妖と泉・BL短編集

つらつらつらら

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まじないし ※長い虫が出てきます

1・蟲がいる

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 街の大通りから一本横へれるとたちまち「路地裏!」と表現したくなる日陰のエリアがある。焼きたてパンのいい香りがする店の裏をゆっくり歩いて楽しんでから、なにやらマニアックなアクセサリーを並べた店の角を曲がってしばらく進むと目当ての場所にたどり着く。
 そんなに古い建物ではない。大きな木の枝がへいの外に飛び出していて、日の光を求めて葉を広げている。門の近くに木製のプレートがかかげられていた。

 まじないし

 なにやらさびれた雰囲気の店構えである。観光ガイドブックには掲載されたことがない。主な利用者は近くの学校の学生だったからだ。
 ここでは日常の悩み事相談に乗ってくれるらしい。店の主は一応それらしい資格も持っているとのこと。第二の保健室というていでひっそりとうわさが立っている。店の存在はたいてい上級生から情報を得るのがふつうだった。
 好奇心旺盛な少年が学校帰りに薄暗いみちを通り抜けてここへやって来る。生還した彼らの武勇伝を聞かせてもらうため、次の挑戦者は先輩に昼食用のパンを買ってきたり、雑用を引き受けたり、対価の払い方は様々な方法があった。


 シールゥは真実と妄想がないまぜになった話を中途半端に記憶したまま、自分の身に起きたトラブルを解決するべく後先考えずに店へ飛び込んできた。親にも内緒だった。


 ガチャリ!

 シールゥが必死でドアの取っ手に触れようとしたとき、先に勢いよく内側からドアが開けられた。鼻をぶつけそうになりあわてて避けたのだが、外に出てきた少年と肩がこすれた。

「ごめん」

 足を止めて振り向いてはじめてシールゥがいたことに気づいたらしい少年は、相手が同じ学校の制服を着ていたため少しきまりわるそうに視線を外した。

「ごめん、何も見てなかった」
「いいよ。急いでるなら先へ行って」
「ああ……」

 少年はシールゥの横を通りすぎるとき、チラリとこちらを見た。何か言いたそうな顔をしていたが、眉間を寄せて難しい表情をしたまま歩いていってしまった。肩からげた学生カバンがカチャカチャと音を立てている。飛び石を伝って店の敷地から出ていく少年の耳が赤くなっていた。白いシャツに木漏こもれ日がゆらゆららいでいる。

 少年はどんな悩み事を相談したのだろう。シールゥが先輩に聞いた情報では、ここに来る者はだいたい同じ緊急事態に見舞われているそうだ。
 彼がどのような術をほどこされたのか想像する暇もなく、油断していたシールゥの身体がビクッと強く反応した。

「ッッ!?」

 思わずズボンの前を手で押さえてしまう。何かが中でうごめいている。シールゥは開け放たれたままのドアに目をやった。


 店の中に入ると、まず受付カウンターのような所があり、シールゥよりいくつか年上の青年がゆったりイスに座って新聞を広げていた。淡いブルーの作業着が涼しそうな雰囲気を出している。彼はシールゥに気がつくと愛想の良い笑顔を浮かべて(半分にやにやしながら)いらっしゃい、と声をかけた。
 シールゥはなるべく身体に刺激を与えないようまたで歩きながら受付へ向かう。初めての利用であることを伝えると、青年は机の引き出しから用紙を一枚シールゥに渡す。ボールペンも添えてくれた。

「名前と、症状をここに書いて」

 親しげな口ぶりでうながされてから、シールゥは周囲を見回した。座って書き物ができそうな長椅子がある。再びちょこちょこ歩きながら苦労して腰を下ろすと、ようやく下腹部の暴走が落ち着いた。近くに置いてある観葉植物の鉢植えが目に優しい。

 窓からわずかに日の光が差している。傾いた夕陽はシールゥの淡い色の髪を黄金きんに見せた。てっぺんの旋毛つむじは右巻きだ。

 シールゥが問診票をあらかた埋めてしまうと、見計らったように襲ってきた強い刺激が少年の思考を狂わせた。

「ひぅ……っ」

 思わず小さな悲鳴を上げて苦痛という快感に耐える。
 学校を出てくる前に我慢できず一度処理をしたはずなのに、むしがまだ中にいる。

 口を固く結んで受付を見ると、青年の姿はなく、たたんだ新聞紙だけがカウンターに残されていた。
 助けを呼びたかったのだが、大きな声では言えない事情があったので、シールゥはすがるような思いでカウンターを見つめ続けた。心の声で青年に「早く帰ってきて!」と叫ぶ。波打った新聞紙がミルフィーユに見えてくるのがふしぎだ。たかぶる感情を懸命にこらえているうち、

 ゾクッ

 奥をこすられて一瞬息が詰まる。蟲はシールゥの身体を探りながら確実に「居心地のいい場所」へもぐっていく。

「は…ぁ、だめ……」

 公共の場で正気が失われていく。恐怖に呑み込まれながらも、少年の身体は意志に反して慾望に火がついていた。

 もうだめだ。じんわりとした浮遊感に身を任せたとき、ポンと肩を叩かれた。ハッとして顔を上げると、先ほどの青年がシールゥの近くにいた。

「大丈夫か?」

 シールゥは上気したほおで青年をぼんやり見つめた。すんでのところで無理やり現実に引き戻されたためすぐには頭が働かないが、最初に感じたことは初対面の他人にあられもない姿を見られたことへの羞恥しゅうちと後悔だった。なるべく呼吸を細くして平静をよそおうとしたが、真っ直ぐ見つめてくる青年の黒い瞳は「知っているぞ」と物語っている。何も言い訳できなかった。

「問診票を預かるよ。先生は今ヒマだからすぐに会ってくれるそうだ。車椅子を出そうか?」

 シールゥはわずかに残った自尊心で首を振った。


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