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10.理解はした、しかしつらい
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「しかし、こうして私の前に現れるのは、本当に得策だったと言えるでしょうか? たった一人で、こんなに無防備で。私が貴方の家族や友人であれば、何を差し置いても止めたでしょうに」
サフィード様の唇の端が吊り上がるのが見えた。うっすらとした笑みが漂う。
(……うっ)
流石はサフィード様。
いきなり、意味ありげな言葉を投げ掛けて、私の不安をそそることにかけて、彼は本当に一流すぎて恐ろしい。
「貴方はたまに、何も考えずに猪突猛進になるところがありますね。そんな無謀なところも愛しくはありますが……貴方は、私に対して怯えるところを間違えているのではないですか」
彼の手が伸びて、手袋を嵌めた指が私の頬をそっと撫でた。力を籠めず、ただ肌の表面をなぞるように。意味深な動きに、私の集中力が著しく削がれていく。
駄目だ、私。サフィード様の醸し出す雰囲気に飲まれている場合ではない。大体、今はたいした意味もなく、普通に脅されて遊ばれているだけだ。それが普通、という感覚も何かがおかしいけれど。
「……間違ってません。実際に会って、聞かないと分からないことばかりだから、こうして会いに来たんです」
拳を握り締めて、冷静に、気迫を込めて。
対等な立場で話をするのだ、という姿勢を見せなければならないのだ。
だが、私が彼を睨んだ瞬間、彼はふっと目を細めて微笑んだ。
「なるほど。では、話を聞きましょう、ディルティーナ」
どこか懐かしげな眼差しで、私を見る。
まるで、本当に私を愛おしいと思っているような、とても優しい目で──いや、これ以上は考えるな自分。
「……サフィード様は、なぜ、私を帰したんですか?」
なるべく、責めていると思われないように、拗ねているとも思われないようにと、私は感情を押し殺した声を作った。
「いずれ、この王城に辿り着かねばならないというのは、元からの決定事項でした。神殿や各国の上層部と話し合って決めたことですが、貴方を巻き込みたくはなかった。というのは、ごく一面的、そして表層の理由に過ぎませんね。他にも考えていたことは幾つかあるんですが、一つには、貴方に機会をあげようと思いまして」
「機会?」
「分かっているでしょう、ディルティーナ。内心では、貴方も分かっていたはずです。私から逃げる機会、ですよ」
低い、柔らかな囁き声。
しかし、どこか冷たい底流音が響いている。
「同時に、貴方に忘れられないようにと、立てた策でもありました。貴方は私を愛していない。しかし、あの場で、唐突に掌を返して送り返されたら、流石に随分と悩むのではないですか? 実際あれから、どれだけ私のことを考えましたか、ディルティーナ?」
「……うわぁ」
思わず、喉の奥から嘆声が洩れてしまった。素の呟きがこぼれ落ちる。
「……サフィード様みたいに強烈な人が、忘れられたくないなんて」
「私はそれほど人間の感情や記憶を信頼していないのでね。何を置いても、貴方に私の記憶を刻み付けたかったんです」
「……」
「正直、私には愛情というものがよく分かりません。そもそも、この世の全てがどうでもいい。この世に懸命に生きている命を見ても、心を動かされた試しがない。ただ、自分は生死を腑分けする道具なのだからそれでいいと思っていました」
「それは……」
私は彼を見上げた。
明るい金色の陽光が彼の上に降りかかり、その身に触れる寸前で、熱を削ぎ落とされた白い光に変化していた。日の光ですら、そのままでは彼の身に触れられないものらしい。
(ああ、やっぱり、上書きされてる)
彼の魂の称号が変わっている。「聖なる死の執行者」改め、「聖槍以て断罪する者」だ。
ランクアップしてしまった。
(怖い)
反射的に思った。
「しかし、こうして貴方がやって来てくれて、私を忘れられていなくて、とても嬉しいですよ。正直言って、かなり浮かれています。これから数年間、誰かとデートをするたびにふと思い出してしまう、というレベルで終わる可能性も考えていましたからね」
「……っ、あ、貴方は……」
なんだこの人は。
発想がおかしすぎない?
私のことが好き過ぎて、こんなことになってるの? なぜ? 何がどうなって、こうなった?
「……まさかそれで、散々私を脅していたんですか」
「半分はそうです。もう半分は、怯える貴方がとても可愛いので」
「……か、可愛いと言っておけば許されるとでも思ってませんか?!」
「許されたいと思ったことはないですね」
駄目だ。この人と会話するのはとてもつらい。
私が疲労感に打ちひしがれていると、サフィード様は優しく笑って、
「訊きたいことが沢山あったのではないですか? 気になる事が沢山あったでしょう。大半は、貴方がこうして私の元に戻ってくるようにと、ばら撒いておいた餌ですが」
「……またそうやって、腹黒な発言を」
「その腹黒と何ヶ月も一緒にいたわけですが、今の気分は如何です?」
「いや、本当に……混乱してばかりです」
私は素直に答えた。だんだん、取り繕うのも無駄ではないかと思えてきたのだ。
「おかしくないですか。私、サフィード様に好かれることをした覚えがありません。理由が……どこに」
「それが分かったら、苦労はしませんね。条件で済むなら、他で幾らでも代替できるはずですから」
「な、なるほど……」
「代替ができないから、貴方にこだわっているわけですが。ただ、事実を述べるなら、貴方と会った瞬間には、どうやったら貴方を自分の物にできるかを考えていました」
あの「無」の表情で、彼の思考はそんなことになっていたとは。
(この人、おかしい)
私の思考の口癖が、「怖い」から「おかしい」に変わりつつある。これはいいことなのか……? などと、無駄に思考を逸らしていたら、サフィード様が再びおかしなことを言い始めた。
「実際は、もう一つ、理由があるんですが。私が貴方を一方的に帰した理由です。聞きますか?」
サフィード様の唇の端が吊り上がるのが見えた。うっすらとした笑みが漂う。
(……うっ)
流石はサフィード様。
いきなり、意味ありげな言葉を投げ掛けて、私の不安をそそることにかけて、彼は本当に一流すぎて恐ろしい。
「貴方はたまに、何も考えずに猪突猛進になるところがありますね。そんな無謀なところも愛しくはありますが……貴方は、私に対して怯えるところを間違えているのではないですか」
彼の手が伸びて、手袋を嵌めた指が私の頬をそっと撫でた。力を籠めず、ただ肌の表面をなぞるように。意味深な動きに、私の集中力が著しく削がれていく。
駄目だ、私。サフィード様の醸し出す雰囲気に飲まれている場合ではない。大体、今はたいした意味もなく、普通に脅されて遊ばれているだけだ。それが普通、という感覚も何かがおかしいけれど。
「……間違ってません。実際に会って、聞かないと分からないことばかりだから、こうして会いに来たんです」
拳を握り締めて、冷静に、気迫を込めて。
対等な立場で話をするのだ、という姿勢を見せなければならないのだ。
だが、私が彼を睨んだ瞬間、彼はふっと目を細めて微笑んだ。
「なるほど。では、話を聞きましょう、ディルティーナ」
どこか懐かしげな眼差しで、私を見る。
まるで、本当に私を愛おしいと思っているような、とても優しい目で──いや、これ以上は考えるな自分。
「……サフィード様は、なぜ、私を帰したんですか?」
なるべく、責めていると思われないように、拗ねているとも思われないようにと、私は感情を押し殺した声を作った。
「いずれ、この王城に辿り着かねばならないというのは、元からの決定事項でした。神殿や各国の上層部と話し合って決めたことですが、貴方を巻き込みたくはなかった。というのは、ごく一面的、そして表層の理由に過ぎませんね。他にも考えていたことは幾つかあるんですが、一つには、貴方に機会をあげようと思いまして」
「機会?」
「分かっているでしょう、ディルティーナ。内心では、貴方も分かっていたはずです。私から逃げる機会、ですよ」
低い、柔らかな囁き声。
しかし、どこか冷たい底流音が響いている。
「同時に、貴方に忘れられないようにと、立てた策でもありました。貴方は私を愛していない。しかし、あの場で、唐突に掌を返して送り返されたら、流石に随分と悩むのではないですか? 実際あれから、どれだけ私のことを考えましたか、ディルティーナ?」
「……うわぁ」
思わず、喉の奥から嘆声が洩れてしまった。素の呟きがこぼれ落ちる。
「……サフィード様みたいに強烈な人が、忘れられたくないなんて」
「私はそれほど人間の感情や記憶を信頼していないのでね。何を置いても、貴方に私の記憶を刻み付けたかったんです」
「……」
「正直、私には愛情というものがよく分かりません。そもそも、この世の全てがどうでもいい。この世に懸命に生きている命を見ても、心を動かされた試しがない。ただ、自分は生死を腑分けする道具なのだからそれでいいと思っていました」
「それは……」
私は彼を見上げた。
明るい金色の陽光が彼の上に降りかかり、その身に触れる寸前で、熱を削ぎ落とされた白い光に変化していた。日の光ですら、そのままでは彼の身に触れられないものらしい。
(ああ、やっぱり、上書きされてる)
彼の魂の称号が変わっている。「聖なる死の執行者」改め、「聖槍以て断罪する者」だ。
ランクアップしてしまった。
(怖い)
反射的に思った。
「しかし、こうして貴方がやって来てくれて、私を忘れられていなくて、とても嬉しいですよ。正直言って、かなり浮かれています。これから数年間、誰かとデートをするたびにふと思い出してしまう、というレベルで終わる可能性も考えていましたからね」
「……っ、あ、貴方は……」
なんだこの人は。
発想がおかしすぎない?
私のことが好き過ぎて、こんなことになってるの? なぜ? 何がどうなって、こうなった?
「……まさかそれで、散々私を脅していたんですか」
「半分はそうです。もう半分は、怯える貴方がとても可愛いので」
「……か、可愛いと言っておけば許されるとでも思ってませんか?!」
「許されたいと思ったことはないですね」
駄目だ。この人と会話するのはとてもつらい。
私が疲労感に打ちひしがれていると、サフィード様は優しく笑って、
「訊きたいことが沢山あったのではないですか? 気になる事が沢山あったでしょう。大半は、貴方がこうして私の元に戻ってくるようにと、ばら撒いておいた餌ですが」
「……またそうやって、腹黒な発言を」
「その腹黒と何ヶ月も一緒にいたわけですが、今の気分は如何です?」
「いや、本当に……混乱してばかりです」
私は素直に答えた。だんだん、取り繕うのも無駄ではないかと思えてきたのだ。
「おかしくないですか。私、サフィード様に好かれることをした覚えがありません。理由が……どこに」
「それが分かったら、苦労はしませんね。条件で済むなら、他で幾らでも代替できるはずですから」
「な、なるほど……」
「代替ができないから、貴方にこだわっているわけですが。ただ、事実を述べるなら、貴方と会った瞬間には、どうやったら貴方を自分の物にできるかを考えていました」
あの「無」の表情で、彼の思考はそんなことになっていたとは。
(この人、おかしい)
私の思考の口癖が、「怖い」から「おかしい」に変わりつつある。これはいいことなのか……? などと、無駄に思考を逸らしていたら、サフィード様が再びおかしなことを言い始めた。
「実際は、もう一つ、理由があるんですが。私が貴方を一方的に帰した理由です。聞きますか?」
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