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9話
缶詰最終日 トラブル【3】
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午前10時、6日ぶりに会社に行くとオフィスには誰もいなかった。会議中かもしれない。
自分のデスクに行くと未処理の書類が置いてあった。
急ぎの物はないかと書類の締め切りを一つずつ確認しながら、胸騒ぎを感じる。
制作部の全員が金曜日の朝に会議でいないなんて今までなかった。全員参加の会議は普段だったら月曜日の午後にある。
何か緊急事態があったんだろうか。森山君が言っていたトラブルの件だろうか。
大した事はないと森山君は言っていたけど、体調の悪い私を気遣ってくれてたのかも。
なんで森山君からもっと詳しくトラブルの件について聞かなかったんだろう。今朝だって聞くチャンスがあったのに。
みんなを探さなきゃ。何が起きたか知りたい。
*
「夏目さん!」
7階に行くと、会議室から出て来たスーツ姿の夏目さんを見つけた。夏目さんの隣にはチーフの山本さんもいる。
私の声に顔を向けた二人の表情が心なしか険しい。
「あの、おはようございます」
近くに行き、二人にお辞儀をした。
「どうして春川がここにいるんだ?今日は休めと言っただろ」
そう言って夏目さんの手が伸びる。長い指先が私の額に触れた。なんでもない事のように触れるその指に、にやけそうになるのを我慢した。
「うん、熱はないな」
夏目さんが手を下ろして、安心したように微笑んだ。やっぱり夏目さんは素敵だ。いつ会っても、何をしていても。
「も、もう大丈夫です。それより何があったんですか?金曜の朝から制作部の全員と夏目さんが話し合わなければいけないようなトラブルが起きたんですよね?私にも教えてください」
夏目さんが困ったようにため息をついて、右隣の山本さんに視線を向けた。
「春川さん、私から話すわ」
山本さんがさらに表情を強張らせた。
「いや、俺から話そう。山本さんはトラブルの処理をお願いします」
山本さんは夏目さんに頭を下げてから、エレベーターホールの方へと早足で向かった。その背中が普段よりもピリピリしてる。
私の知らない所で一体何があったんだろう。
「テラスに行くか」
夏目さんが会議室の向かい側にあるテラスに視線を向けた。強張った夏目さんの表情からはあまりいい話じゃない事が推測できた。
テラスに出ると10月のやや冷たい風が頬をかすめた。夏目さんと木立の間にあるベンチに腰を下ろした。
「いい天気だな」
右隣に座った夏目さんが口にした。確かに青空が広がっていていい天気だった。でも、空を眩しそうに見つめる夏目さんの横顔は曇り空みたいな表情を浮かべている。これから話す事が憂鬱にさせるんだろうか。
「春川、すまない」
低音の声が元気のない調子で響いた。
「何がです?」
「今、ホテルで書いてもらってるシナリオは使えなくなった」
頭の中が真っ白になる。シナリオが使えなくなった?
「どうして?」
「ネットに流出したんだ。春川と森山君が書いたシナリオが」
ネットに流出……。
嘘……。
「じ、冗談ですよね?」
「やっぱり春川はこの件に全く関わってないんだな。流出させた犯人が春川じゃなくて良かったよ」
「犯人って、私、疑われてたんですか?」
「流出したシナリオを管理してたのは春川と森山君だからな」
「私、ネットに流出なんてさせてません!」
「わかってるよ。昨日、春川に会って違うって確信したよ」
夏目さんがお見舞いに来てくれたのは私がやったかどうかを見極める為だったんだ。
なんか悲しい。夏目さんに疑われてたんだ。
「仕事を休めと言ったのはシナリオがもう使えないからですか?」
夏目さんが困ったような笑みを浮かべた。
「そうだ。もうあのシナリオでは発売できない」
悔しい。この一週間森山君と頑張って来たのに。それが全部無駄になるなんて。
「流出した部分だけを変えて出す訳にはいきませんか?」
「10話までがネットに出てるんだぞ」
「半分も……」
ネットに出たのは1、2話ぐらいかと思っていた。一体誰がそんな事を。私と森山君しか読む事ができないはずなのに。
「もうあのシナリオは商品にはならない。春川ならわかるだろ?」
確かに商品にするのは難しい。夏目さんの判断は正しい。
でも……嫌だ。手放したくない。何とか残したい。森山君と書いたシナリオだから。
「登場人物の名前と設定を少し変えて10話分書き直せばまだ使えます」
「春川、今回は諦めろ」
「まだ締め切りは過ぎてませんよ。後二週間あります。森山君と書き直します」
「ダメだ」
「なぜですか?」
「今朝、森山は退職届けを書いたんだ。彼とはもう仕事はできない」
退職届けを書いたって何?どうして森山君が辞めるの?責任ある立場は私の方なのに。納得いかない。
「私が知らない所で森山君に責任を取らせたんですか? いくら夏目さんでも勝手過ぎます」
「森山が自分から書いたんだ。シナリオをネットに流した犯人は自分だって認めてな」
森山君が犯人……。
ありえない。森山君はそんな事をする人じゃない。
頭の奥が怒りで熱くなる。
「森山君は犯人じゃありません!」
思わずベンチから立ち上がった。
自分のデスクに行くと未処理の書類が置いてあった。
急ぎの物はないかと書類の締め切りを一つずつ確認しながら、胸騒ぎを感じる。
制作部の全員が金曜日の朝に会議でいないなんて今までなかった。全員参加の会議は普段だったら月曜日の午後にある。
何か緊急事態があったんだろうか。森山君が言っていたトラブルの件だろうか。
大した事はないと森山君は言っていたけど、体調の悪い私を気遣ってくれてたのかも。
なんで森山君からもっと詳しくトラブルの件について聞かなかったんだろう。今朝だって聞くチャンスがあったのに。
みんなを探さなきゃ。何が起きたか知りたい。
*
「夏目さん!」
7階に行くと、会議室から出て来たスーツ姿の夏目さんを見つけた。夏目さんの隣にはチーフの山本さんもいる。
私の声に顔を向けた二人の表情が心なしか険しい。
「あの、おはようございます」
近くに行き、二人にお辞儀をした。
「どうして春川がここにいるんだ?今日は休めと言っただろ」
そう言って夏目さんの手が伸びる。長い指先が私の額に触れた。なんでもない事のように触れるその指に、にやけそうになるのを我慢した。
「うん、熱はないな」
夏目さんが手を下ろして、安心したように微笑んだ。やっぱり夏目さんは素敵だ。いつ会っても、何をしていても。
「も、もう大丈夫です。それより何があったんですか?金曜の朝から制作部の全員と夏目さんが話し合わなければいけないようなトラブルが起きたんですよね?私にも教えてください」
夏目さんが困ったようにため息をついて、右隣の山本さんに視線を向けた。
「春川さん、私から話すわ」
山本さんがさらに表情を強張らせた。
「いや、俺から話そう。山本さんはトラブルの処理をお願いします」
山本さんは夏目さんに頭を下げてから、エレベーターホールの方へと早足で向かった。その背中が普段よりもピリピリしてる。
私の知らない所で一体何があったんだろう。
「テラスに行くか」
夏目さんが会議室の向かい側にあるテラスに視線を向けた。強張った夏目さんの表情からはあまりいい話じゃない事が推測できた。
テラスに出ると10月のやや冷たい風が頬をかすめた。夏目さんと木立の間にあるベンチに腰を下ろした。
「いい天気だな」
右隣に座った夏目さんが口にした。確かに青空が広がっていていい天気だった。でも、空を眩しそうに見つめる夏目さんの横顔は曇り空みたいな表情を浮かべている。これから話す事が憂鬱にさせるんだろうか。
「春川、すまない」
低音の声が元気のない調子で響いた。
「何がです?」
「今、ホテルで書いてもらってるシナリオは使えなくなった」
頭の中が真っ白になる。シナリオが使えなくなった?
「どうして?」
「ネットに流出したんだ。春川と森山君が書いたシナリオが」
ネットに流出……。
嘘……。
「じ、冗談ですよね?」
「やっぱり春川はこの件に全く関わってないんだな。流出させた犯人が春川じゃなくて良かったよ」
「犯人って、私、疑われてたんですか?」
「流出したシナリオを管理してたのは春川と森山君だからな」
「私、ネットに流出なんてさせてません!」
「わかってるよ。昨日、春川に会って違うって確信したよ」
夏目さんがお見舞いに来てくれたのは私がやったかどうかを見極める為だったんだ。
なんか悲しい。夏目さんに疑われてたんだ。
「仕事を休めと言ったのはシナリオがもう使えないからですか?」
夏目さんが困ったような笑みを浮かべた。
「そうだ。もうあのシナリオでは発売できない」
悔しい。この一週間森山君と頑張って来たのに。それが全部無駄になるなんて。
「流出した部分だけを変えて出す訳にはいきませんか?」
「10話までがネットに出てるんだぞ」
「半分も……」
ネットに出たのは1、2話ぐらいかと思っていた。一体誰がそんな事を。私と森山君しか読む事ができないはずなのに。
「もうあのシナリオは商品にはならない。春川ならわかるだろ?」
確かに商品にするのは難しい。夏目さんの判断は正しい。
でも……嫌だ。手放したくない。何とか残したい。森山君と書いたシナリオだから。
「登場人物の名前と設定を少し変えて10話分書き直せばまだ使えます」
「春川、今回は諦めろ」
「まだ締め切りは過ぎてませんよ。後二週間あります。森山君と書き直します」
「ダメだ」
「なぜですか?」
「今朝、森山は退職届けを書いたんだ。彼とはもう仕事はできない」
退職届けを書いたって何?どうして森山君が辞めるの?責任ある立場は私の方なのに。納得いかない。
「私が知らない所で森山君に責任を取らせたんですか? いくら夏目さんでも勝手過ぎます」
「森山が自分から書いたんだ。シナリオをネットに流した犯人は自分だって認めてな」
森山君が犯人……。
ありえない。森山君はそんな事をする人じゃない。
頭の奥が怒りで熱くなる。
「森山君は犯人じゃありません!」
思わずベンチから立ち上がった。
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