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番外編
サフィード①
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玄関の敷石の上で、靴の踵が火打ち石を鳴らすような音を立てた。
「お帰りなさいませ、サフィード様」
「お帰りなさいませ」
「ご帰宅をお待ちしておりました」
深く頭を垂れる使用人たちの間を、聖騎士のマントを羽織った青年は表情も変えずに通り過ぎて行く。風が流れ、空気が掻き回されると、そのマントの裾に纏わりついていた神聖魔法の残滓が、ジュ、と冷たく昇華して消えた。もっとも、それが見えるのは特に魔力が濃い人間だけなのだが。
(「帰宅をお待ちしていた」ですか)
サフィードの口元に、ごく薄く、刃物のような笑みが浮かぶ。
(この屋敷に、私を待つような人間がいるとは思えませんが)
ここは、サフィードが幼少期を過ごした館だ。帝国直系の血を引く彼をないがしろには出来ず、帝都の外れに用意された広大な屋敷。
低い声で、彼の機嫌を伺って過ごす使用人たちしかいない。まるで砂漠の中で、人形たちに取り囲まれているようだ、と子供の頃から思っていた。
それに不満を覚えたことはない。
彼の生まれ育った環境がそのようなものだった、というだけだ。
「サフィード様、こちらをどうぞ」
書斎に入り、執事から報告書を受け取る。
他愛もない、日々の収支をまとめたものだ。老朽化した母屋の修繕。警備の雇い入れ。暖炉掃除。ざっと目を通しながら、(人よりも家に金がかかっている)と思う。
ただ形ばかりに維持される屋敷が、多くの神官たちを仕えさせて富と俗欲で肥大化した神殿に重なってみえた。
(……もはやこの屋敷を維持しておく必要もない。いっそ、綺麗に消滅させて更地にでもしておきますか)
この家に対する懐古や愛着の念などない。まっさらな無感情しか抱けない。この家にしてみても(家に情があるとすれば)同じだろう。
神殿は信仰の集積組織だが、常に金と権力を好む。それが特に問題というわけではない、とサフィードは思っている。
金も権力も、俗欲の極致と見做されがちだが、一つの理想的価値であることは確かだ。神官たちは肉欲を求めないが、人を超えた価値を際限なく欲しがる。それがいかにも崇高であるかのように振舞うのが間違っている、と思うだけだ。
「サフィード、おかえり!」
「なんか、後始末が大変だったみたいだな」
「また討伐数上がってんのか? お前、殺り過ぎだろ」
神殿のとば口に通りかかったところで、賑やかな聖騎士たちに取り囲まれた。数ヶ月前に彼らを治療院送りにしたとき、もっと容赦なくやっておけば良かった。そうすれば、もう少し静かに、面倒なのに絡まれず過ごせたものを……と思いながら、サフィードはいかにも清廉そうな笑みを浮かべた。
「いえ、仕事はすぐに終わりましたが。帝都にあった家屋敷を処分していたもので、少し時間が掛かりました」
その方法が、「家財を運び出して結界で塞いでから完全消滅させる」というものだったのは、わざわざ語る必要もないだろう。
「帝都の拠点を引き上げたのか。これからはずっとこちらで暮らすのか?」
「結婚したのでね」
「結婚!」
騎士たちがどっと沸く。
「あの闇属性の彼女か? お前が女嫌いを克服するとはなあ」
「だったら、また合コン行ってもいいんじゃないか?」
「可愛い子がいるんだぜ」
何を言っているのだろうか、この聖騎士共は。
サフィードは笑みを絶やさず、脳内で騎士たちをそれぞれ三回ずつ縊り殺してストレスを発散したが、それ以上は何も応えなかった。次に合コンに連れ出されるなら殺る。今度こそ仕留める。次の合コンは、真の合同殺戮コンペティションが開催されることになるだろう。
(光属性というのは、本当に深く物を考えない)
常に機嫌よく明るく、人を愛し愛される。典型的な光属性の特徴である。
サフィードは聖騎士としては例外的に、光属性よりも神聖属性の方が勝る。
光属性と神聖属性は不可分のものと考えられているのだが、実はかなり異なるものだ。
光は人の活力そのもの。生命力そのものと言い換えてもいい。
それにひきかえ、神聖属性は人の情など必要としない。二つの属性は同時に発現することが多いが、サフィードは極端に神聖寄りだ。だからこそ、聖騎士唯一の断罪者となったのだが。
属性は、血統もあるが生まれ育った環境に大きく左右されることが多い。人の情から遠く離れて育ったサフィードが神聖属性寄りなのは、彼自身としても納得できる話だ。
だが……
「聖騎士サフィード、こちらへ」
痺れを切らしたのか、神官が呼びにやって来た。
これ幸いと、聖騎士たちから離れて神殿の中に足を踏み入れる。暗い敷居を越えると、絢爛たる伽藍が頭上に広がった。鈍く輝く金の装飾が、いたるところに施された神の城。
一般的な神聖属性であれば、自然に畏敬と歓喜の念を抱くところだ。
サフィードの目に浮かんだ表情は「無」だったが。
(またもや金ピカ度が増しましたね)
順調に金満度が上がっている。さぞかし儲けているのだろう。
金と権力を追い求める神殿は、光属性的にも「活気に満ちている」と友好的に見られる。ここで咄嗟に「愚かしいことだ」と思ってしまうサフィードの感性は、どちらかというと闇属性寄りだろう。
謙虚で、目立つのが嫌いで、栄華を求めず、平穏を愛する闇属性。
自然と、彼にとってたった一人、深く知る闇属性の姿が思い起こされて、薄い笑みが唇に揺蕩った。
目を上げて、神殿の奥堂一面を埋め尽くす豪華な金襴のタペストリーを見上げる。見慣れた光景を前にして、恐らく自分は、ずっと前から闇属性に憧れの念を抱いていたのだろうと考えた。
「お帰りなさいませ、サフィード様」
「お帰りなさいませ」
「ご帰宅をお待ちしておりました」
深く頭を垂れる使用人たちの間を、聖騎士のマントを羽織った青年は表情も変えずに通り過ぎて行く。風が流れ、空気が掻き回されると、そのマントの裾に纏わりついていた神聖魔法の残滓が、ジュ、と冷たく昇華して消えた。もっとも、それが見えるのは特に魔力が濃い人間だけなのだが。
(「帰宅をお待ちしていた」ですか)
サフィードの口元に、ごく薄く、刃物のような笑みが浮かぶ。
(この屋敷に、私を待つような人間がいるとは思えませんが)
ここは、サフィードが幼少期を過ごした館だ。帝国直系の血を引く彼をないがしろには出来ず、帝都の外れに用意された広大な屋敷。
低い声で、彼の機嫌を伺って過ごす使用人たちしかいない。まるで砂漠の中で、人形たちに取り囲まれているようだ、と子供の頃から思っていた。
それに不満を覚えたことはない。
彼の生まれ育った環境がそのようなものだった、というだけだ。
「サフィード様、こちらをどうぞ」
書斎に入り、執事から報告書を受け取る。
他愛もない、日々の収支をまとめたものだ。老朽化した母屋の修繕。警備の雇い入れ。暖炉掃除。ざっと目を通しながら、(人よりも家に金がかかっている)と思う。
ただ形ばかりに維持される屋敷が、多くの神官たちを仕えさせて富と俗欲で肥大化した神殿に重なってみえた。
(……もはやこの屋敷を維持しておく必要もない。いっそ、綺麗に消滅させて更地にでもしておきますか)
この家に対する懐古や愛着の念などない。まっさらな無感情しか抱けない。この家にしてみても(家に情があるとすれば)同じだろう。
神殿は信仰の集積組織だが、常に金と権力を好む。それが特に問題というわけではない、とサフィードは思っている。
金も権力も、俗欲の極致と見做されがちだが、一つの理想的価値であることは確かだ。神官たちは肉欲を求めないが、人を超えた価値を際限なく欲しがる。それがいかにも崇高であるかのように振舞うのが間違っている、と思うだけだ。
「サフィード、おかえり!」
「なんか、後始末が大変だったみたいだな」
「また討伐数上がってんのか? お前、殺り過ぎだろ」
神殿のとば口に通りかかったところで、賑やかな聖騎士たちに取り囲まれた。数ヶ月前に彼らを治療院送りにしたとき、もっと容赦なくやっておけば良かった。そうすれば、もう少し静かに、面倒なのに絡まれず過ごせたものを……と思いながら、サフィードはいかにも清廉そうな笑みを浮かべた。
「いえ、仕事はすぐに終わりましたが。帝都にあった家屋敷を処分していたもので、少し時間が掛かりました」
その方法が、「家財を運び出して結界で塞いでから完全消滅させる」というものだったのは、わざわざ語る必要もないだろう。
「帝都の拠点を引き上げたのか。これからはずっとこちらで暮らすのか?」
「結婚したのでね」
「結婚!」
騎士たちがどっと沸く。
「あの闇属性の彼女か? お前が女嫌いを克服するとはなあ」
「だったら、また合コン行ってもいいんじゃないか?」
「可愛い子がいるんだぜ」
何を言っているのだろうか、この聖騎士共は。
サフィードは笑みを絶やさず、脳内で騎士たちをそれぞれ三回ずつ縊り殺してストレスを発散したが、それ以上は何も応えなかった。次に合コンに連れ出されるなら殺る。今度こそ仕留める。次の合コンは、真の合同殺戮コンペティションが開催されることになるだろう。
(光属性というのは、本当に深く物を考えない)
常に機嫌よく明るく、人を愛し愛される。典型的な光属性の特徴である。
サフィードは聖騎士としては例外的に、光属性よりも神聖属性の方が勝る。
光属性と神聖属性は不可分のものと考えられているのだが、実はかなり異なるものだ。
光は人の活力そのもの。生命力そのものと言い換えてもいい。
それにひきかえ、神聖属性は人の情など必要としない。二つの属性は同時に発現することが多いが、サフィードは極端に神聖寄りだ。だからこそ、聖騎士唯一の断罪者となったのだが。
属性は、血統もあるが生まれ育った環境に大きく左右されることが多い。人の情から遠く離れて育ったサフィードが神聖属性寄りなのは、彼自身としても納得できる話だ。
だが……
「聖騎士サフィード、こちらへ」
痺れを切らしたのか、神官が呼びにやって来た。
これ幸いと、聖騎士たちから離れて神殿の中に足を踏み入れる。暗い敷居を越えると、絢爛たる伽藍が頭上に広がった。鈍く輝く金の装飾が、いたるところに施された神の城。
一般的な神聖属性であれば、自然に畏敬と歓喜の念を抱くところだ。
サフィードの目に浮かんだ表情は「無」だったが。
(またもや金ピカ度が増しましたね)
順調に金満度が上がっている。さぞかし儲けているのだろう。
金と権力を追い求める神殿は、光属性的にも「活気に満ちている」と友好的に見られる。ここで咄嗟に「愚かしいことだ」と思ってしまうサフィードの感性は、どちらかというと闇属性寄りだろう。
謙虚で、目立つのが嫌いで、栄華を求めず、平穏を愛する闇属性。
自然と、彼にとってたった一人、深く知る闇属性の姿が思い起こされて、薄い笑みが唇に揺蕩った。
目を上げて、神殿の奥堂一面を埋め尽くす豪華な金襴のタペストリーを見上げる。見慣れた光景を前にして、恐らく自分は、ずっと前から闇属性に憧れの念を抱いていたのだろうと考えた。
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