【完結】冥界の王に閉じ込められている王女だがヤンキーだった記憶が蘇ったので全て拳で解決する

雪野原よる

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第一話,花の覚醒

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昔々、冥界の王は花咲く春の乙女を攫い、冥府に閉じ込めました。
乙女は地上を恋い慕い、ずっと、ずっと泣き続けていたのでした……




(……なんて神話があったよな? 何だったっけ?)

 眠りの深層下で、あたしはぼんやりと思った。

 閉じたままの瞼の上に、光が降り注いでいるのが分かる。肌の表面をちりちりと焼くような光が、波のように揺れ動く。あたしは、随分と明るいところにいるんだな? いや、逆にすごく暗く、寒いところにいる気もするぞ……

 明暗。

 目を覚まして、上体だけ起こして起き上がり、辺りを見回したあたしが見たのはそれだ。

 とにかく暗い。真っ暗で先が見通せない闇。その中に一箇所だけ、温かな陽光が差し込んでいて、あたしはその中で眠っていたみたいだ。

(LEDライトとかじゃねえな?)

 頭上、滅茶苦茶遠いところ、目を細めてようやく視界に入る高さの先にある亀裂……あたしは高い塔の中にでもいるのか?
 とにかくその細い隙間から、眩い光が洩れて溢れ出していて、ついでに青い空と、雲? なんだか白い靄っぽいものが見えていた。頭を振って周囲に巡らすと、だんだん周りの景色が見えてきて……

「うわ、ここ、廃墟じゃん」

 あたしは心底びびった。

 廃墟の地面にそのまま寝てるとか、どんな夢だ。

 立ち上がってスカートの汚れをはたいて落としたけれど、スカートは制服のスカートとかじゃなくて白くひらひらした何かだし、光を反射してぱらぱらと下に落ちていくのは泥とかじゃなくて花だ。シロツメクサ、マーガレット、水仙……にしては小さい、よく分からない野草みたいな花。

 そりゃ、この暗い闇の沼地みたいな廃墟に、一部だけ光が射し込んでるわけだから、そこに花が寄り集まって咲くのは当然だよな。植物が必死に生きてるところに堂々と横になって寝てたあたし、鬼畜すぎじゃね?

 と思いながら、あたしは落ちていく花を一輪、指先で捕まえた。

(やっぱり知らない花だ)

 ていうか、この場所の全てに見覚えがないんだけど。

 あたしが着ているこの服まで、なんか妙だ。

(ひらっひらじゃん)

 ふくらはぎまである長さの白いスカート、というかワンピース。こんなん着るとかどんなお嬢様だよ。そう思いながら弄ってみた自分の髪の毛はくるくるした金色の巻き毛だし(あたしは赤く染めたストレートだった)、手足も何だかやたら白くて細い。身長は大分縮んだみたいで、目線が低い。これ、もう完全に別人じゃ?

(別人になってる夢?)

 悪夢の部類じゃね。

 更にもっと悪いのは、さっきから「ズシィン……ズシィン……」みたいな極低反響音が聴こえていて、背後から近付いてきてることだ。

 地面が細かく震える。

 生温かい、邪悪な気配を含んだ空気が吹き付けてくる。

(本当に悪夢か、これ)

 あたしは何も思い出せない。何も知らないはずなのに寒気が止まらなくて、気が付けば背中に汗が伝って落ち始めていた。あいつは、ヤバい。恐ろしいやつだ。

 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ

「グ……グォ……おぉ」

 そいつが咆哮した。

 思いのほか、足が速い。咆哮がみるみるうちに差し迫ってきて、あたしの鼓膜を震わした。本能は「今すぐ逃げろ」と伝えてきてるけど、あたしはぐっと両足に力を入れて振り返った。どんな喧嘩でも、冷静に相手を見極めろ。ただ逃げるだけじゃ一方的に殺られる。

「うわ……」

 ひゅっと、喉の奥で息が鳴った。

 でかい。

 そして、グロい。

 悪夢の中から切り出されたような、不定形の黒い魔物。あれだ、宮崎アニメとかで出てくるやつだ。渦巻き、黒い汁を滴らせた顔のない何か。

 手足はある。体の巨大さに見合わない、ちっぽけな細い手足だけど。よろめき、あたしに向けて手を伸ばしながら、

「あァァァァ……こ、コレ、れーぬ」

(本当に最悪の夢だなあ)

 あたしは顔が歪むのを必死で堪えながら、そいつを睨み付けた。そいつが全身から発している穢れた気だけで、肌が焼け爛れそうだ。何なのこいつ? あたしを食う気か?

(──いや、違う)

 あたしはこいつを知ってる。

 そうだ。

 こいつを何度も見た。

 あたしは……そう、あたしはこの世界では、王女コレーヌと呼ばれている。春の女神の血を引くとかいう、超絶美少女(笑)だ。

 こいつはそのあたしに目を付けて、攫ってきた冥王エン……エンド……何だったっけ? エン何とか言う冥界の神で、あたしはそいつに攫われて以来、ずっと、ずっとこの地底にいる。廃墟の天井の亀裂から射し込む光は、実際には地底から見上げる空で、いくら神の血を引く人間であってもあたしはこの深い深い地下からは逃げ出せない。

 ここに、100年以上閉じ込められてきた。

 もっとも、王女コレーヌには魂というものが生まれつき存在しなくて、ほとんど人形みたいなものだったから、空っぽの器のまま、ただ横たわって眠っていただけだ。その間、この魔物、じゃなかった冥王ナントカは、毎日ぐるぐるその周りを回って……

(気色わるっ)

 あたしは眉を顰めた。

 あいにく、王女コレーヌの魂は目覚めた。

 前世、こうして生まれ変わる前の記憶。皆にはヤンキーと呼ばれた、あたしの自己認識では孤高のはぐれJKだった、夏場ミズキの記憶を持ったままでな!!

「……ふん、あたしに意識がほとんどないのをいいことに、随分好き勝手してくれやがったじゃねえか」

 あたしは低く唸り声を絞り出しながら、右の拳をにぎにぎしてその具合を確かめた。

 以前より筋力に大分劣る拳だ。「一撃必殺のミズキ」と呼ばれたかつてのあたしに及ぶはずもないが、今のあたしには神の血を引いたことによるチート魔力がある。

「反省しろ、低級神」

 グゥルル……? と唸っている冥王に向かって、あたしは一歩足を踏み出した。

「拉致監禁は犯罪なんだよ馬鹿やろおおお!!!」

 ゴフゥッッッ!!

 渾身の右フックが奴の顔面(?)を捉え、その巨体は黒い粘液やら飛沫やらを撒き散らしながら、大きく弧を描いて吹っ飛んだ。
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