神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

文字の大きさ
9 / 61
2話

憧れのスローライフと思わぬ再会<1>

しおりを挟む
 江戸川区のマンションを出た僕はとりあえず小金井市にある実家に身を寄せた。
 ふらりと実家に帰ると六十歳になる母は「希美ちゃんと喧嘩でもしたのか」と聞いて来た。
 希美の立場が悪くならないように、僕は律子さんに話したのと同じ理由を口にした。

「浮気って……嘘でしょ?」

 ソファに座る僕を母は信じられないものを見るような目で見る。

「まあ、そういう訳だから僕が悪いんだ。だから、希美には連絡するなよ」

 母にそう釘を刺し、ソファから立ち上がろうとしたら、「ちょっと待ちなさい」と呼び止められる。
 普段穏やかな母が、かなり険しい表情を浮かべていた。

「相手は誰? 会社の人?」

 母の尋問が始まる。

「浮気した人とはどうするの?」
「もう浮気相手とは別れたよ」

 浮気相手に会わせろと言いそうな勢いだったので、そう答えた。

「別れたなら、離婚することないじゃない」
「そうはいかない。僕は希美の信頼を裏切ったんだ。とにかく僕が百パーセント悪いから。それに希美とはもう終わったんだ。もう関わることはないから、絶対に連絡はするなよ」

 母は渋々という感じで頷いた。

「涼介、これからどうするのよ?」

 これからのことをまだ考えていなかった。

「新居が見つかったら出て行く。実家にいるのはそれまでだ」
「ここは涼介の家なんだから、出て行くことないわよ」

 母にそう言ってもらえたのはありがたい。実家がある有難みが身に染みる。しかし、両親にも心配をかけたくないので、会社の近くにでもアパートを借りて引っ越すつもりだ。

「ところで、涼介、少し痩せたんじゃない?」

 母が心配そうに僕の顔を見る。
 ドキッとした。久しぶりに体重計に乗ったら四キロ体重が落ちていた。ガンの影響かもしれない。

「いろいろあって忙しかったから」
「そう。じゃあ、今夜は涼介の好物を作るわね」

 ウキウキとした声で母が言った。
 その日の夕食の食卓には肉じゃが、唐揚げ、シューマイ、ポテトサラダと僕の好物ばかりが並んだ。

「今夜はごちそうだな」

 父が言った。六十三歳の父は一旦市役所を退職して、再雇用で働いている。

「涼介、ビール飲むか」

 あまりにも父が嬉しそうに言うから断れず、頷いた。
 母から離婚のことを聞いていると思うが、食卓の席でその話題は出なかった。しかし、食後、リビングで「本当に離婚したのか?」と父に聞かれ、「本当だよ」と答えた。

「希美ちゃん、いい子だったのにな。もう会えないのか」

 父は寂しそうに言った。
 父にそんな風に思われていたとは思わなかったので、意外だった。

「涼介が初めて希美ちゃんを家に連れて来た時、希美ちゃんは『涼介さんを幸せにします』と言ってくれたんだ。この子は心から涼介のことを好いてくれていると思った」

 父と希美の間でそんな会話が交わされていたことを初めて知り、涙ぐみそうになる。

「涼介は、そんな希美ちゃんを悲しませたんだからな」

 低い声で父が口にした。反省しなさいと言われているようだった。おそらく母から浮気のことを聞いたのだろう。
 僕はどう思われたっていい。希美が幸せでいてくれれば。
 しかし、希美は僕を幸せにすると言ってくれたのか。父に叱られているのに、希美の言葉を知ることができて幸せだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

処理中です...