Doll Jayny

犬堂 鳴

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Doll Jayny

Gentian

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儚い恋が形になるなら、浅い愛がまた続くなら。

そう願うことで僕はどれほど君を傷つけたか。
そう願うことで僕はどれほど君を待たせたか。

小さくなった心でふとそんなことを考える。
けれど僕が分かるのは、冷めきってしまった君との思い出だけだった。









これはとある人形屋のお話。
この物語のきっかけが何だったかは、誰にも分からない。

ただ、

青の瞳の少年は、動かない体に意思を灯した。
赤い瞳の少女は、小さな体に記憶を宿した。

街の子はただそれを見つめていた。

霧がたちこめる、明け方のこと。
この街で二人の命が生まれたことを、彼女は知っている。









霧が晴れ、太陽が昇る頃に船の汽笛は鳴る。

朝の知らせはハーバー・タウンを包み、人々は温もりを残したベッドから抜け出した。
それは町外れの小さな路地裏でも変わらない。
一人の青年もまた、その端正な瞼をそっと開けた。
彼の青い瞳に差し込むのは、朝日と海の輝き。

1日が始まる。

また、今日も生きている。

彼は心臓を抑えた。
かもめの白い羽が、波間を飛び交っているのが見える。
窓ガラスに手を添えると、若々しさの残る自分の顔と伸びきったブロンドが映り、何故かそれを情けなく思った。

「僕は成長しないね。
ちっとも顔が変わらない。」

自分はとっくに“思い出”になってしまったのかもしれない。

彼は髪を小さく結い、寝具を片付けると、朝の街へと出掛けた。

1枚の色褪せた写真が風に揺れる。

彼の名前はジェイ。
今年で27になる、人形屋『Jayny』の店主だ。





「おいボル!!酒はまだか!!」

「少しくれぇ待てねぇのか!この馬鹿客が!!」

「んだとぉ!?それでも店主か!!」

ここは下町で“1番ガラの悪い”喫茶店。
あくまで喫茶店だ。
自由を求める男達が集い、メニューは珈琲と酒のみ。
喫茶店に酒とはいかに。
そんなことを考えてはいけない。

彼らは『自由』を掲げる、海の男。
つまり、彼らの好物さえあればそれでいいのだ。
店主のボルは坊主頭の親父で、声がでかいのが取得の男だが、常連にはパンなんかも出してくれる。
客との喧嘩は多いが、それが平和であることを誰もが十分知っていた。
言い争いが日常茶飯事なこの店は、とても愉快な場所だ。

ジェイはそんな彼の店の前に立っていた。
怒声が外にまで聞こえ、起きたばかりの耳にキンキンと声が響くも、店の扉を開けた。

「ボルさん、おはよう。」

声をかけるとカウンターに立っていた店主が、客との喧嘩をやめてこちらを振り返った。
目をまあるくしてびっくりしたようにジェイを見る。
右手の拳を高く振り上げているのは、客と殴り合いになる一歩手前だったのだろう。
今日も店では、海賊なんかと間違えそうな男共が酒をかっくらっている。

「ジェイコブ!久しぶりじゃねぇか!
今日は早いな!」

ボルが、喧嘩相手の客に酒瓶を投げ、こちらに寄った。
酒瓶の投げられた先で、客が「あぶねぇだろうが!」と大声を上げる。

「うるせぇ!黙って飲みやがれ!!
……悪いな!ジェイ。どうしたんだ?」

地響きのような低い声が、穏やかさを含んでいる。
父親のような安心感をいつもボルさんは与えてくれた。

「パンが切れたんだ。
いつものを買いに来ようと思って。」

「まかしとけ!
また暫く来ねぇんだろ?おまけしとくよ」

「ありがとう」

カウンターに戻ったボルが、袋にパンを詰めていく。
相変わらずがやがやとうるさい店内を眺めると、1人だけ上品に珈琲を嗜む老人がいた。
これがまた、この店の不思議な所。
かも家鴨あひるが混ざっているような、変な光景。

「今日も朝早い開店だね。」

「そうだろ?
コイツら、時間通りに開けねぇと扉を壊しやがるんだ。」

ガハハ、と豪快に笑うボルさんを見て、思わず笑みを零してしまう。

「しかし、お前も物好きだな。
こんな店じゃなくても、丘の上に美味いパン屋ができただろう。」

丘の上。
風車と林檎の樹が並ぶ、草原だ。
そこにあるパン屋はかなりの人気で、毎日行列が出来ている。

「あそこは女性が並ぶから、そこに混ざるのは気が引けるよ。
それに……」

なんとなく思い出した。
ここのパンは美味しいから、と笑った彼女の顔を。

「どうした?」

「……ううん。なんでもない。
お代、これで間に合う?」

「おう!
あんまり無理すんなよ。外に出るのを見ねぇから心配してたんだ。
たまには街を歩くといい。」

ボルの男らしい顔立ちに、少しの憐れみと慰めが滲んだ。
心配してくれる有難さはあるものの、彼の快活な人柄を知っているからこそ、そんな表情をさせてしまったことに罪悪感を感じた。

「そうする。いつもありがとう。」

「おう!顔くらい見せに来いよ」

熱いような、冷めたような、ぬるい気持ちのまま店を出る。
外は思いのほか眩しかった。
海の輝きが太陽に照らされて、潮風が丘へと流れる。

「……帰ろう。」

石畳を踏んで、彼は人形の待つ我が家へと坂道を上がって行った。




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