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3話
客とカフェ店員<1>
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西山先生に紹介されたホスピスは僕が住んでいる所から車で十五分の場所にあった。病院というよりは古民家風の旅館のような建物で、一瞬、来た場所を間違えたかと思った。
しかし、中にいたのは旅館の女将ではなく、ピンクの制服を着た看護師で、僕は緊張しながら待合室で名前が呼ばれるのを待った。
「倉田さん」
そう呼ばれて、診察室に入ると、西山先生よりも年上に見える五十代頃の女性がパソコンの前に座っていた。
「初めまして。小川です」
目が合うと先生はそう挨拶をした。
「倉田です」
「倉田さん、よろしくね」
小川先生は僕の顔を見てにこやかに微笑んだ。クールな雰囲気の西山先生とは正反対で、とても大らかな雰囲気の先生だった。
「倉田さんは西山先生の紹介なのよね」
紹介状を渡すと、笑みを浮かべながら小川先生が言った。
「西山先生とは緩和ケア病棟で働いていたことがあったのよ。それで今の調子はどう?」
僕は時々、腰が痛んだり、常に重たい感じがすることを話した。先生は僕の病状をパソコンに入力していく。
「まだ激しい痛みに襲われることはないのね。他に困っていることはない?」
「今のところは大丈夫です」
「じゃあ、今の状態が維持できるようにしましょう。薬が効いているようなので、同じものを処方しておきます。それから激しい痛みがあった時の痛み止めも」
「ありがとうございます」
「倉田さんは一人暮らしなの?」
「はい」
「そうすると、動けなくなった時が心配ね。往診に行くから、自分で動けない時は電話してね」
そこまでしてもらえるとは思わなかったので驚いた。
「往診に来てくれるんですか?」
「だって倉田さんが動けないのなら、こっちから行くしかないじゃない」
「一人暮らしをやめろとかって言わないんですね」
今日、お説教されることも覚悟してホスピスに足を運んだ。
「倉田さんがどうしてもしたいから一人暮らしをしているんでしょ? 患者さんがやりたいことを止める権利は私にはないわ。ここはね、医者の都合よりも、患者さんの意思を一番に考える所なのよ」
先生の言葉に胸が温かくなる。西山先生にここのホスピスを紹介してもらえて良かった。
「ありがとうございます。お世話になります」
*
診察室を出た後は施設の見学もさせてもらった。
広いホールがあって、病室から出られる人はそこで食事をしたり、みんなで集まってゲームをしたりして過ごすそうだ。
窓際の席ではパジャマ姿の六十代くらいの男性と同じ年の頃の女性が将棋を指していた。
「君、将棋が出来るかね?」
パジャマ姿の男性に声をかけられ、自分の後ろを見るが誰もいない。
「君に言っているんだよ」
将棋盤から顔を上げた男性は僕の方を見ながら言った。
「少しだけなら」
「一局つきあって欲しい。妻は弱くて、全然相手にならないんだ」
「すみませんね。もしお時間があれば、相手してやってくれませんかね?」
妻と言われた女性が申し訳なさそうに僕を見た。
午後からリモートで会議に出なければいけなかったが、まだ時間はある。
「いいですよ」
僕は女性と席を代わり、将棋を指した。
将棋は久しぶりだ。子供の頃、父に教えられて小学生の頃はそれなりに強かったが、あっという間に、僕の陣地に男性の駒が入ってくる。飛車も金も、角も取られ、打つ手がなくなる。
「王手」
男性に言われた。
初めて二十分も経っていない。こんなに早く勝負がつくとは思わなかった。
「参りました」
潔く僕は負けを認めた。
「君、妻より弱いね」
男性が機嫌よさそうに笑う。
「久しぶりだったので。あの、もう一局やりませんか?」
あまりにも瞬殺だったので、悔しかった。
「いいよ」
そのあとも僕はボロ負けだった。
弱い僕の為に、男性は対局後の感想戦で、丁寧にこうしたらいいとアドバイスをしてくれた。とても男性は説明が上手だった。
「主人は元教師だから、話がくどくてごめんなさいね」
女性に言われた。
「いえ、そんなことは。とてもわかりやすい説明で勉強になりました」
「いつでも来なさい」
男性に見送られて、僕はホールから出た。
「藤原さんに掴まっちゃったわね」
案内してくれている看護師さんに言われた。
「今の方は藤原さんなんですか」
「ええ。元気のいい時は将棋の対戦相手を探しているのよ」
元気のいい時という言葉が引っかかる。
彼も僕と同じ末期がん患者なんだろうか。
「こちらに入院して長いんですか?」
「半年くらいになるかしらね。奥様といつも一緒でね。仲がいいのよね」
うふっと看護師さんが笑みを浮かべる。
奥さんと一緒という言葉が羨ましい。
本当は僕だって希美と一緒にいたい……。
しかし、希美のことを考えるとそれはできない。
しかし、中にいたのは旅館の女将ではなく、ピンクの制服を着た看護師で、僕は緊張しながら待合室で名前が呼ばれるのを待った。
「倉田さん」
そう呼ばれて、診察室に入ると、西山先生よりも年上に見える五十代頃の女性がパソコンの前に座っていた。
「初めまして。小川です」
目が合うと先生はそう挨拶をした。
「倉田です」
「倉田さん、よろしくね」
小川先生は僕の顔を見てにこやかに微笑んだ。クールな雰囲気の西山先生とは正反対で、とても大らかな雰囲気の先生だった。
「倉田さんは西山先生の紹介なのよね」
紹介状を渡すと、笑みを浮かべながら小川先生が言った。
「西山先生とは緩和ケア病棟で働いていたことがあったのよ。それで今の調子はどう?」
僕は時々、腰が痛んだり、常に重たい感じがすることを話した。先生は僕の病状をパソコンに入力していく。
「まだ激しい痛みに襲われることはないのね。他に困っていることはない?」
「今のところは大丈夫です」
「じゃあ、今の状態が維持できるようにしましょう。薬が効いているようなので、同じものを処方しておきます。それから激しい痛みがあった時の痛み止めも」
「ありがとうございます」
「倉田さんは一人暮らしなの?」
「はい」
「そうすると、動けなくなった時が心配ね。往診に行くから、自分で動けない時は電話してね」
そこまでしてもらえるとは思わなかったので驚いた。
「往診に来てくれるんですか?」
「だって倉田さんが動けないのなら、こっちから行くしかないじゃない」
「一人暮らしをやめろとかって言わないんですね」
今日、お説教されることも覚悟してホスピスに足を運んだ。
「倉田さんがどうしてもしたいから一人暮らしをしているんでしょ? 患者さんがやりたいことを止める権利は私にはないわ。ここはね、医者の都合よりも、患者さんの意思を一番に考える所なのよ」
先生の言葉に胸が温かくなる。西山先生にここのホスピスを紹介してもらえて良かった。
「ありがとうございます。お世話になります」
*
診察室を出た後は施設の見学もさせてもらった。
広いホールがあって、病室から出られる人はそこで食事をしたり、みんなで集まってゲームをしたりして過ごすそうだ。
窓際の席ではパジャマ姿の六十代くらいの男性と同じ年の頃の女性が将棋を指していた。
「君、将棋が出来るかね?」
パジャマ姿の男性に声をかけられ、自分の後ろを見るが誰もいない。
「君に言っているんだよ」
将棋盤から顔を上げた男性は僕の方を見ながら言った。
「少しだけなら」
「一局つきあって欲しい。妻は弱くて、全然相手にならないんだ」
「すみませんね。もしお時間があれば、相手してやってくれませんかね?」
妻と言われた女性が申し訳なさそうに僕を見た。
午後からリモートで会議に出なければいけなかったが、まだ時間はある。
「いいですよ」
僕は女性と席を代わり、将棋を指した。
将棋は久しぶりだ。子供の頃、父に教えられて小学生の頃はそれなりに強かったが、あっという間に、僕の陣地に男性の駒が入ってくる。飛車も金も、角も取られ、打つ手がなくなる。
「王手」
男性に言われた。
初めて二十分も経っていない。こんなに早く勝負がつくとは思わなかった。
「参りました」
潔く僕は負けを認めた。
「君、妻より弱いね」
男性が機嫌よさそうに笑う。
「久しぶりだったので。あの、もう一局やりませんか?」
あまりにも瞬殺だったので、悔しかった。
「いいよ」
そのあとも僕はボロ負けだった。
弱い僕の為に、男性は対局後の感想戦で、丁寧にこうしたらいいとアドバイスをしてくれた。とても男性は説明が上手だった。
「主人は元教師だから、話がくどくてごめんなさいね」
女性に言われた。
「いえ、そんなことは。とてもわかりやすい説明で勉強になりました」
「いつでも来なさい」
男性に見送られて、僕はホールから出た。
「藤原さんに掴まっちゃったわね」
案内してくれている看護師さんに言われた。
「今の方は藤原さんなんですか」
「ええ。元気のいい時は将棋の対戦相手を探しているのよ」
元気のいい時という言葉が引っかかる。
彼も僕と同じ末期がん患者なんだろうか。
「こちらに入院して長いんですか?」
「半年くらいになるかしらね。奥様といつも一緒でね。仲がいいのよね」
うふっと看護師さんが笑みを浮かべる。
奥さんと一緒という言葉が羨ましい。
本当は僕だって希美と一緒にいたい……。
しかし、希美のことを考えるとそれはできない。
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