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しおりを挟む今日、約五年婚約を続けた相手と婚約を解消した。
よくあることだけれど、元婚約者の浮気が原因だ。
私たちの婚約は政略的なものでもなんでもなく、純粋に恋愛関係から始まったものだった。婚約当時は、田舎者の男爵令嬢が王都の子爵家子息を捕まえたとずいぶんあちこちで言われたものだけれど、それらが気にならないほど私は彼が好きだった。
陰口に負けたくなくて、彼に釣り合うようになりたくて、王城の文官試験を受け、自力で生活もしていけるように仕事に明け暮れていたけれど、そんな私を彼は支えてくれたし私たちはうまくいっていると思っていたのだ。
浮気が発覚するまでは。
「はああ~! もう!」
タンッ、とグラスをカウンターに置くと、マスターが苦笑しながら水の入ったグラスを目の前に置いた。
「飲みすぎだよ」
「いいのよ、明日から休みだから」
指でつうっとグラスを押しのけてまたお酒を注文する。マスターはそれ以上何も言わず、グラスに琥珀色の液体を注ぐ。
行きつけのこの店に来るのもしばらくやめよう。きっと落ち着いて飲むことなんてできなくなるだろうし。
(……彼の瞳の色みたい)
ぼんやりと琥珀色を眺めてそんなことを思う自分に、嫌気がさした。
解消すると決めたのは私だ。
浮気が発覚してからちゃんと時間をかけて解消に向けての話し合いや書類の作成をしてきた。晴れて、私たちは他人に戻り関係は終わったのだ。
彼は謝り私に頭を下げ続けたけれど、許す許さないの問題ではない。子供ができたのだから。
(子供は悪くないわ)
それをなかったことになんてできないし、彼は親にならなければならないのだ。これからの人生を、その子供のために過ごしていかなければならない。どんなに後ろ指をさされようと、堂々と子供の親として生きていかねばならないのだ。
私とではなく、新しい自分の家族と。
グラスを傾けると、ゆらりと揺れる琥珀色の液体の中でカランと氷が鳴る。
(ワインにすればよかった)
彼のことなんて思いだしたくない。ふとしたきっかけで思い出すなんて、したくないのに。
(……私、これからずっと一人なのかな)
一人で人生を過ごし仕事に明け暮れるのだろうか。そんな思考に囚われ視界がゆらりと揺れて、慌ててカウンターに突っ伏す。もう散々涙は流した。これ以上心を揺さぶられるなんて嫌だ。
「――失礼、隣に座っても?」
低音の耳心地のいい声に顔を上げると、そこにはなんていうか――、とにかく派手な男性が立ってこちらを見ていた。
(声がヴィルツ補佐官にそっくりで彼かと思った、けど、派手!)
補佐官とは正反対の風貌になんだかおかしくなって思わずふっと笑ってしまった。
「一人?」
そんな私を気にする様子もなく、男はにっこりと笑い隣の席を指し示す。
男は少し癖のある長めの前髪から真っ青な美しい瞳を細めた。その顔はいわゆるイケメンだけれど、髪は金と青の二色に染め上げられ、片方の耳には赤い石と金のチェーンのピアスがぶら下がり、鮮やかな大柄の花が刺繍された黒いロングコートに刺繍が施された光沢のある黒いウェストコート、そして金釦が並ぶ黒いシャツにクラバットを締め、なんだかジャラジャラと装飾品が多い。
けれどスタイルがいいせいか、着こなしているのだから不思議だ。すっきりとした黒いパンツは足の長さを強調し、やたらに輝く金色の靴が馴染んでいる。舞台からそのまま役者が下りてきたかのような感じだ。
いくつくらいだろう。五、六歳は年上だろうか。
(それにしても眩しい……! 目がチカチカする)
「……派手ね」
そう素直に感想を口にすると、男はふはっと声を上げて笑った。
「嫌い?」
「いいえ、嫌いじゃないわ」
「それはよかった」
男はふふっと笑うとカウンターの私の隣に腰かけた。慣れた手つきでマスターに手を挙げると何も注文しなくてもグラスにワインが注がれる。常連だろうか。こんな人いた? 見たことあったかしら。
「貴女も飲む?」
私が弄っているだけのグラスに視線を向けた男は、自分のグラスを指し示す。
その赤い液体に映る自分をじっと見つめて、私は小さく頷いた。
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