神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

文字の大きさ
17 / 61
3話

客とカフェ店員<2>

しおりを挟む
 凪に行ったのは、希美と会った一週間後の土曜日だった。
 希美はいるだろうかと緊張しながら店に行くと、若い男性が出て来た。名札に『青山』と書いてあった。

「何名様でしょうか?」
「一名です」
「どうぞ」

 案内されたのは二階のカウンター席だった。
 ここでは一階の様子がわからず、希美がいるのかもわからない。

「あの、一階の席は空いてませんか?」

 男性店員に尋ねると、面倒くさそうな表情を浮かべ、「申し訳ございません。こちらの席しか空いておりません」と言われた。

 先週よりも一時間早く来たことが仇になったようだ。冷静に考えれば混雑する時間だ。先週と同じ時間に来れば良かった。

「すみません。わかりました。ここで大丈夫です」
「お決まりになる頃にうかがいます」

 男性店員が立ち去る。
 カウンターは窓に面していて、窓の外には海と、左側の端には野島崎灯台が見えた。
一階席よりも景色はいい。

 周囲を見ると、大学生くらいのカップルや、女性同士で来た客が座り、楽しそうに話していた。ポツンと一人だけ浮いているようだった。

 先週は希美の姿を追うので必死で周囲の様子を気にしていなかった。しかし、よく考えれば凪は女性受けしそうなお洒落な店だ。僕のようなおっさんが一人で来るには敷居が高い気がする。急に肩身が狭くなる。周りの笑い声が何だか僕のことを笑っているように思える。先週案内されたテラス席ではそんなことを全く感じなかった。もしかしたら、希美が気をつかって、一人客でも気にならない場所に案内してくれたんだろうか。

「いらっしゃいませ」

 背中を丸くして、メニューを見ていたら明るい声が響いた。
 顔を上げると制服姿の希美が僕の後ろに立っていた。

「来て下さったんですね」

 希美がにこやかな笑みを向けながら僕に話しかける。
 希美につられて僕の頬も緩む。

「はい。せっかくなので」
「来ていただけて嬉しいです。注文は決まりましたか?」
「えーと、倉田さんのおすすめはありますか?」

 元々知っていたと思われないように、名札を見ながら希美の名前を口にした。

「私のおすすめですか。そうですね、シーフードカレーと言いたいけど、この間、食べていましたものね」

 僕が食べた物を覚えていてくれるとは思わなかった。

「覚えていてくれたんですか?」
「はい」

 希美が笑顔で頷いた。

「なんか嬉しいですね」

 照れた笑みを浮かべていたら、「倉田さん」とさきほどの男性店員が希美に話しかける。

「今、行きます」

 男性店員にそう返事をしてから、希美は「私はカルボナーラが好きです」と僕に答えた。

「じゃあ、カルボナーラと食後にホットコーヒーで」
「カルボナーラとホットコーヒーですね。あとデザートはいかがですか? 差し上げたお食事券はおつりが出ないので、デザートを付けた方がいいと思います」

 律儀な希美に微笑ましくなる。

「ありがとう。じゃあ、チョコレートケーキで」
「かしこまりました」

 希美が笑顔で立ち去る。
 さっきまで、この場に一人でいることを気にしていたのがバカらしくなるほど、心が弾む。希美の笑顔はいつだって僕の心を明るくする太陽だ。

 仕事で嫌なことがあっても、帰宅するといつも希美が笑顔で出迎えてくれて、それで僕は元気になった。その頃と全く変わらない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...