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番外編:眠らない騎士3
しおりを挟むアメリアと出会ってから次の朝……つまり今朝、勤務を終えて騎士団の詰め所へ戻る際、偶然にもアメリアに会うことが出来た。
こんな仕組まれたような偶然、あるだろうか。
もちろんこれに飛びつかないわけがなく、少し強引だった自覚はあるが、美味しいものに目のない彼女を食事に誘い、共に朝食を取りながら今夜の舞踏会へのエスコートを申し出た。
僕の家名を聞いて考える様子だったが、それでも僕に対する彼女の態度は何も変わらなかった。
アメリアとの食事を終え、そのまま詰め所に戻って引き継ぎ業務を行い、急いで燕尾服に着替えて彼女の滞在するタウンハウスへ迎えに行った。
貴族名鑑で確認したが、やはりアメリアはイーサン・バーセルと血縁、姉弟だった。まさか学園で同期のイーサンと姉弟なんて、これも何の偶然だろう。
タウンハウスでアメリアを待っている間、それとなくイーサンに彼女のことを聞き出そうとしても、なんだか上手くいかない。どう聞こうとしても、なんだか怪しい気がして自然に話題にできないのだ。
そもそも何を聞けばいいのか? 急に興味を持っては怪しすぎないか?
……そわそわする。なんだか落ち着かない。
結局、イーサンとは世間話をするだけで、何ひとつアメリアのことを聞き出すことができなかった。
昨夜とは違う美しいドレスを身に纏ったアメリアを伴い会場へ行くと、やはり彼女は多くの人々の目を引いた。
仕事のつながりが持てるようにと知り合いに紹介すると、嬉しそうにレースや生地の話をする。商談まで取り付ける様子に、彼女がいかに仕事を大切にしているのかが伝わり、傍で見ていて気持ちがいいものだった。
夜の勤務に支障が出ないよう酒は飲まずに彼女と食事をし、先ほどタウンハウスへ送り届けたばかりだった。
「マリウスお前、寝てないのか?」
待機室で隊服に着替えていると、グライスナー隊長が呆れた顔でやってきた。
「問題ありません」
「さっきまで舞踏会に出席していたんだろ? お前が女性をエスコートしてたって、皆騒いでいたぞ」
「友人や知り合いを紹介する約束でしたので」
「ふうん?」
隊長はもの言いたげな表情でこちらを見る。その視線には目を合わせず、ベルトを締め剣を腰に佩いた。
「なんです?」
「そんな雰囲気じゃなかったけどな」
「見てたんですか?」
「当然」
にっこりと美しく笑う隊長の脇を通り抜け廊下に出る。その後を追うようについてくる隊長は、楽しそうな声音で話しかけて来る。
「別に隠す事じゃないだろう。マリウスにも特別な女性が現れたってことなんだから」
「知り合いが少ないと言うから、王都に来ている間に色々手助けしているだけです」
「貴族名鑑で事前に調べていた奴が言う台詞かよ」
「なん……」
背後で隊長が笑う気配がしたが、振り返らない。
隊長室奥の寝室で眠っていると思ったのに、なんで知ってるんだ?
「美人なんだろ? 他の男たちも狙ってる」
「は?」
その言葉に思わず振り返ると、僕の顔を見て隊長はまたにっこりと美しく笑った。
もうすぐ壮年期に差し掛かろうというこの人は、大人の色気が漂うとかで未だに女性たちから人気だ。剣の実力や人望だけではなく、愛妻家であるところもまた、人気の理由のひとつだと言う。
「寝る間も惜しんで彼女と会う約束を取り付けてるんだろ?」
「そんなんじゃありません。大体、昨日会ったばかりですし」
「俺は出会って二回目でカタリーナにプロポーズしたけどな」
「……早いですね」
「誰かに横取りされたら嫌じゃないか」
「そう……ですけど」
そう。
彼女が他の誰かと踊る姿を見たくなくて、僕はずっと彼女の隣にいた。横取りなんて論外だ。
そんな自分に戸惑いつつも、でも十分分かっていた。ただ知るだけでは、もう満足できない。
――でも。
『……マーロウに会いたい……』
彼女は中庭で一人、そう零していた。
マーロウって誰だ?
婚約者はいないと言っていたけど、領地で待っている恋人がいるのだろうか。
「……グライスナー隊長。明日の任務なんですが、通しで休みをいただけませんか」
「通し?」
「この後は朝まで勤務して、休憩を挟み午後に戻る予定でしたが、そのまま休みをいただきたいんです」
「……ふうん」
隊長は少しだけ考えるそぶりを見せ、すぐににっこりと笑った。
「まあいいだろ。代替要員に自分で声を掛けておくんだな。決まったら知らせてくれ」
「はい。ありがとうございます」
勤務表を確認して時間の交代が可能な人物に声を掛けなければ。
僕は急いで、白い月が浮かぶ庭を横切り、騎士の待機室へと足を向けた。
*
同僚や部下に声をかけ、なんとか勤務を交代してもらった。その代わり、明日は一日通して勤務しなければならないが、苦には思わなかった。
それにしても、どうも彼女は僕のことを子ども扱いしているような気がする。少しでも大人っぽい格好じゃないと対等に話せない気がして、着る機会のなかったジャケットに腕を通した。
自分の着る服を選ぶのに、こんなに迷ったことはない。
アメリアは今日も変わらず美しい装いで、背の高い彼女にピッタリの上質なワンピースを身に纏っていた。今日はゆったりと下ろした豊かな髪が、彼女の寛いでいる気持ちを表しているようで嬉しくなる。
その事を素直に口にし美しさを伝えたいのに、彼女を前にするとどうしてもスムーズに出てこない。美しさを称える言葉も、上滑りするばかりだ。
「貴方も、とても素敵な装いね」
アメリアになんとか美しさを伝えるとそう返され、顔がカッと熱くなった。
(みっともない、子供じゃあるまいし)
アメリアのそんな言葉ひとつで簡単に恥ずかしくなる。彼女と釣り合いたいはずなのに、うまく立ち回れない。それでもアメリアの傍にいられるのなら、みっともなくても必死に縋るしかないのだ。
僕は、アメリアを手に入れたい。
心から彼女を欲している。
出会ったばかりで軽いと思われるだろうか。
年下の僕なんかを、男として見てくれるだろうか。
でも、
『誰かに横取りされたら嫌じゃないか』
そう、そんなのは耐えられない。
「……ひとつお願いが」
「お願い?」
二人でゆったりと美術館で幸せな時間を過ごし、僕は彼女に向き合った。
出会ったばかりが問題だというのなら、時間が欲しい。もっと、一緒にいる時間が。
天窓から差し込む陽の光が、アメリアの灰色の瞳を美しく輝かせる。よく見ると虹彩に緑や青が散らばり、明るく白いこの空間で宝石のように煌めいている。
降り注ぐ陽の光を浴びる彼女は、まるで宗教画に描かれた聖女のような美しさだった。
「アメリア、僕は」
「カイネル卿」
その低く落ち着いた声にぱっと背筋を伸ばす。
声のした方へ視線を向けると、凛と背筋を伸ばした女性と若い女性がやや離れた場所でこちらを見ていた。その鋭い瞳に反射的に立ち上がり礼をすると、背後でアメリアも腰を折る気配がした。
「ブラウアー公爵夫人、公爵令嬢」
「お久しぶりね、マリウス。こんなところでお会いするとは」
本当になんてタイミングだろう。よりによって今、この人に会うなんて!
ブラウアー公爵夫人は、僕の幼少期のマナー教師だ。母同士の仲がいいこともあり時折交流があるが、未だにその雰囲気の前には背筋が伸びる。
夫人はアメリアのことは視界にも入っていない様子で、娘の相手をしろと言う。
これまで、言われるままにのらりくらりと相手をしていた僕も悪いのだろう。けれど、これまでは断る必要がなかった。ただお茶をして話すだけでいいのならと、いつも気軽に答えていたのだ。
でも今はダメだ。今後も、もう気軽に他の女性と話すつもりはない。
僕が断ろうとしていると、背後からアメリアが声を掛けて来た。
「カイネル卿、本日は貴重なお時間をありがとうございました」
その声にぱっと振り返ると、アメリアは小さく、優しく微笑んだ。まるで分かっているからもういいと、気にするなと言われているようで、ぎゅっと胸が痛む。
(嫌だ。僕は貴女といたい)
だがここで押し問答をしても、却ってアメリアの立場が悪くなるかもしれない。相手は公爵夫人なのだ。失礼のないように対応しなければならないのも確かだ。
「……アメリア、この近くには有名なレストランもあります。お時間があるようでしたら、ぜひ足を運んでみてください」
「ご親切にありがとうございます」
待っていて欲しい。必ず店に行くから。
そんな気持ちを込めて見つめると、アメリアはまた優しく笑いひとつ頷いたように見えた。
視線を落とし公爵母娘にも挨拶をしたアメリアは、それ以上は何も言わず、踵を返し回廊を静かに去って行った。
「絵画の鑑賞について、少しは成長がみられるかしら?」
夫人はそのまま、彼女のことには触れず話を進める。
「ご期待に沿えるか分かりません」
「まあ、マリウス様は絵画についてとてもお詳しいと聞いているわ」
「そんなことは。全て夫人に教わった事です」
「それではどの程度覚えているか聞かせて頂きたいわね」
「それなら私、あちらの展示室の絵についてお話が聞きたいわ。とても好きな時代のものなの」
「そうですね、それなら……」
早く、急いでここをなんとか凌がないと。何と言い訳をしたらいいんだろう。
勤務がある? 交代の時間が迫ってる?
アメリアはまっすぐに店に行っただろうか。あの店の店主がいれば、きっと変な奴に声を掛けられることはないだろう。
でも、彼女のことだ、道すがらきっと色々な店を覗いているに違いない。珍しさもあって、出店や大道芸にも興味を引かれているかもしれない。
変な奴に絡まれていないだろうか。危ない目に遭っていない?
それとも何か……
「随分上の空ね、マリウス」
決して冷たいわけではない、けれど少し低めの声にはっと我に返った。
顔を向けると、夫人が呆れたような顔をしている。
「先ほどから同じことを繰り返し言っているわよ」
「あ、……申し訳ありません」
「何に気が逸れているのかしらね」
夫人は手にしていた扇子を口許にやった。
口端が少し上がった夫人の面白がる様子を僕に見せるように、扇子は広げてられていない。
「先ほどの女性?」
「……すみません、彼女を一人には出来ませんので」
「ならばそのように初めから言いなさい」
ふうっとため息をつかれ、見抜かれていたことに顔が熱くなる。
「次に会う時はちゃんと解説をしてちょうだい。採点してあげるわ」
「はい。ぜひ」
近くにいた学芸員に声を掛け絵画の解説を任せると、驚く令嬢にも頭を下げて僕は急いでその場を後にした。
*
店内に入ると、僕の姿を見た店主が笑顔で視線を店の奥へ向けた。
店主に小さく礼を言い店奥のいつもの席へ向かうと、テーブルに画集を広げ見入るアメリアの姿があった。
その姿を見るだけで、ぎゅっと胸が痛い。
(ああもう本当に……重症だ)
「気に入りましたか?」
向かいの席に腰を下ろしても気が付かない彼女に声を掛けると、アメリアが顔を上げ目を見開いた。
「マリウス!?」
「お待たせしてしまってすみません。料理はもう食べられましたか?」
「ま、まだだけど、どうしたの? 公爵令嬢は……」
複雑な表情でそう言う彼女の瞳に、嬉しさが見え隠れする気がするのは、そうであって欲しいという僕の願望だろうか。
「僕は今日、アメリアを案内すると決めていたんです。アメリアを優先します」
「嬉しいけど、大丈夫なの? その、公爵家は……」
「問題ありません。むしろあの場で断れず、申し訳ありませんでした」
「や、やめてちょうだいマリウス!」
深々と頭を下げると、アメリアが慌てて僕の顔を上げようと肩に手を掛けた。そんな些細なことですら、全身に熱が広がるようだ。
ごん、と額をテーブルに着ける。
マナーの講師が未だに苦手とか、情けなくて恥ずかしい。彼女に釣り合いたいのではなかったのか。
「あとで絶対に何か言われそうね」
「確実に言われます……」
そう言うと、アメリアが笑い出した。顔を上げ彼女を見上げると、おかしそうに身体を捩って笑っている。
いつまでも笑っている彼女をじっと見上げていると、笑いが収まって来たアメリアが手を伸ばし、僕の髪に触れた。
「……アメリア?」
「あ、ごめんなさい、ちょっと触ってみたかったのよね」
アメリアはそう言うと優しく髪を梳き、よしよしと頭を撫でた。
突然のことに思考が停止し、そしてじわじわと顔が熱くなっていく。
そんな僕を見て手を止め引っ込めようとするアメリアに、慌てて縋った。
「アメリア、……もう一度いいですか」
「……これ?」
僕の言葉に少しだけ瞳を見開き、すぐに優しい笑顔になって僕の頭を撫でる手つきが気持ちよくて、このままずっとこうしていたいと伝えたかった。
(本当に、貴女が好きです、アメリア)
好きです、好きです。
誰にも渡したくない。
貴女を、手放したくない――。
応援ありがとうございます!
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