神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

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4話

友人という立場<3>

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「佐藤さんって、もしかして仙台の人?」

 女将さんに聞かれた。

「いえ、実家は東京です」

 これ以上、嘘を重ねたくなかったので、本当のことを言った。

「東京の人なのね。どおりで、シュッとしててカッコイイ」

 お世辞だとわかっているが、カッコイイと言われたのが照れくさい。

「いえ、僕なんて全然ですよ」

 スマートな体型であるが、並レベルの顔をしていることは僕が一番よくわかっている。

「そんなことないですよ。佐藤さん、素敵ですよ」

 そう言って、女将さんが僕の顔をじっと見る。そして、突然「あ」と声をあげた。

「希美ちゃんの好きな人に雰囲気が似てるね」

 女将さんの言葉に希美が頬を赤くする。
 好きな人という言葉が胸に刺さる。今、希美はそんな相手がいるのか?

「女将さん、もう、佐藤さんを困らせることばかり言わないで下さい。生ビール二つといつものおつまみ下さい」
「はいはい。鯵のさんがやきと、お刺身と焼き鳥の盛り合わせね」

 女将さんがカウンターの奥に引っ込むと、希美が「すみません」と僕に頭を下げた。

「いえ」
「あの、私の推しはシンガーソングライタ―の木村圭さんで、女将さんも木村圭さんのファンだから、意気投合しちゃって。それで、私の好きな人に似ているって、佐藤さんに言ったんだと思います」

 推しの木村圭のことか。リアルの好きな人じゃないことにほっとする。それにしても、希美、推しのことを微笑みながら話せるようになったのか。木村圭が亡くなってからは彼の名前を聞いたり、口にするだけで希美は泣き崩れていたが、彼が亡くなってもう九か月近く経つし、希美も平気になったんだな。そう思い、木村圭の話題を口にした。

「木村圭さんのライブ、何度か行ったことありますよ」
「本当ですか!」

 希美が大きな目をさらに見開く。
 それから僕は希美に連れられて行った横浜での彼のライブの話をした。当然だが、希美も行っているので話が盛り上がる。

 テンション高くライブのことを話す希美を見ていて、初めて二人きりで飲みに行った日のことを思い出した。あの時も希美は木村圭がいかに素晴らしいかという話を僕にした。希美が彼のファンになったのは高二の時で、それ以来ずっと彼のライブに行くことが楽しみだということを聞いた。

 あの時は木村圭に少し嫉妬したが、好きなことを一生懸命に話す希美はキラキラと輝いていて、僕はますます希美から目が離せなくなった。

 一頻り話すと、希美が「喉渇いちゃった」と言って、二杯目のビールに口をつける。
 木村圭のおかげで希美との距離がぐっと縮まった気がする。

「でも、あの、佐藤さん、少し木村圭さんに似てますよね」

 ビールジョッキを置いた希美が遠慮がちな視線を僕に向ける。

 ――倉田さんは木村圭さんに少し似てますよね。

 同じことを付き合う前の希美に言われた。僕のことを忘れていても、同じことを思うのか。そう思ったら、目の奥が熱くなる。滲みそうになる涙を誤魔化すようにビールを飲んだ。

「すみません。調子に乗って、似てるだなんて」

 黙ったままの僕を見て希美が慌てた様子で弁解する。

「亡くなった人と似ているなんて言われたら、あまり嬉しくないですよね」

 僕の方を見た希美の目尻から大きな涙の雫が零れ落ちた。
 胃がギュッと縮まる。なんで泣くんだ? 僕の態度が悪かったのか?
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