神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

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5話

希美の幸せ<2>

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「すみません。私、ちょっと」

 希美が立ち上がりレストランから出て行く。

「追いかけなくていいの?」

 井上さんに言われて腰を浮かせる。

「行ってくる!」

 青山が勢いよく立ち上がり、希美を追いかけた。
 僕も追いかけようと思ったが、追いかけてはいけない気がして座った。悔しいがヒーローの座を青山に譲った。

「佐藤さんはいかないんですか? 倉田さんの心を掴むチャンスですよ」

 面白がるように井上さんが僕を見る。

「青山君が行けば十分でしょう」

 井上さんが意外そうに瞬きをする。

「佐藤さんは倉田さん狙いじゃないんですか?」

 やはり僕の下心は井上さんにもバレていた。

「倉田さんとはお友だちでいられればいいので」
「欲がないんですね」
「多くを望めば身を滅ぼしますから」

 目の前のミートドリアをつつきながら、そう思う。
 ここで僕が希美を慰めて、万が一希美が僕に恋愛感情を抱くようになったら、僕は希美を拒否できなくなる。そうなれば希美を悲しませるだけだ。僕たちは長く一緒にいられない。この先にあるのは永遠の別れだ。だから、これ以上、希美に踏み込んではいけない。

「倉田さんって、大人ですね。じゅんとは大違い。あ、淳って、青山のことですけど、私、淳とは中高同じ学校だったんです」

 井上さんは青山と同級生だったのか。しっかりして見えたから、同じ年に見えなかった。

「だから淳の気持ちがよくわかるというか。淳、倉田さんのこと好きですよ。友達でいいなんて生温いこと言っていたら、淳に取られますよ」

 誰にも希美を渡したくない。しかし、今の僕はそんな主張は許されない。

「倉田さんが幸せになるのなら、僕は構いませんよ」

 半分強がりで、半分は本心だった。

「ふーん」と言って、テーブルに両肘をつき、井上さんがこちらに視線を向ける。
「佐藤さん、それ本気で言ってるんですか?」
「本気ですよ。僕が一番願っているのは倉田さんの幸せですから」

 井上さんが二度瞬きをしてから、笑みを浮かべる。

「佐藤さんってクールなんですね。私、そういう男性好きです」

 それから井上さんが興味深そうな目で見てくる。

「僕なんてつまらない男ですよ。三十四のおじさんだし」

 井上さんがこれ以上僕に興味を持たないように言ったが、井上さんから圧を感じる眼差しを向けられる。

「佐藤さんて、わりとイケメンですよね。目尻が上がった切れ長の目と通った鼻筋はカッコイイって思います。一見不愛想な感じに見えるけど、顔のパーツが整っているんですよね」

 僕の顔を観察しながら井上さんが笑みを浮かべる。
 希美以外の女性に関心がないから、顔のことを褒められても嬉しくない。
 井上さんの興味を僕から引き離すには既婚者だと言うしかない。

「妻からはそんなこと言われたことなかったけどな」

 〝妻〟という単語を強調して口にすると、井上さんの瞳が左右に揺れた。

「佐藤さん、結婚しているの! だから、希美さんとは友達以上になる気はないってことか」

 納得したように井上さんが頷く。

「そういうことです」
「でも私、そういうの気にしないんで」

 井上さんが身を乗り出し、テーブルの上の僕の手を握る。

「僕は気にします。妻以外の女性は眼中にないので」

 厳しい目で井上さんを見ると、井上さんが「怒った顔も素敵ですよ」と言いながら、僕の手を強く握る。そんな井上さんの態度にムカッとする。

「冗談はそれくらいで」

 手を振り払おうとした時、「すみませんでした」という声が横からした。

 希美と青山がテーブルの側に立っていた。

 希美の視線は井上さんに握られた僕の手を見ている気がした。

「あ、おかえりなさい」

 井上さんから手を離し、希美に声をかける。
 希美は笑みを浮かべるが、なぜか不機嫌そうに見えた。
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