58 / 61
8話
最終話<4>
しおりを挟む
レストランで夕食をとって、午後八時頃にホテルに戻ったが、まだ外は明るかった。
今日の日没は午後九時過ぎで、明日の夜明けは午前七時前になる。
八月は太陽が出ている時間が長いことをパリに来て知った。
「まだ外が明るいなんて不思議だね」
窓際に立つ希美が言った。
「夜遊びが出来るね」
後ろから希美を抱きしめながら言うと、「夜遊びって、暗くなってからするんじゃないの?」と希美が顔だけをこちらに向ける。
「明るい夜遊び。お風呂に入ろうか」
耳元で囁くと「えっ」と希美が小さな声をあげる。
「一緒に入るの?」
「せっかく豪華なバスルームだしね」
「そうね」と、照れくさそうな顔で希美が返事をする。
それから僕たちは一緒にお風呂に入り、広いベッドで抱き合った。
僕との記憶があまりない希美は「なんか初めての時みたい」と恥ずかしそうにしていた。ベッドの中で甘い時間を過ごし、朝が来た。
*
次の日は午前中からルーブル美術館に出かけた。展示作品は三万五千点もあり、かなりの見応えだった。
ヴェルサイユ宮殿のモデルとなったアポロンのギャラリーは部屋の造りが豪華で、装飾のテーマは太陽らしい。どこもかしこも金ぴかで、フランス王家の宝物も展示され、充分な見応えだった。そしてレオナルドダヴィンチが描いた有名なモナリザは、思っていたよりも小さな絵で驚いた。大きさは人間の赤ちゃんぐらいだろうか。もっと大きな絵だと思ったと希美も同じ感想を持っていた。他の展示物よりも人が多く、みんなモナリザの前で記念撮影をしていた。そういうのは恥ずかしいと思ったが、僕たちも記念撮影はした。こういうことはやっぱり大事だ。
7万平方メートルの展示スペースは広くて、一日では見切れなかったが、充分楽しめた。
*
最終日はパリ市内を出て、希美が行きたがっていたヴェルサイユ宮殿に地下鉄と電車を乗り継いで行った。
予約していたチケットで宮殿内に入り、セキュリティチェックを受けてから、見学をする。
王様の居住スペースと王妃の居住スペースの間にある有名な鏡の回廊はルーブル美術館のモナリザと同じくらい人が多かった。少々疲れたが、楽しそうにしている希美を見たら疲れは吹き飛んだ。ルイ14世の寝室も公開されていて、金ぴかのベッドには驚いた。僕だったら全然落ち着いて眠れない。
二時間かけて宮殿内を見た後はお土産コーナーでマリーアントワネットの絵が描かれたリンゴの飴を希美が熱心に見ていた。どうやら律子さんや凪の皆さんへのお土産にするらしい。
宮殿の外に出ると、今度は広い庭園を希美と歩いた。フランス式の庭園で、植木が人工的な形に切りそろえられていた。それがフランス式庭園の特徴で、自然さえもコントロールし、完璧な幾何学的造形美を追求するらしい。
庭園の端まで行くとアポロンの噴水があり、太陽神アポロンが四頭の馬が引く戦車に乗り、水面から飛び出してくる様子で作られた彫刻が池の中にあった。馬も戦車もアポロンも金ぴかで太陽に照らされ、キラキラと輝いていた。
「あんな所に金の彫刻を作るなんて、贅沢ね」
希美がアポロン像を見ながら口にする。
庶民感覚あふれる希美の言葉が微笑ましい。
「一生に一度は来たかったんだろう?」
「うん。一度この目でオスカル様の世界を見てみたかったんだ」
希美は律子さんの影響で池田理代子先生のベルサイユのばらが好きだった。
「私は今、オスカル様が吸った空気を吸っているのね」
希美が空想するようにうっとりした表情で周囲を見る。
「いや、オスカル様は架空の人物だろう」
僕のツッコミに「わかってるわよ。アンドレ」と希美が返す。
「僕、アンドレなのか」
「このヴェルサイユ宮殿にいる間はそうよ」
「じゃあ、希美がオスカル?」
「アンドレ行くぞ。次はマリーアントワネット様がいるトリアノンだ」
オスカルになり切った希美が僕の手を取り歩き出す。しばらくベルサイユのばらごっこに付き合わされたが、楽しそうにしている希美を見るのが楽しかった。
あっという間の三日間が終わり、夜の便で僕たちはフランスを後にした。
今日の日没は午後九時過ぎで、明日の夜明けは午前七時前になる。
八月は太陽が出ている時間が長いことをパリに来て知った。
「まだ外が明るいなんて不思議だね」
窓際に立つ希美が言った。
「夜遊びが出来るね」
後ろから希美を抱きしめながら言うと、「夜遊びって、暗くなってからするんじゃないの?」と希美が顔だけをこちらに向ける。
「明るい夜遊び。お風呂に入ろうか」
耳元で囁くと「えっ」と希美が小さな声をあげる。
「一緒に入るの?」
「せっかく豪華なバスルームだしね」
「そうね」と、照れくさそうな顔で希美が返事をする。
それから僕たちは一緒にお風呂に入り、広いベッドで抱き合った。
僕との記憶があまりない希美は「なんか初めての時みたい」と恥ずかしそうにしていた。ベッドの中で甘い時間を過ごし、朝が来た。
*
次の日は午前中からルーブル美術館に出かけた。展示作品は三万五千点もあり、かなりの見応えだった。
ヴェルサイユ宮殿のモデルとなったアポロンのギャラリーは部屋の造りが豪華で、装飾のテーマは太陽らしい。どこもかしこも金ぴかで、フランス王家の宝物も展示され、充分な見応えだった。そしてレオナルドダヴィンチが描いた有名なモナリザは、思っていたよりも小さな絵で驚いた。大きさは人間の赤ちゃんぐらいだろうか。もっと大きな絵だと思ったと希美も同じ感想を持っていた。他の展示物よりも人が多く、みんなモナリザの前で記念撮影をしていた。そういうのは恥ずかしいと思ったが、僕たちも記念撮影はした。こういうことはやっぱり大事だ。
7万平方メートルの展示スペースは広くて、一日では見切れなかったが、充分楽しめた。
*
最終日はパリ市内を出て、希美が行きたがっていたヴェルサイユ宮殿に地下鉄と電車を乗り継いで行った。
予約していたチケットで宮殿内に入り、セキュリティチェックを受けてから、見学をする。
王様の居住スペースと王妃の居住スペースの間にある有名な鏡の回廊はルーブル美術館のモナリザと同じくらい人が多かった。少々疲れたが、楽しそうにしている希美を見たら疲れは吹き飛んだ。ルイ14世の寝室も公開されていて、金ぴかのベッドには驚いた。僕だったら全然落ち着いて眠れない。
二時間かけて宮殿内を見た後はお土産コーナーでマリーアントワネットの絵が描かれたリンゴの飴を希美が熱心に見ていた。どうやら律子さんや凪の皆さんへのお土産にするらしい。
宮殿の外に出ると、今度は広い庭園を希美と歩いた。フランス式の庭園で、植木が人工的な形に切りそろえられていた。それがフランス式庭園の特徴で、自然さえもコントロールし、完璧な幾何学的造形美を追求するらしい。
庭園の端まで行くとアポロンの噴水があり、太陽神アポロンが四頭の馬が引く戦車に乗り、水面から飛び出してくる様子で作られた彫刻が池の中にあった。馬も戦車もアポロンも金ぴかで太陽に照らされ、キラキラと輝いていた。
「あんな所に金の彫刻を作るなんて、贅沢ね」
希美がアポロン像を見ながら口にする。
庶民感覚あふれる希美の言葉が微笑ましい。
「一生に一度は来たかったんだろう?」
「うん。一度この目でオスカル様の世界を見てみたかったんだ」
希美は律子さんの影響で池田理代子先生のベルサイユのばらが好きだった。
「私は今、オスカル様が吸った空気を吸っているのね」
希美が空想するようにうっとりした表情で周囲を見る。
「いや、オスカル様は架空の人物だろう」
僕のツッコミに「わかってるわよ。アンドレ」と希美が返す。
「僕、アンドレなのか」
「このヴェルサイユ宮殿にいる間はそうよ」
「じゃあ、希美がオスカル?」
「アンドレ行くぞ。次はマリーアントワネット様がいるトリアノンだ」
オスカルになり切った希美が僕の手を取り歩き出す。しばらくベルサイユのばらごっこに付き合わされたが、楽しそうにしている希美を見るのが楽しかった。
あっという間の三日間が終わり、夜の便で僕たちはフランスを後にした。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
君の声を、もう一度
たまごころ
恋愛
東京で働く高瀬悠真は、ある春の日、出張先の海辺の町でかつての恋人・宮川結衣と再会する。
だが結衣は、悠真のことを覚えていなかった。
五年前の事故で過去の記憶を失った彼女と、再び「初めまして」から始まる関係。
忘れられた恋を、もう一度育てていく――そんな男女の再生の物語。
静かでまっすぐな愛が胸を打つ、記憶と時間の恋愛ドラマ。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる