神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

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7話

告白<1>

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 藤原さんは67歳で亡くなった。
 
 セレモニーホールで行われた藤原さんの葬儀は家族葬だったが、お通夜には行かせてもらった。ホスピスの小川先生とよく見かける若い看護師も来ていた。

 棺の中の藤原さんの顔を拝見させてもらったが、藤原さんはすごく幸せそうな表情をしていた。こんなに安らかな顔で死ねるのだと思ったら、死ぬことがそんなに怖いことではない気がした。

「藤原さん、いいお顔していたわね」

 セレモニーホールを一緒に出て来た喪服姿の小川先生が言った。
 外に出るとムッとした蒸し暑さに包まれるが、冷房で体が冷えていたので丁度いい。
 今日は僕も先生も電車で来ていた。

「そうですね。すごく満足げな顔をしていましたね。先生、どうして藤原さんはあんなに幸せな顔が出来たのでしょう?」
「そうね」と、繁華街を歩きながら先生が口にする。
「悔いがないからでしょ」

 街灯に照らされた先生が優しい笑みを浮かべた。
 先生の言葉が腑に落ちた気がする。

 生前の藤原さんは将棋を指しながら、後悔するような生き方はしない方がいいと、僕に何度も言っていた。それを藤原さんは自分でもちゃんと実践していたんだ。

「藤原さんのように生きたいわね。奥様を大事にされて、好きな将棋をして、自分が辛い時も人の心配ばかりして」

 一緒に来ていた若い看護師が泣き崩れていた。彼女はいつも藤原さんに励ましてもらっていたそうだ。
 その話を聞いて、藤原さんらしいと思った。
 将棋を指しながら、藤原さんはいつも僕の話を聞いてくれて、アドバイスをくれた。

 もう藤原さんの言葉を聞けないと思うと寂しい。
 
「僕も藤原さんのように悔いのない人生を送りたい」

 そう思った時、希美のことが浮かんだ。
 今、僕がしていることは正しいのだろうか? 夫だということを隠したまま希美に会い続けていいのだろうか。

「やっとその言葉が出て来たか」

 ポンっと先生が僕の肩を叩く。

「先生」
「その命が短いものだったとしても、後悔のない生き方が出来れば、人は幸せに死ねるのよ。私は患者さんに沢山教えてもらったわ」

 希美に嘘をついたままじゃ幸せに死ねないと思った。しかし、本当のことを打ち明ける勇気もない。
 希美の推しの木村圭が亡くなって、希美がどんどん痩せていく姿を見た時は、希美が死んでしまいそうで怖かった。深い悲しみの中にいる希美を毎晩抱きしめ、「大丈夫だよ」と声をかけ続け、希美は少しずつ元気になっていったが、もう二度とあんな風に悲しむ希美を見たくない。

 ――涼くんは絶対、私より長く生きてね。

 そう希美に言われた日のことを覚えている。

 ――僕の方が年上だけど、絶対に希美より長生きするから。

 口先だけではなく、本気だった。
 その日から僕なりに健康に気づかうようになり、一駅ぶん歩いたり、食事にも気を遣うようになった。しかし、もうその頃には僕の体はガンに蝕まれていたんだろう。

 人生、思い通りにいかないものだと、ガンの告知を受けた時に思った。
 もしかしたら僕は大好きな希美と結婚したことで、一生分の幸運を使い果たしたのかもしれない。
 共白髪になるまで、希美と一緒にいるというのは贅沢な願いだったようだ。

「じゃあ、倉田さん。悔いのないように過ごすのよ」

 別れ際先生に言われた。
 先生は上り電車のホームに向かい、僕は下り電車のホームへ下りた。

 すぐに下り電車が来るというアナウンスが流れ、速度を落とした電車がホームに入ってくる。
 車内は空いていて、座ることが出来た。

 慣れない喪服を着て疲れた。ネクタイを緩めると、向かいの席に座る浴衣姿のカップルに目が留まる。そういえば今日はどこかで花火大会があった。きっとその帰りなのだろう。

 江戸川区の花火大会を毎年、希美と観に行った。浴衣姿の希美は綺麗で、去年の夏も一緒に観た。また来年も楽しみだねと希美が言っていたのを思い出す。しかし、今年は観に行くことはないだろう。そして来年も……。

 希美と花火大会を観に行くことがいつの間にか普通のことになっていた。平凡な人生だと思っていたが、希美と暮らした普通の日々は幸せな日々だったんだと今ならわかる。そう思ったら瞼の奥が熱くなる。目をぎゅっと閉じて、込み上がる感情に耐えた。

 僕に残された時間はあとどれくらいだろう。
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