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5話
希美の幸せ<5>
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「倉田さん!」
「こんばんは。奇遇ですね。こんな所で会うなんて」
「ええ、本当に」
「私、ここによくお参りに来るんです。良かったら一緒にお参りしませんか?」
偶然の再会に胸をときめかせながら「いいですよ」と返事をした。
手水舎で手と口を清め、社殿にお参りする。賽銭箱に希美と同時に硬貨を投げ入れ、二礼してから、パンパンと二拍手し、お願いごとをする。
――どうか、一日でも長く希美といられますように。
神様の前では嘘はつけなかった。それが正直な僕の気持ちだ。
顔を上げると、隣でまだ希美は熱心に祈っていた。その様子が意外だった。一体、何をそんなに真剣に祈っているのだろう?
「お待たせしました」
希美が僕を見る。
「ずいぶんと熱心でしたね」
「どうしても叶えたいことがあるんで。せっかくだから、房総半島最南端まで散歩しません?」
灯台の少し先に房総半島最南端の石碑が立っている。希美が言っているのはその場所のことだ。
「いいですよ」
神社を出て、灯台の方に歩き、遊歩道に出ると、夕陽に染まる海が見える。ゴーゴーと吹く潮風が頬にかかる希美の髪を揺らしていた。
「けっこう、風強いですね」
隣を歩く希美が言う。
「そうですね。あっ」
上り坂にさしかかり、希美が転びそうになった。希美の腕を掴み支えた。その瞬間、甘い匂いがした。希美の香りだ。
「大丈夫ですか?」
「すみません。暗くて足元が見えなかったので」
先ほどよりも辺りは暗くなっていた。
「じゃあ、手を繋ぎましょう」
手を差し出すと、希美が僕の手を握る。触れた瞬間、好きだという気持ちが溢れる。もっと希美に触れたい。希美を抱きしめたいと思うが、我慢する。今の僕にギリギリ許されるのは手を繋ぐところまでだから。
「ありましたね。石碑」
房総半島最南端の石碑の前まで来ると、希美が言った。
「あのベンチに座りません?」
希美が石碑と反対側の岩場の上にある白いベンチを指した。
いかにも観光客用のベンチで、座るのは少し躊躇われる。
「いや、あれはちょっと」
「恥ずかしいんですか?」
「あんな目立つ場所にあると」
「いいじゃないですか。あそこから見る海、綺麗ですよ」
そう言って、希美が僕の手を引っぱりごつごつした岩場を上って行く。
「着いた」
希美がベンチに座り、僕も座った。
【絶景 朝日と夕陽が見える岬】という記念碑がベンチの側に立っていた。
ベンチに座ったのは一昨年以来だ。その時も希美がベンチに座りたいと言ったから付き合わされた。あの時は昼間だったが、今は夕方で、夕陽色に染まる海が美しい。
「綺麗ですね」
心からそう思う。
「本当、綺麗な夕陽ですね。私、こっちに来てから、海と空をよく見るようになったんです。それまでは、空を見上げる余裕もなくて、毎日に追われているって感じだったんです」
希美の言葉を聞きながら僕もそうだった気がする。
「そんな余裕のない生活をしていたから、夫に捨てられちゃったのかなと思ったりもして。夫の顔を思い出せないけど、夫と最後に交わした会話は覚えているんです」
ドキリとした。
「どんな話をしたんですか?」
「『妊活を再開しよっか』って、夫に言ったんです。顔は思い出せないけど、その時の夫の様子とか、感情のようなものは覚えていて。夫はすごく戸惑った様子で、明らかに嫌そうだったんです」
――涼くん、妊活再開しよっか。
余命宣告を受けた一週間後の朝、希美にそう言われ、確かに僕は戸惑った。
あの会話を希美は思い出したのか……。
僕のことなんて全く覚えていないと思っていたから、ドクンっと嬉しさに胸が高鳴る。
「こんばんは。奇遇ですね。こんな所で会うなんて」
「ええ、本当に」
「私、ここによくお参りに来るんです。良かったら一緒にお参りしませんか?」
偶然の再会に胸をときめかせながら「いいですよ」と返事をした。
手水舎で手と口を清め、社殿にお参りする。賽銭箱に希美と同時に硬貨を投げ入れ、二礼してから、パンパンと二拍手し、お願いごとをする。
――どうか、一日でも長く希美といられますように。
神様の前では嘘はつけなかった。それが正直な僕の気持ちだ。
顔を上げると、隣でまだ希美は熱心に祈っていた。その様子が意外だった。一体、何をそんなに真剣に祈っているのだろう?
「お待たせしました」
希美が僕を見る。
「ずいぶんと熱心でしたね」
「どうしても叶えたいことがあるんで。せっかくだから、房総半島最南端まで散歩しません?」
灯台の少し先に房総半島最南端の石碑が立っている。希美が言っているのはその場所のことだ。
「いいですよ」
神社を出て、灯台の方に歩き、遊歩道に出ると、夕陽に染まる海が見える。ゴーゴーと吹く潮風が頬にかかる希美の髪を揺らしていた。
「けっこう、風強いですね」
隣を歩く希美が言う。
「そうですね。あっ」
上り坂にさしかかり、希美が転びそうになった。希美の腕を掴み支えた。その瞬間、甘い匂いがした。希美の香りだ。
「大丈夫ですか?」
「すみません。暗くて足元が見えなかったので」
先ほどよりも辺りは暗くなっていた。
「じゃあ、手を繋ぎましょう」
手を差し出すと、希美が僕の手を握る。触れた瞬間、好きだという気持ちが溢れる。もっと希美に触れたい。希美を抱きしめたいと思うが、我慢する。今の僕にギリギリ許されるのは手を繋ぐところまでだから。
「ありましたね。石碑」
房総半島最南端の石碑の前まで来ると、希美が言った。
「あのベンチに座りません?」
希美が石碑と反対側の岩場の上にある白いベンチを指した。
いかにも観光客用のベンチで、座るのは少し躊躇われる。
「いや、あれはちょっと」
「恥ずかしいんですか?」
「あんな目立つ場所にあると」
「いいじゃないですか。あそこから見る海、綺麗ですよ」
そう言って、希美が僕の手を引っぱりごつごつした岩場を上って行く。
「着いた」
希美がベンチに座り、僕も座った。
【絶景 朝日と夕陽が見える岬】という記念碑がベンチの側に立っていた。
ベンチに座ったのは一昨年以来だ。その時も希美がベンチに座りたいと言ったから付き合わされた。あの時は昼間だったが、今は夕方で、夕陽色に染まる海が美しい。
「綺麗ですね」
心からそう思う。
「本当、綺麗な夕陽ですね。私、こっちに来てから、海と空をよく見るようになったんです。それまでは、空を見上げる余裕もなくて、毎日に追われているって感じだったんです」
希美の言葉を聞きながら僕もそうだった気がする。
「そんな余裕のない生活をしていたから、夫に捨てられちゃったのかなと思ったりもして。夫の顔を思い出せないけど、夫と最後に交わした会話は覚えているんです」
ドキリとした。
「どんな話をしたんですか?」
「『妊活を再開しよっか』って、夫に言ったんです。顔は思い出せないけど、その時の夫の様子とか、感情のようなものは覚えていて。夫はすごく戸惑った様子で、明らかに嫌そうだったんです」
――涼くん、妊活再開しよっか。
余命宣告を受けた一週間後の朝、希美にそう言われ、確かに僕は戸惑った。
あの会話を希美は思い出したのか……。
僕のことなんて全く覚えていないと思っていたから、ドクンっと嬉しさに胸が高鳴る。
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