【完結】冥界の王に閉じ込められている王女だがヤンキーだった記憶が蘇ったので全て拳で解決する

雪野原よる

文字の大きさ
2 / 6

第二話,遠藤

しおりを挟む

「……しぶといな。もう一発いっとくか?」
「すみません、頼む、もう許してくれ……」
「拉致監禁がすみませんで済むなら、世の中に警察も裁判所も要らねえんだよぉ!」

 その数分後。

 あたしはチンピラみたいなノリで、地面に崩れ落ちたイケメンの頭を足でぐりぐりしていた。

 (多分)イケメン。

 あたしの神力拳に吹っ飛ばされて、魔物の体が倒れ伏した後。膨張しきった瘴気が、風船が割れるように溢れて零れ落ちて、地面にねっとりとした染みを作ったそのど真ん中に、半裸の男が横たわっていたのである。

 奴は顔面を地面に埋めて倒れているので、正直、どんな顔をしているのか分からんのだが、剥き出しになった上半身には綺麗な筋肉がついているし、これでも冥界を統べる大神格なので、多分美形なんだろう。知らんけど。

「なあ、あんた、悪事を働いた上になんで闇落ちしてんの? 邪念の塊そのものって感じだったよな。あれが本性?」
「くっ……ごめんなさい……それは、私は凄く寂しかったから……」

 シクシクシク……と啜り泣く声が地面から立ち昇る。

(うわ、うぜえ)

 あたしは辟易した気分で足を下ろし、そのまま男の頭を見下ろした。

 ちくちくした短い白銀色の毛が、形のいい頭を覆っている。前世では本物の銀髪なんて見たことなかったし、それがここまで短く刈り込まれているのもちょっとした驚きだ。

 何かあって一度丸坊主にした後、不揃いに伸びてきているみたいに見える。

(つんつんしてるな。ハリネズミみたいに)

 あたしはそう思いながら、男の肩を蹴飛ばした。力は込めてない。神力を込めなければ、小柄で弱っちいコレーヌの一蹴りなんて、優しいそよ風が吹いたみたいなものだ。

「寂しかった? 何言ってるんだよ、あんたはここの神様で、何でも思いどおりになるんだろ」
「私は眷属もいない神だから……たった一人でここにいて、もう何千年も一人で……。寂しすぎてコレーヌを攫ったのは申し訳なかったが、余計に辛かった。ここに身体はあるのに、中の魂が目覚めないまま、一度も私を見てくれなくて……」
「ふうん、じゃあ、あたしがこうやって目覚めてさぞかし良かったなあ?」

 あたしは若干「ざまあみろ」的な気持ちを乗せて、鼻でせせら笑ったのだが。

「ああ、本当に良かった……コレーヌが目覚めて嬉しい」

 思ったのとはちょっと違った反応が返ってきた。

(ん?)

 ……んん?

 あたしは笑いを引っ込めた。

「……いや、いいってことはないだろ? おとなしい人形みたいな女を期待して攫ったら、凶暴でがさつな女が目覚めたんだぞ? 嘆き悲しめよ」
「いや、嬉しい……コレーヌが元気いっぱいで感動している」
「なあ、あんた、ひょっとして今、嬉し泣きしてんの?」
「ああ、うん、そうだ。そうなんだ」

 男はもぞもぞと起き上がり、あたしは一歩後ろに退いた。物理的にも精神的にも引いている。

(こいつ、本当は滅茶苦茶偉い神格のはずなのになあ)

 微妙にギリシャ神話に似ているけれど、色々異なるこの世界で、こいつは世界を統べる三大主神格のうちの一柱だ。地上を統べる神アゼル(ギリシャ神話でいうとゼウスに当たるやつ)の兄で、冥界の王。名前は相変わらず思い出せないんだが……

(何だったっけ?)

 あたしが眉根を寄せて考えていると、奴の黒い双眼がこちらを見た。死者の王だけあって、深い闇色の目だ。

 でも、闇属性っぽいのはそこだけで、思っていたよりずっと神っぽくないというか、優しげな顔立ちの青年だった。ちょっと垂れた黒い目に、大人びた骨格の顔。年齢不詳だが、目の下にはうっすらとした皺がある。白銀色の髪を長く伸ばして垂らしたら、さぞかし似合うことだろう。実際はイガグリ頭で、なんというか、やんちゃな雰囲気になってるわけだが。

「……なあ、その髪の毛はどうしたんだ?」

 他に訊くべきことは山ほどあったのに、やっぱりそこが気になる。

 冥府の神は涙と泥で汚れた頬を手で擦って、照れたような笑いを浮かべた。……この状況に恥じ入るところはあっても、照れるところはあったか?

「コレーヌの母君が烈火の如く怒っておられて。私は王城の前で跪かされ、髪を剃り落とされた」
「お、おお……そりゃ、娘が拉致されたんじゃ怒るよな。母上グッジョブ」

 そうは言ったものの、あたしはこの世界の母上のことをほとんど思い出せない。魂の入っていなかったコレーヌの見ていた光景は、何重にも曇りガラスを重ねてその向こうから見ているようで、実体のある思い出という感じがしないのだ。

 だけど、母上がたった一人で、夫亡き後、王国を担って立っておられたことは覚えている。王女のあたしが魂無しで生まれて、さぞかし心労をお掛けしたんだろうな。

「母上はお元気か?」
「それは……もう100年以上経っているからなあ」

 神の眉がへにょりと下がった。

「そっか……って、それはお前があたしを拉致監禁したからじゃねえか。許せねえ。なんで母上は、あんたの頭を剃っただけで許したんだ」
「コレーヌの身体には魂が入っていなかったが、いつかは目覚めると信じられていた。しかし人は定命の生き物だから、目覚める前に死んでしまうかもしれない。冥界に赴けば、肉体の時間は止まる。母君は、コレーヌの目覚めに時間が掛かるとみて、それまでは私に預けると仰られた」
「……なるほど?」

 母上にとっても苦渋の判断だったのだろう。

(母上……)

 前世のあたしは、それほど母親と仲が良くなかった。単純に向こうが忙しすぎて、あたしに構う時間が無かった、って感じだけど。

 今世では、あたしが長いこと目覚めなかったせいで、母上と交流する時間が持てなかった。生まれ変わりの記憶があっても、家族との縁は毎回薄いんだな。そう思うと、軽く乾いた笑いが滲む。

(そもそも、前世のあたしはどうして死んだんだっけ)

 ズキリと頭が痛んだ。

「……っ」

 記憶は、全て高校生だった時期のもの止まりだ。喧嘩ばかりしていたあたし、家でも学校でも一人で過ごしていたあたし、ヤンキーと言われつつ割と成績は良かったあたし……成長したあたし、働いてるあたし、家を出たあたしの記憶はない。あたし、高校生のまま死んだのか?

「……コレーヌ?」

 正面からあたしを見下ろしていた神が、不安そうな声であたしを呼んだ。

「んー……」

 痛む額を押さえて、あたしは目を上げて奴を見た。

 ていうか、こいつ、背が高いな。

(あたしは前世と比べて縮んだのに、腹立つわ)

 神様だからか、白いズボンとその周りに巻いた布みたいなの以外は裸で、それで恥じらいもなく堂々としてる。今更恥ずかしがられても、あたしが困るけど。

 両腕を中心に、剥き出しの筋肉の上に植物の蔓が巻きつくように、白と黒の紋様みたいなのが描かれていた。トライバル紋様ってやつか。その模様のせいで、なんだかちょっと強そうに見える。

 しかし、いかに強そうでも、身体がでかくとも、あたしに対して完全に気を抜いてるというか、無防備な構えだから、懐に飛び込んで急所に何度か拳を打ち込めば倒せそうだ。さっきもあたしに殴られたんだから、ちょっとぐらい警戒しろよ。殺られるぞ。機会があったら殺るぞ。

 ……などと、あたしが考えているとは夢にも思わないらしい。神は軽く首を傾げて、あたしを窺うように見て……いや、本当にこいつの名前、何だったっけ?

「あんた、名前は何だったっけ? なんか長ったらしい名前」
「長ったらしい……冥王エンデスヴァルキアだ。その、コレーヌが覚えられないなら、エンデスでもエンデでもいい、好きに呼んでくれ」
「おう、じゃあ、遠藤って呼ぶわ」
「?!」

 奴は衝撃を受けた猫みたいな表情になったが、何も言わなかった。好きに呼べと言ったのはこいつだ。何と思おうとあたしの知ったことではない。

「よし、遠藤。あたしが寝てる間に何があったか教えろ。状況を整理すんぞ」
「いや、その……コレーヌが寝ている間、私はずっとコレーヌの周りを徘徊するばかりで、外部の様子に興味がなく……」
「うわ、使えねーな」
「ならば私が教えてあげるよ」

 その声は、頭上から降ってきた。

 あたしと遠藤が息を呑んで見上げたとき。

 冥界の天が、大きく二つに裂けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

処理中です...