【完結】ディープキス

コハラ

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8話

缶詰6日目 森山君と夏目さん【4】

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 夏目さんの腕の中で固まったままでいると、私の反応を楽しむように夏目さんが微笑んだ。
 意地悪な笑みに心が持っていかれる。緩やかなカーブを描く眉も、下がり気味の優しい目尻も、通った鼻筋も、口元のセクシーな髭も、全部がカッコいい。

「春川さん、森山です」

 ドア越しに心配そうな森山君の声がした。
 夏目さんに見とれてる場合じゃない。

「い、今、開けます」

 ドキドキし過ぎて声がちょっと裏返った。
 夏目さんが悪戯をするように抱きしめたままで、放してくれないから。

「あの、ドアを開けないと」
「そうだな」

 ラジオDJのようなイケメンヴォイスで返事をするだけで、夏目さんはやっぱり解放してくれない。その上、面白がるように声を潜めて笑ってる。 
 困る所を見て笑ってるなんて、夏目さん、意地が悪い。憧れの夏目さんでも、ちょっと腹が立つ。

「う、動けないんですけど」

 軽く睨むと、さらに楽しそうに夏目さんが笑い、「このまま開けるか」なんて言い出した。

「このままって?」
「春川をお姫様だっこしてドアまで連れて行こうか」

 お姫様だっこって言葉が耳の奥で木霊した。頭がくらくらする。弱ってる時にそんな事言わないで欲しい。これ以上熱が出たら夏目さんのせいだ。

「や、やめて下さい」
「遠慮するな」
「遠慮なんかしてません!怒りますよ。放して下さい」
「怒ってビンタでもするか?」

 目尻を下げて夏目さんが微笑んだ。絶対にからかわれてる。私がオロオロしてるのを見て楽しんでるんだ。今日の夏目さんはやっぱり意地悪だ。なんでいじめるの?

「ビンタされたいんですか?」

 解放して欲しくて、精一杯の強がりを口にした。
 これ以上夏目さんの腕の中にいたら、心臓が壊れそうな程ドキドキしてるのがわかりそうで怖い。この恋心は絶対に知られたくないものなのに。

「冗談だよ、お姫様。そんなに怖い顔するな」

 私の背中に回していた腕を放して、ぽんっと頭を撫でられた。優しいタッチにまたドキドキするけど、それを知られたくなくて、夏目さんから離れて、出入口の焦げ茶のドアに向かった。

 これ以上ないほど顔が火照ってる。熱のせいじゃない。夏目さんのせいだ。こんな動揺でいっぱいの顔、夏目さんにも森山君にも見られたくない。金色のドアノブを掴んだ手が止まる。

 どうしよう。ドアを開けたら森山君と顔を合わせてしまう。鋭い彼の事だから、私の顔を見て何かあったと思うかもしれない。

「春川さん? 誰かいるんですか?」

 森山君の声に、心臓がぴくんっと脈打った。
 夏目さんとのやり取りが聞こえてたかもしれない。
 抱きしめられていた事をなんて説明したらいいんだろう。

「春川さん、大丈夫ですか?」

 ドアを開けると、レジ袋を持った森山君が立っていた。グレーのスーツ姿は午前中に見たTシャツ姿とは違う。着替えてから会社に行ったんだ。
 
 サックスブルーの無地のネクタイをした首元に視線を向け、「大丈夫」だと答えた。顔が見れなかった。夏目さんに抱きしめられた事が後ろめたくて。

「熱、上がったんじゃないんですか?」

 森山君の手が私のおでこに触れた。骨ばった手がひんやりとする。

「熱いですね。言いつけを守らず、起きてたんですね」

 森山君がため息をついた。
 決めつけた言い方に腹が立つ。

「ちゃんと寝てたわよ。勝手に熱が出たの」
「だったらなおさら寝てないとダメです」

 そう言って、森山君が部屋に入って来た。それから「俺に捕まって下さい」と、私の両腕を森山君の首に回して、いきなり抱き上げられた。お姫様だっこの態勢だ。

「ちょ、ちょっと」

 至近距離に眼鏡をかけた森山君の顔があって、ドキッとした。何だか森山君の表情が怖い。怒ってるの?

 夏目さんがいる事を口にしようとしたら、「ベッドまで運びますから」と、有無を言わさぬ迫力で言われ、言葉を飲み込んだ。

 森山君に抱っこされて部屋の奥に進むと、ベッドの側にいる夏目さんが見える。
 気まずそうに私たちを見て微笑む夏目さんを見て、恥ずかしさが百倍ぐらい増した。逃げ出したいけど、森山君の腕がガッチリと私の背中と太腿を掴んでいて、逃げられなかった。
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