女性に慣れていないわけでもないと言うのに、うまく彼女と話せている気がしない。
 大丈夫だろうか、怪しまれていない?
 身に纏っていたドレスの美しさを褒めるのも、なんだかうまく言えない。

(ちゃんと見たままの美しさを伝えればいいだけだろ)

 彼女の美しさを言葉にすると恥ずかしくなる。

(いつも女性と話す時はどうしていたっけ? 身に纏っているものの美しさを伝えるのも、紳士として大切なことじゃないか!)

 僕の気まずさなど気が付かないまま、アメリアは楽しそうにたくさんの話をする。
 領地のこと、家族のこと、生産しているレースや領民のこと。楽しそうに笑顔で話す彼女の声を聞いているだけで、こちらも楽しくなってくる。
 
 もっと聞きたい。もっと聞かせて。
 退屈な駆け引きなんかじゃなく、好きなもの、好きな事をたくさん知りたい。
 もっと、アメリアのことを知りたい。

 時折、庭に誂えられた外灯がアメリアの美しい瞳を輝かせ、黄金のチェーンがゆらゆらと揺れ光を跳ね返す。
 彼女と楽しく会話をしながら、僕の腕に手を絡めたその美しい人と、そのままいつまでも歩き続けたかった。
 
 *

「ビューロウ副長、もう仮眠を取られたんですか?」

 アメリアとコンサバトリーの前で別れ、騎士の待機室に戻ると部下に声を掛けられた。次の交代まで休憩をしている騎士たちがあちこちで談笑している。

「いや、まだだよ」
「大丈夫ですか? 次の交代まですぐですよ」
「大丈夫。ここに、貴族名鑑はなかったかな」
「貴族名鑑? あー、多分隊長の控室にあります」
「分かった、ありがとう」
「副長、二班の報告書です」

 部下が手渡してきた巡回と警護の報告書を受け取り、さっと目を通す。今のところ大きな騒ぎはないようだ。
 
「コンサバトリーの巡回を三班に再編成するよう伝えてくれ」
「何かありましたか?」
「うん、男女がね、奥で睦み合ってる」
「ええ!?」

 話を聞いていた騎士がぶはっと笑い声をあげた。

「なんですかそれ! 相当浮かれてんなぁ」
「入口の衛兵一人しかいないから、男女ならまだしもそうじゃないのが入り込んではまずい。見回りは増やしておいて」
「分かりました。三班に伝えます」
「うん、頼んだよ」

 
 ――先ほどのアメリアの様子を思い出す。
 彼女は男女の声がして思わず固まってしまった僕の腕をグイっと引っ張り、無言のまま来た道を慌てて戻った。
 正直、あんな場面に出くわしてしまって、アメリアは怒って帰るのではないかと思っていた。あんなの、僕だってどうフォローしたらいいのか分からない。
 僕が何かしたわけでもないのにとんでもなく居た堪れなくて、どうしたものか考えているとアメリアが顔を逸らし肩を震わせた。

「あ、アメリア嬢?」

 泣いているのか、怒りで震えているのか。どちらにせよ、あんなものを聞いて女性がどんな反応をするのか僕にはさっぱり分からなかった。
 ところが彼女は、思ってもいなかった反応を見せた。
 目に涙をため、笑っていたのだ。

「ご、ごめん、なさ……っ、ふっ、ふふっ! だ、だって、お、おかしくて……」
「おかしいって……」
「だって、き、気まずすぎるわっ! 何かしらこの状況……っ」
「確かに気まずいですけど」

 そうだ、こんな夜にあんな場所で、一体何を盛り上がって致しているのか。
 僕たちはただ植物を愛でに来ただけだと言うのに、知らない男女が勝手に盛り上がっている声を聞かされて、滑稽以外の何物でもない。
 そう思うとじわじわと笑いがこみ上げてきて、つい吹き出してしまった。するとアメリアが僕の腕をぱしんと叩く。

「もう! 笑わせないで!」
「僕のせいじゃないですよ! 気まずいって言うから……!」

 声を上げて笑うアメリアにつられて僕も笑いが漏れてくる。互いの顔を見て目が合い、そしてまた笑い合う。

「とんでもない場面に出くわしちゃったわ」
「すみません」
「ビューロウ卿のせいではないわよ! なんかもう色々楽しかったわ」
「楽しいって……」

 そんな感想あるだろうか!
 とても楽しかったと笑顔で僕を見上げるアメリアは、本当に可笑しそうで、楽しそうだった。大きく口を開けて笑う姿も、踵のなくなった靴で走るのも、彼女ののびのびとした人柄そのままのようで。
 僕はそんな彼女を見て、女性に対する心のこわばりが取れていくような感じがした。
 
 自由に、自分らしく。
 そう振舞うことを自然に促されたような気がして、彼女についてもっと知りたいと、このまま別れないようにするにはどうしたらいいのか自然と考えを巡らせていた。

「あの、こちらにはいつまでご滞在ですか」
「秋の晩餐会の間だけ。終わったら領地へ帰るわ」
「そうですか。……楽しんでくださいね」
「ありがとう。今夜ほど楽しいことはないと思うけど」
「アメリア嬢!」

 その言葉にまた吹き出すと、アメリアもつられて身体を揺らし笑う。
 ああ、どうやって次の約束を取り付けたらいいのだろう。自分から声を掛けるなんて、したことがないから分からない。

「本当よ、楽しかったわ。任務、頑張ってくださいね、ビューロウ卿」
「あの、ぜひマリウスと」
「……ありがとう、マリウス」

 美しく笑うアメリアに、僕は騎士の礼を取った。
 
(きっとまたすぐに会える。明日の舞踏会で)

 そうしたら必ず、彼女の姿を見つけて話をしよう。
 彼女の手を取って二人で踊って美味しい食事をして、もっとたくさん話を聞かせてもらおう――。


「副長?」

 部下に名前を呼ばれ、ふと我に返る。

「大丈夫ですか? やっぱり仮眠を取ったほうが……」
「いや、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだから」
「あ、隊長が先ほどお戻りになったので仮眠を取られていると思います」
「分かった」

 アメリア・バーセル。――バーセル。
 学園でも一緒だった同期の文官に、イーサン・バーセルがいる。全然似ていないが、もしかしたら血縁かもしれない。ということは、滞在先はバーセルのタウンハウスか。
 貴族名鑑でアメリアについて少し知っておきたいって言うのは、ちょっとやり過ぎだろうか。でもこのまま、次に会うまで何もできないことがもどかしい。
 交代までまだ時間がある。
 どうしても、少しでもいい、アメリアについて知りたい。
 
 ――せめて、彼女に少しだけ、近付きたい。
 
 
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