神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

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2話

憧れのスローライフと思わぬ再会<7>

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「お客様、なんでしょうか?」

 希美に聞かれた。
 二重まぶたの大きな目に見つめられ、鼓動が速くなる。

「何って、その……」

「私の方を見てましたよね? 追加の注文ではないんですか?」

 そう聞かれて希美がこっちに来た理由がわかる。

「こ、コーヒー、ホットひとつ」
「かしこまりました」

 希美が空の皿を持って、店の奥に行く。
 一気に気が抜ける。
 僕に気づいたのかと思ったが、やはり希美は僕を覚えていないようだった。

 *

 カフェを出てから夜になっても希美のことが頭から離れなかった。
 どうして希美が東京から100キロ以上離れたこの町のカフェで働いているのか気になって仕方ない。
 こうなったら希美の姉の律子さんに聞くか。
 しかし、聞いたら僕の居場所がバレる。希美を見かけたということは僕がこの町にいることも希美に伝わる。
 引っ越し初日で居場所が知られるのも何だか間抜けな話だ。

 だが、気になる。

 迷った挙句、僕は夜道を歩いてコンビニに向かった。
 律子さんには公衆電話からかけなければいけない。希美に連絡先を知られないように携帯電話の番号を変えた所だった。

 十分後、一番近くのコンビニに辿り着き、店先に設置されている公衆電話を使おうとしたら、コンビニの中から出て来た女性とぶつかりそうになった。

「すみません」

 女性と同時に謝罪の言葉を口にし、顔を見合わせて、目が丸くなる。
 目の前にいたのは希美だった。

「あっ」と、思わず声が出て、希美も僕の顔を見て「あ、お客様」と口にした。

 昼間、僕がカフェに行ったことを覚えていたらしい。

「どうも、こんばんは」

 挨拶すると、希美も「こんばんは」と返し、「あの、この辺に鍵って落ちてなかったですか?」と聞いて来た。

「鍵?」
「ミケ猫のキーホルダーがついてるんですけど」

 多分、そのミケ猫はガチャガチャで僕が引いたやつだ。希美はそれを気に入って使ってくれていた。

「ミケ猫のキーホルダーがついた鍵ですね」

 僕は希美にそう返事をし、スマホのライトで周囲を照らして鍵を探し始めた。

「すみません」

 申し訳なさそうな希美の声が背中の方でする。

「いえいえ。困った時はお互い様ですから」

 コンビニの駐車場を探すが鍵は落ちていない。

「コンビニで落としたんですか?」
「多分。お財布を出した時に鞄の中に入れていた鍵も落ちたと思うんです」

 ピンと来た。希美は鍵を鞄に仕舞ったと思い込むクセがあった。

「ジーンズのポケットは確認しましたか?」

 希美がハッとしたような顔をして、両手でポケットを探る。

「あった!」

 左ポケットからキーホルダー付の鍵が出てくる。

「どうしてわかったんですか?」
「お会計をした時に鍵を鞄から出して、ジーンズのポケットに入れたんじゃないかと思いまして。家に帰った時、すぐに鍵が取り出せるように」

 希美が両眉を上げる。

「その通りです! 私、買い物をした時に鍵も取り出したんだった!」

 希美と一緒に生活していてよくあるパターンだった。
 取り出したことを忘れ、鞄の中に鍵があると思い込んだ希美はポケットまで気が回らないことが多々あった。

「解決できて良かった」
「本当にありがとうございました。あの、お礼をさせて下さい」
「いいですよ。大したことじゃありませんから」

 本当に僕にとって大したことじゃない。こうして希美と少しでも関われて、むしろ感謝したいぐらいだ。

「それでは私の気が済みません」
「そう言われましても」
「これ、凪のお食事券なんですが、もらって下さい」

 希美がショルダーバッグから券をとり出した。
 券には二千円分のサービス券と書いてある。
 もらい過ぎな気もしたが、希美の気が済まないようなので、いただくことにした。

「ありがとうございます」
「良かった。またお店に来て下さいね」
「あ、はい」

 希美が嬉しそうに手を振り、停めてあった自転車に乗って立ち去る。その後ろ姿を見つめながら、客としてだったら、大好きな希美に会ってもいいと誰かに言われた気がした。
 もしかしたら、これは余命半年の可哀そうな僕に神様がくれたチャンスなのかしもれない。
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