神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

文字の大きさ
12 / 61
2話

憧れのスローライフと思わぬ再会<4>

しおりを挟む
「浮気がバレて離婚することになった」

 病気のことを言う覚悟がなかったので、坂本にもみんなについた嘘をついた。
 坂本の眉が寄る。

「はあ? 奥さん一筋だった倉田が浮気? 嘘だろ? 相手は誰だ?」
「誰だっていいだろう。もう終わったんだ」
「なんで嘘つくんだよ。本当のこと言えよ。何があったんだよ。離婚に田舎暮らしだなんて」
「だから浮気」
「嘘だ。倉田は絶対にしない」

 強い口調で言われ、言いよどむ。

「そんなこと言われても、それが事実だ」
「何を隠してるんだ? お前、スパイにでもなったのか?」

 スパイって言葉が突拍子もなく思えて笑いが零れる。

「スパイか。それは面白そうだな」

 アクション映画のヒーローみたいな人生も憧れるが、坂本に簡単に怪しまれる僕には無理そうだ。

「倉田、何があった? 俺たちもう十年の付き合いだろ? 俺は倉田のこと親友だと思っているんだよ。俺が弱っている時はいつも察してくれるし、倉田といると楽しいんだ」

 滅多に本音を言わない坂本の言葉に涙腺が緩みそうになる。

「ありがとう。坂本。でも、すまない。言えないんだ」

 思わず本音が口から滑る。

「やっぱり浮気は嘘なのか」

 これ以上、坂本に嘘をつくのが心苦しくて頷いた。

「何があったんだよ。奥さんと離婚だなんて、よほどのことだろ?」

 黙って頷いた。

「どうしても言えないのか?」
「すまない」
「わかった。じゃあ、言えるようになったらでいいから教えてくれ」

 こんな僕を待ってくれるなんて、坂本は優しい。

「うん。いつか話すよ」

 まだ両親にも打ち明けていないのに、話せる日が来るのだろうか。
 それから坂本に引っ越す南房総の家のことを話した。

「田舎暮らしか」

 しみじみとした声で坂本が言った。

「楽しそうだな。遊びに行ってもいいか?」
「もちろん」
「そのうち行くから、よろしくな」

 あの家に誰かが遊びに来ることは考えていなかったから、坂本の言葉が嬉しかった。

 *

「千葉県の南房総市ですか」

 僕の話を聞くと、西山先生がそう口にした。
 今日は大学病院での診察だった。

「倉田さん、ご家族に病気のことは話しましたか?」
「新しい生活が落ち着いてから両親に話します」

 病気のことを言ったら、一人暮らしを止められると思って言い出せていない。

「必ずお話し下さい。病状が進行すれば倉田さんは一人で暮らせなくなりますから。医師としても、一人暮らしはお勧め出来ません」
「今ではないと出来ないことをしたいんです。元気なうちに、自由に体が動くうちに、好きな場所で暮らしたいんです」

 先生が短く息をつく。

「わかりました。では、僕の先輩がいるホスピスを紹介します」
「ホスピスって、僕のような末期がん患者の症状を緩和させる目的のものですよね?」
「そうです。ホスピスケアは痛みや苦しみを軽減させ、患者さんの生活の質を向上させることを優先させる医療です。南房総市には優秀な医師がいるホスピスがあります。紹介状を書きますから、必ず受診して下さい。倉田さんが辛い時に助けになりますから」

 僕のことを心配して先生が言ってくれるのが伝わって来た。
 最初は無表情で冷たそうに見えた西山先生だったが、患者のことを大事に考えてくれる人なんだと感じた。

「ありがとうございます」
「倉田さん、くれぐれも無理はしないで下さいね」
「はい」

 その場で先生に書いてもらった紹介状を持って診察室を出た。
 ホスピスという言葉を聞いて、僕の病気は治らないものなんだと実感した。あとどれくらい元気でいられるだろうか?
 リノリウムの床を歩きながら、そんなことを思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

君の声を、もう一度

たまごころ
恋愛
東京で働く高瀬悠真は、ある春の日、出張先の海辺の町でかつての恋人・宮川結衣と再会する。 だが結衣は、悠真のことを覚えていなかった。 五年前の事故で過去の記憶を失った彼女と、再び「初めまして」から始まる関係。 忘れられた恋を、もう一度育てていく――そんな男女の再生の物語。 静かでまっすぐな愛が胸を打つ、記憶と時間の恋愛ドラマ。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。 見ると幸せになれるという 珍しい月 ブルームーン。 月の光に照らされた、たったひと晩の それは奇跡みたいな恋だった。 ‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆ 藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト 来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター 想のファンにケガをさせられた小夜は、 責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。 それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。 ひと晩だけの思い出のはずだったが……

処理中です...