2 / 6
雨と人形
しおりを挟む
とある日、フィリリアは城の屋上で暗い表情で青空を見上げている衛兵の男を見つけた。
『こんな晴れた日に雨でも降ったのかしら?
頬が濡れてるようね兵士さん』
声をかけられて初めてフィリリアの存在に気がついた男は、慌てて敬礼した。
『お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません姫様。
実は、故郷の村に残してきた妻のことを思い出しておりまして…』
この城の衛兵の多くは地方から出稼ぎにきており、故郷には年に数回くらいしか帰れない者ばかりで、この男も遠くに家族を残し単身で首都にあるこの城で働く一人だった。
『私の瞼の裏にはいつも妻の笑顔があります。
しかし、妻に会いたくて触れたくて…もう堪らない毎日なのです』
男の話を、フィリリアは寄り添うような瞳で聞いている。
『分かった。
私に良い考えがあるわ』
フィリリアは突然そう声をあげると、男へと微笑んだ。
『この城には、国一の腕をもつ人形師がいるの。
その人形師に頼んで作らせれば良いのよ』
『作らせる…?』
男は不安げな表情でフィリリアを見つめた。
『そう!作らせるの!
その瞼の裏の奥様をね…』
フィリリアは早速、城内にある人形師の部屋へと男を連れて行った。
『形作ってほしい者の姿を、これに描きなさい』
狭い空間の至るところに人形が並べられた不気味な部屋の中、男は人形師から画用紙を1枚手渡された。
『私は絵は得意ではありません…』
困った表情を浮かべる男に、人形師は肩を揺らして笑う。
『下手で結構だ。
大事なのは君の記憶であり、紙に引かれた線ではないのだから』
人形師の言葉に頷いた男は、愛する妻を思い浮かべながら筆をはしらせ始めた。
その様子を傍らで眺めていたフィリリアは、人形師へと視線を合わせると、不敵な笑みを浮かべたのだった。
数日後、再びフィリリアは城の屋上であの衛兵を見つけた。
晴れわたった青空に似合う表情をしている男は、すぐにフィリリアを見つけると元気よく敬礼をした。
『あ、姫様!先日はありがとうございます!
まさか、あそこまで細部まで精巧に妻を再現していただけるとは思いもしませんでした。
温もりはなく、さわり心地も違いますが
姿はまさに妻そのもので、私の愛を受け止めてくれるあの人形のお陰で、もう寂しい思いをせずに済んでいます!』
『そう…それは良かった。
満足してもらえて嬉しいわ』
男の嬉しそうな様子にフィリリアは優しく微笑んだ。
数ヶ月が経ったある日、フィリリアが久しぶりに屋上に行くと、またあの衛兵が立っていた。
小雨が降る暗い空の下、頬を濡らした男は呆然とした表情で立ち尽くしている。
『あら、お元気だったかしら兵士さん』
黒い蝙蝠傘をさしたフィリリアは男の傍まで歩み寄ると、笑顔で話しかけた。
『昨日、半年振りに休暇を頂き故郷に帰ることができ、妻にも会えました…』
男は敬礼もせずに、恨めしそうな瞳でフィリリアを見つめながら話始めた。
『それは良かったわね。
どうだったかしら、久しぶりの「生身」の奥様は』
そんな男の様子を気にもせずに、フィリリアは声を弾ませている。
『姫様…、何故あのようなことを…?』
『はて、何のことかしら?』
男の震える声に、フィリリアは首を傾げた。
『妻に人形を送ったでしょう!
私の姿をした人形を!!』
男は悲鳴に近い怒鳴り声を上げたが、フィリリアは眉一つ動かさない。
男は妻を驚かそうと、休暇で帰ることを伝えずに家に帰ったところ、寝室で人形の胸で幸せそうに眠る妻を見つけた。
男はショックのあまり、すぐに家を飛び出し城に戻ったのだった。
『どうして?何か悪かったかしら?
だって…アナタが寂しいように、奥様も寂しいのよ?
私はアナタたち夫婦のことを思って、お互いに瞼の裏に居る愛する伴侶の人形を与えてあげたのよ?
ただ…アナタが人形で満足していたように、彼女も人形で満足していたってだけ…』
フィリリアの言葉に男は膝からその場に崩れ落ちた。
『もう、アナタたち二人に「生身」は要らないわ。
毎夜、ベッドで人形を抱きながら愛してると繰り返していればいいんだから…。フフ…本当にお似合いの夫婦ね』
フィリリアは蝙蝠傘を男へと差し出すと、嘲り笑うように目を細めて囁いた。
『この雨はもう、やみそうにもないわね。
フフ…良かったらこの傘を使って』
~完~
『こんな晴れた日に雨でも降ったのかしら?
頬が濡れてるようね兵士さん』
声をかけられて初めてフィリリアの存在に気がついた男は、慌てて敬礼した。
『お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません姫様。
実は、故郷の村に残してきた妻のことを思い出しておりまして…』
この城の衛兵の多くは地方から出稼ぎにきており、故郷には年に数回くらいしか帰れない者ばかりで、この男も遠くに家族を残し単身で首都にあるこの城で働く一人だった。
『私の瞼の裏にはいつも妻の笑顔があります。
しかし、妻に会いたくて触れたくて…もう堪らない毎日なのです』
男の話を、フィリリアは寄り添うような瞳で聞いている。
『分かった。
私に良い考えがあるわ』
フィリリアは突然そう声をあげると、男へと微笑んだ。
『この城には、国一の腕をもつ人形師がいるの。
その人形師に頼んで作らせれば良いのよ』
『作らせる…?』
男は不安げな表情でフィリリアを見つめた。
『そう!作らせるの!
その瞼の裏の奥様をね…』
フィリリアは早速、城内にある人形師の部屋へと男を連れて行った。
『形作ってほしい者の姿を、これに描きなさい』
狭い空間の至るところに人形が並べられた不気味な部屋の中、男は人形師から画用紙を1枚手渡された。
『私は絵は得意ではありません…』
困った表情を浮かべる男に、人形師は肩を揺らして笑う。
『下手で結構だ。
大事なのは君の記憶であり、紙に引かれた線ではないのだから』
人形師の言葉に頷いた男は、愛する妻を思い浮かべながら筆をはしらせ始めた。
その様子を傍らで眺めていたフィリリアは、人形師へと視線を合わせると、不敵な笑みを浮かべたのだった。
数日後、再びフィリリアは城の屋上であの衛兵を見つけた。
晴れわたった青空に似合う表情をしている男は、すぐにフィリリアを見つけると元気よく敬礼をした。
『あ、姫様!先日はありがとうございます!
まさか、あそこまで細部まで精巧に妻を再現していただけるとは思いもしませんでした。
温もりはなく、さわり心地も違いますが
姿はまさに妻そのもので、私の愛を受け止めてくれるあの人形のお陰で、もう寂しい思いをせずに済んでいます!』
『そう…それは良かった。
満足してもらえて嬉しいわ』
男の嬉しそうな様子にフィリリアは優しく微笑んだ。
数ヶ月が経ったある日、フィリリアが久しぶりに屋上に行くと、またあの衛兵が立っていた。
小雨が降る暗い空の下、頬を濡らした男は呆然とした表情で立ち尽くしている。
『あら、お元気だったかしら兵士さん』
黒い蝙蝠傘をさしたフィリリアは男の傍まで歩み寄ると、笑顔で話しかけた。
『昨日、半年振りに休暇を頂き故郷に帰ることができ、妻にも会えました…』
男は敬礼もせずに、恨めしそうな瞳でフィリリアを見つめながら話始めた。
『それは良かったわね。
どうだったかしら、久しぶりの「生身」の奥様は』
そんな男の様子を気にもせずに、フィリリアは声を弾ませている。
『姫様…、何故あのようなことを…?』
『はて、何のことかしら?』
男の震える声に、フィリリアは首を傾げた。
『妻に人形を送ったでしょう!
私の姿をした人形を!!』
男は悲鳴に近い怒鳴り声を上げたが、フィリリアは眉一つ動かさない。
男は妻を驚かそうと、休暇で帰ることを伝えずに家に帰ったところ、寝室で人形の胸で幸せそうに眠る妻を見つけた。
男はショックのあまり、すぐに家を飛び出し城に戻ったのだった。
『どうして?何か悪かったかしら?
だって…アナタが寂しいように、奥様も寂しいのよ?
私はアナタたち夫婦のことを思って、お互いに瞼の裏に居る愛する伴侶の人形を与えてあげたのよ?
ただ…アナタが人形で満足していたように、彼女も人形で満足していたってだけ…』
フィリリアの言葉に男は膝からその場に崩れ落ちた。
『もう、アナタたち二人に「生身」は要らないわ。
毎夜、ベッドで人形を抱きながら愛してると繰り返していればいいんだから…。フフ…本当にお似合いの夫婦ね』
フィリリアは蝙蝠傘を男へと差し出すと、嘲り笑うように目を細めて囁いた。
『この雨はもう、やみそうにもないわね。
フフ…良かったらこの傘を使って』
~完~
0
あなたにおすすめの小説
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした
セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。
牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。
裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
男の仕事に口を出すなと言ったのはあなたでしょうに、いまさら手伝えと言われましても。
kieiku
ファンタジー
旦那様、私の商会は渡しませんので、あなたはご自分の商会で、男の仕事とやらをなさってくださいね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる