【完結】元婚約者の聖騎士さまが恐ろしくてたまらないのですが、どうあっても逃げられないようです

雪野原よる

文字の大きさ
10 / 15

11.浄化の流儀

しおりを挟む
 二ヶ月後。
 私とサフィード様は、帰国早々、ろくに家にも帰らないまま、暗く冷えた地平を見渡して立っていた。季節は冬に差し掛かる頃で、長く深い影を落とす北の山脈の尾根には白い雪が見える。神殿による依頼で、この地に巣食う亡霊を片付けなければならないのである。

「いかにも中途半端ですね。魂まで滅しておけば、こうして霊となって漂うこともないのに」

 濃淡のある冷気が漂う黒泥の地、ふらふらと彷徨う霊気を眺めながら、サフィード様が憂鬱そうに仰る。

「こういうの、苦手なんですか?」
「数百年もこのまま放置された結果、手がつけられなくなってその後始末に駆り出される、というのがいかにも非効率的で気に入りませんね。神殿の上層部というのは大抵愚かなので、ある意味納得はしていますが」
「サフィード様って、神殿に対して辛口ですよね……」

 私は文句を言うほど、神殿のことをよく知らない。だが、それほど悪い印象も持っていない。何しろ、給金がいいのである。

 二ヶ月前、幾つかの事実が発覚した。サフィード様が平然とした顔で暴露していく間、私は硬直して震えっぱなしだったのだが、その事実の一つとして、なんと、私は数ヶ月も前から、サフィード様の補助魔術師として神殿に雇われの身になっていたのである。

 給金も支払われている。思っていたより、ゼロの桁が大きい。というか、普通に実家を出て、王都に家が一軒構えられるほどのお金が出ている。

「王都に、貴方のための雇われ管財人がいますので、そちらに送金されているはずです。いつでも自由に引き出せますよ」
「雇われ管財人とは一体……」
「雇っているのは私ですが、貴方のお金に対する権利は全て貴方のものなので、心配しなくてもいいですよ」
「いえ……そこを心配しているわけではなくて」

 数ヶ月前、婚約破棄に失敗した私は悄然としていて、サフィード様に逆らう元気がなかった。「これからは貴方に代わって判断を下す」とサフィード様が言ったとき、反論しなかったのも確かだ。しかし、その直後に婚姻届が出されていて、その上成立済みで、私は神殿の雇われ魔術師となり、サフィード様が夫の立場で私用の管財人を雇っているなんて。誰が思うだろうか。
 予想外すぎた。

「……………では、この紙は、いったい」

 ふるふると震えながらも、「国による婚姻を無効にする」という例の紙をかざしてみせたが、サフィード様は全く感情を動かされていない様子で、

「国の命令による婚姻が無効なのは当然ですね。私達はあくまで個人の意思で結婚したわけですし」
「個人の意思、ありました?!!」

 微塵もなかった。少なくとも、私の意思は完全に行方不明だ。

「だから一度、貴方を帰したんですよ。あくまで、貴方の意思で選ぶ機会を差し上げようと思いまして。……まあ、結局のところ、貴方がどう選ぼうと行き着く先は同じなんですが」
「全然意味がない!!」
「確かに、気分の問題ではありますが。自分が選んだ、という感覚があるかないかでは、貴方にとっては大分違うでしょう」
「結局、もう動かせないところに追い込んでおいてからの、その余裕を持った思い遣り……腹黒なのは分かってましたけど、もはや鬼畜としか言いようがないじゃないですか」

 私は頭を抱え、サフィード様は微笑みながら私の頭を撫でていて、収拾がつかないまま苦悶の時間は続いたが、どんなに私が悶えようと現状は何一つ変わらない。サフィード様が楽しむだけだ。その挙句、「これ、もうどうしようもないから、怯えてないでサフィード様と積極的に喧嘩しよう」と、私の中に妙な悟りっぽいものが生まれた瞬間だった。

 以来、私はサフィード様に対して割と投げやりで、そして思ったことを何でも言っている。だが、以前と同じで、逆らったりはしていない。私が逆らえないのではなくて、サフィード様が、私に逆らう理由を与えてくれないのである。あれ以来、微笑んで脅されることもないし、人前で公開処刑されることもなければ、何かの暗黒面を突き付けられることもない。私が望むなら大抵のことは叶えてくれ、いつでも快適でいられるよう気を配ってくれる。客観的に見ても、非常に思い遣りのある、優しくて理想的な夫なのである。

(……明らかに、これはこれで「計画通り」と思ってらっしゃる)

 サフィード様の神々しい微笑みを横目で見ながら、私は片眉をぴくぴくさせた。

 だが、優しい夫と、鬼畜を前面に押し出した夫では、もちろん優しい方がいいに決まっている。文句を言う理由はない。たとえ、私の隠し切れず滲み出る渋い顔を見詰めるサフィード様の目が、いかにも愉快犯的な色合いに染まっていたとしても、である。

「さて、一気にやってしまいますか」

 十分に見て満足したのか、サフィード様が私から視線を外し、影の差す沼沢地をぐるりと見渡した。
 金属の擦れる音がして、彼が篭手に包まれた手を差し伸べる。白く清浄な光がその上に集まり──

「待って下さい。私がやります」
「ディルティーナ?」
「せっかく給金も貰っているので。私が」

 振り返るサフィード様の傍らを通り過ぎて、私は数歩、前に出た。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

処理中です...