8 / 55
8・ジャン
しおりを挟む
「はあはあ……や、あっ、あっ、あ!!!」
ビクビクと腰が浮いて、少年は身体を突き抜ける解放感に酔いしれていた。
いのちの雄叫びはしばらく続き、生きている歓びを全身で味わった。
ルーニャは正気を失った顔で毛布に寝転がっていた。激しさが終わり、慾望の熱は鎮まったが、胎内で暴れる玩具は元気なままだ。リモコンはどこだと毛布の上を手探りして、ようやくスイッチを切った。
「……っ、……はあ~~~~……」
屋根裏部屋に静寂が戻った。
ルーニャはしばらく荒い息を繰り返しながら、窓の外から聞こえてくるコマドリの鳴き声を聞いていた。チュリリリ、と高い声が耳に心地良い。春の空に風の渡る音が心に落ち着きをもたらしてくれる。
細く目を開けて、彼は斜めになった天井を見上げた。気持ちの好い時間だった。
「ああ~…………やっちゃった」
恥ずかしいことをしていると自分を責めながらも、この素晴らしい満足感。
起きられるようになると、ルーニャはそおっと脚の間に手を伸ばし、尻から飛び出している銀色の輪に指をかけようとして、……やっぱりやめた。
「…………」
ゆるんでいた顔に陰が差し、迷い、むずかしい顔になって、
ルーニャは玩具から手を離した。そのまま胎内に残して、吐き出したものの後始末を始めた。
使用人のアリスが外から帰ってくるまで、まだ時間はたっぷりあるはずだった。
少年は立ち上がって白いふわふわのスカートが汚れていないか確認して、ブーツをはくと、部屋から出てはしごを外した。まだ体に熱がこもっている。顔を洗いに行こうと思った。
彼は忘れていた。玩具を動かすリモコンを寝床に置いてきてしまった。ぼんやりした頭では思い出すことができなかった。
歩くたびに脚の付け根を擦る硬いものの存在が、隙あらば少年の炉心に火を点けようとする。そんな悪魔のささやきをルーニャは気分よく上手になだめながら、居間に戻ろうとしたところで屋敷の玄関から呼び出しチャイムが鳴った。
「アリスさんかな。もう戻ってきたんだ?」
なんの疑いもなく玄関ホールへ向かった。
やっぱりルーニャはまだ正常な思考ができないでいた。使用人が屋敷の正面から堂々と中へ入ることはない。
扉を開けて、「客人」の顔を見たとき、はじめてルーニャは「あっ!」とすべてを取り戻した。
「こんにちは」
張りのある声をした若者だった。ルーニャよりいくつか年上のようだ。飴色の髪にはゆるくクセが付いていて、ファー付きのオリーブ色のコートが良く似合っていた。
「こんにちは……」
つられてルーニャも挨拶を返したのだが、もごもごと声が小さくなってしまう。若者が自分を見たときの、一瞬驚いた顔が心にぐさりと刺さる。なんと弁解したらよいのかわからなかった。
「ええと、新しいお手伝いさんですか?」
ルーニャが沈黙してしまったので、客人の若者が言葉を接いだ。失礼にならないように、ルーニャはなんとか声を絞り出した。すう、と体が冷えていく思いがした。
「いいえ……、旦那様の、助手として雇われた者です」
テノールの声の低さは隠しようがなかった。古書店で働いていたのは一ヶ月にも満たないが、女装はひとつのパフォーマンスだと考えればレジに立っても物怖じすることはなかったのだ。
しかし今日はプライベートで、目の前にいるのは一般人である。
「助手ですか……ずいぶんお若い方なんですね」
若者は「違和感」について突っ込んでたずねたりすることはなく、淡々とやりとりに応じてくれた。人間ができている。
「旦那様は、今日は大学の講義に出ていらっしゃいますが……」
「ええ、知っています。ナイトフォール先生からお借りした本を返しておこうと思ってこちらにうかがったんですが、アリスさんに伝えてもらえればわかると思うので……」
若者ははきはきしゃべりながら、肩からさげたバッグに手を入れてごそごそと本を一冊取り出した。ちらりと見えたタイトルは『古生物学入門』。ルーニャの好きなファンタジーとはジャンルが違う。
ルーニャはおずおずと、背丈があり体温の高そうな若者に一言ことわるのがやっとだった。
「あの、申し訳ありません。じつは、アリスさんも外出中なんです」
「え」
若者の表情が一瞬固まる。次になんて言うだろうとルーニャは彼の顔をじっと見守りながら待っていた。
うーん、と若者は顎に指を当てて少し考えてから、ルーニャの顔を正面から見すえた。怖いものなど何もないかのような、十代の若者に許された野心が態度に表れる。
ああ、肉食動物の目だ……とルーニャは思った。自分が捕捉されていることも悟ってしまった。第一印象がダメだったことを深く後悔する。
「あの、ひとつお願いしてもいいでしょうか」
ルーニャは少しだけ身構えた。主人の知り合いとはいえ、屋敷の部外者に自分がしてやれることはほとんどない。
不意をつかれた訪問だったのですっかり気が削がれてしまい、油断して相手の言うなりだった。知らない会社の営業訪問だったら、すんなり首を振ることができただろう。
「僕にできることでしたら……」
「よかった! 本の続きが読みたいんです。どうしても。もしご迷惑でなければ、お屋敷に入ってもいいですか。見たいのは烏の部屋だけです。それ以外は足を踏み入れないと約束します」
力強く言いつのられて、ルーニャはノーと結論するか迷っていた。烏の部屋は二階にある。一階の石榴の部屋より小ぢんまりしているが、あそこには宇宙に関係する書物や、天文学や機械工学の本が置いてあった。SFの物語もあの部屋にあることを思い出した。
ナイトフォールを先生と呼ぶのだから、ルーニャとは違った形の師弟関係なのかもしれない。十分だけと言われて、ついにルーニャは扉を開けて客人を招き入れた。
十分だけなら、部屋の外で待機していればいいと思った。読書人は本と一対一で話をする。自分が会話する必要はないだろう。その間にこっそり着替えることができるかもしれない。
若者はにこりと笑って、ジャンと名乗った。見る者を惹き付ける、いや、相手がどんな気持ちになるかをわかってやっている自信たっぷりの笑顔だった。
ビクビクと腰が浮いて、少年は身体を突き抜ける解放感に酔いしれていた。
いのちの雄叫びはしばらく続き、生きている歓びを全身で味わった。
ルーニャは正気を失った顔で毛布に寝転がっていた。激しさが終わり、慾望の熱は鎮まったが、胎内で暴れる玩具は元気なままだ。リモコンはどこだと毛布の上を手探りして、ようやくスイッチを切った。
「……っ、……はあ~~~~……」
屋根裏部屋に静寂が戻った。
ルーニャはしばらく荒い息を繰り返しながら、窓の外から聞こえてくるコマドリの鳴き声を聞いていた。チュリリリ、と高い声が耳に心地良い。春の空に風の渡る音が心に落ち着きをもたらしてくれる。
細く目を開けて、彼は斜めになった天井を見上げた。気持ちの好い時間だった。
「ああ~…………やっちゃった」
恥ずかしいことをしていると自分を責めながらも、この素晴らしい満足感。
起きられるようになると、ルーニャはそおっと脚の間に手を伸ばし、尻から飛び出している銀色の輪に指をかけようとして、……やっぱりやめた。
「…………」
ゆるんでいた顔に陰が差し、迷い、むずかしい顔になって、
ルーニャは玩具から手を離した。そのまま胎内に残して、吐き出したものの後始末を始めた。
使用人のアリスが外から帰ってくるまで、まだ時間はたっぷりあるはずだった。
少年は立ち上がって白いふわふわのスカートが汚れていないか確認して、ブーツをはくと、部屋から出てはしごを外した。まだ体に熱がこもっている。顔を洗いに行こうと思った。
彼は忘れていた。玩具を動かすリモコンを寝床に置いてきてしまった。ぼんやりした頭では思い出すことができなかった。
歩くたびに脚の付け根を擦る硬いものの存在が、隙あらば少年の炉心に火を点けようとする。そんな悪魔のささやきをルーニャは気分よく上手になだめながら、居間に戻ろうとしたところで屋敷の玄関から呼び出しチャイムが鳴った。
「アリスさんかな。もう戻ってきたんだ?」
なんの疑いもなく玄関ホールへ向かった。
やっぱりルーニャはまだ正常な思考ができないでいた。使用人が屋敷の正面から堂々と中へ入ることはない。
扉を開けて、「客人」の顔を見たとき、はじめてルーニャは「あっ!」とすべてを取り戻した。
「こんにちは」
張りのある声をした若者だった。ルーニャよりいくつか年上のようだ。飴色の髪にはゆるくクセが付いていて、ファー付きのオリーブ色のコートが良く似合っていた。
「こんにちは……」
つられてルーニャも挨拶を返したのだが、もごもごと声が小さくなってしまう。若者が自分を見たときの、一瞬驚いた顔が心にぐさりと刺さる。なんと弁解したらよいのかわからなかった。
「ええと、新しいお手伝いさんですか?」
ルーニャが沈黙してしまったので、客人の若者が言葉を接いだ。失礼にならないように、ルーニャはなんとか声を絞り出した。すう、と体が冷えていく思いがした。
「いいえ……、旦那様の、助手として雇われた者です」
テノールの声の低さは隠しようがなかった。古書店で働いていたのは一ヶ月にも満たないが、女装はひとつのパフォーマンスだと考えればレジに立っても物怖じすることはなかったのだ。
しかし今日はプライベートで、目の前にいるのは一般人である。
「助手ですか……ずいぶんお若い方なんですね」
若者は「違和感」について突っ込んでたずねたりすることはなく、淡々とやりとりに応じてくれた。人間ができている。
「旦那様は、今日は大学の講義に出ていらっしゃいますが……」
「ええ、知っています。ナイトフォール先生からお借りした本を返しておこうと思ってこちらにうかがったんですが、アリスさんに伝えてもらえればわかると思うので……」
若者ははきはきしゃべりながら、肩からさげたバッグに手を入れてごそごそと本を一冊取り出した。ちらりと見えたタイトルは『古生物学入門』。ルーニャの好きなファンタジーとはジャンルが違う。
ルーニャはおずおずと、背丈があり体温の高そうな若者に一言ことわるのがやっとだった。
「あの、申し訳ありません。じつは、アリスさんも外出中なんです」
「え」
若者の表情が一瞬固まる。次になんて言うだろうとルーニャは彼の顔をじっと見守りながら待っていた。
うーん、と若者は顎に指を当てて少し考えてから、ルーニャの顔を正面から見すえた。怖いものなど何もないかのような、十代の若者に許された野心が態度に表れる。
ああ、肉食動物の目だ……とルーニャは思った。自分が捕捉されていることも悟ってしまった。第一印象がダメだったことを深く後悔する。
「あの、ひとつお願いしてもいいでしょうか」
ルーニャは少しだけ身構えた。主人の知り合いとはいえ、屋敷の部外者に自分がしてやれることはほとんどない。
不意をつかれた訪問だったのですっかり気が削がれてしまい、油断して相手の言うなりだった。知らない会社の営業訪問だったら、すんなり首を振ることができただろう。
「僕にできることでしたら……」
「よかった! 本の続きが読みたいんです。どうしても。もしご迷惑でなければ、お屋敷に入ってもいいですか。見たいのは烏の部屋だけです。それ以外は足を踏み入れないと約束します」
力強く言いつのられて、ルーニャはノーと結論するか迷っていた。烏の部屋は二階にある。一階の石榴の部屋より小ぢんまりしているが、あそこには宇宙に関係する書物や、天文学や機械工学の本が置いてあった。SFの物語もあの部屋にあることを思い出した。
ナイトフォールを先生と呼ぶのだから、ルーニャとは違った形の師弟関係なのかもしれない。十分だけと言われて、ついにルーニャは扉を開けて客人を招き入れた。
十分だけなら、部屋の外で待機していればいいと思った。読書人は本と一対一で話をする。自分が会話する必要はないだろう。その間にこっそり着替えることができるかもしれない。
若者はにこりと笑って、ジャンと名乗った。見る者を惹き付ける、いや、相手がどんな気持ちになるかをわかってやっている自信たっぷりの笑顔だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる