【完結】冥界の王に閉じ込められている王女だがヤンキーだった記憶が蘇ったので全て拳で解決する

雪野原よる

文字の大きさ
3 / 6

第三話,主神 イズ アウト

しおりを挟む
「可愛いお嬢さん。流石は春の女神の血筋、この根暗の巣窟にぱっと花が咲いたようだね。香り高い、珍しくも美しい花だ」

 冥界の天井をぶち破り、ぱらぱらと崩れ落ちてくる破片と眩い陽光を背景にして、人の形をしたモノが降りてきた。

(眩しい)

 暗がりに馴染んだ目がちかちかする。

 暴力的なほどに眩しすぎる。

 これが神の降臨ってやつか?

(神様なら、あたしの隣にも一人いるんだが)

 そいつとは、随分と雰囲気が違う。そりゃ、孤独と妄念を糧に化物になって「ウ……ウゥ……」とか言ってたやつと、輝かしい人型で降りてきたやつと、何から何まで違っているのは当然のことなんだが。

「地上のことが知りたいのなら、この私に任せるのが何よりだ。しかし、まずは君の名前が知りたいな。君の薔薇色の唇から、私のこの耳に囁いてはくれまいか」
「……」

(こいつ……)

 あたしは目を眇めた。

(うぜえ!!!)

 滅茶苦茶苦手なタイプだ。関わり合いになりたくないんだが。

 とた、と軽い足音を立てて、そいつはあたしの前に降り立った。背の高い、上半身裸の青年で、その膚には一面に白い紋様が刻み付けられている。あたしを見下ろす目線の高さ、この体躯の厚み、どこかで見たことがあるんだが……そう、こいつは遠藤と瓜ふたつだった。

 顔立ちや色合いこそ、大分違ってはいる。遠藤は優しげな垂れ目だけれど、こいつは瞬きもしない蛇のような金の目で、あたしの上にひたりと目線を当てたまま動かさない。優雅さの奥に獰猛な欲を隠した、捕食者の目つきだ。

 あたしは深く眉を顰めた。

「……あんた、随分と行儀が悪いな。天井をぶっ壊してやって来るとか、災害すぎるだろ。眩しいし、土埃が凄いんだけど」

 威嚇を込めた、低い声で言う。

 こいつが、あたしの思っているような人物、いや神であれば、名乗らずともすでにあたしの名前は知られているはずだ。あたし自身から名乗ってやる気もなければ、歩み寄るつもりもない。崇めたてまつるつもりは更にない。

(跪くのも馴れ合うのもごめんだからな)

 ひらひらしたスカートの陰で、ぎゅ、と拳を握り締める。

 あたしの拳は、こうやって舐めてかかってくる奴を叩きのめすために鍛えたのだ。

「おやおや」

 そいつは嫌味なほどつるりとした顎に手を当てて、わざとらしい嘆息を洩らした。

「随分と警戒されてしまったものだ。しかし馴れない仔猫を靡かせることもまた一興」
「アゼル」

 詰めた息を吐き出すように、遠藤が言った。

 低く、怒りの篭った呼気で、あたしは遠藤のそんな口調を初めて聞いた。

「アゼル、人妻に興味を持つのは止めろと言っているだろう。お前が処女だろうと熟女だろうと獣だろうと、美人ならば全員公平に抱きたがる神だとは知っているが、無理矢理は主神といえども犯罪だし、人妻を寝取るのはいい加減にしないと駄目だぞ」
「……」

 やっぱりな、という気持ちと、こいつは酷えな、という気持ちが交差した。

(凄く駄目な発言に聞こえるけど、遠藤は本当のことを言ってるだけなんだよな……)

 主神アゼル。

 その性格や所業も、ギリシャ神話のゼウスに対応しているらしい。浮気者で女好き、見境なく女を抱き、しかもその大半が無理矢理。神話的には神の系譜図の拡大とか、陰陽的な意味とか、いろいろ事情があるんだろうが、人間の形をして、この場に顕現してる時点でもうアレだ。最低オブ最低。屑。

(こんなんが最高神とか大丈夫かこの世界)

 今も、アゼルは降り注ぐ陽光を浴びて輝かしく微笑んでいるんだが、その目には一切の優しさも共感もない、等しく人や女を見下げ果てた眼差しだ。その目を見るたび、背筋が不快な感覚でぞわぞわと引き攣る。

「いいじゃないか、エンデスヴァルキア。こんなところで兄上にひっそり仕舞いこまれたままでいるのは如何にも勿体無い。何なら我々で仲良く共有して──」
「アゼル!」

 怒りの篭った声が跳ねた。

 遠藤は大きく肩を動かして息を吸い込み、あたしを庇うように前に出た。

「いい加減にしなさい、と言っただろう。いつまでも衝動に身を任せるのではなく、よく考えて判断を下せ。コレーヌに手を出すなら、冥界はお前の敵に回る」

(……よし、こいつはあたしの盾として使えそうだな)

 よくやった遠藤。頑張れ遠藤。

「全く、昔から面白みのない兄だ」

 アゼルがほうっと嘆息した。

「荒事とは優雅でない。私の愛でた花々は、みな見事な実を結んで歴史に名を残しているよ。そこのお嬢さんもきっと、根暗で女も口説けない童貞より、経験豊富でコミュ強な私を選ぶさ」
「……っ!」

 何やら、痛いところを突かれたらしい。

 遠藤が弾かれたようにあたしを振り向いた。

 こら、遠藤、敵に背中を向けるな。泣きそうな顔で見るんじゃない。お前はお前で拉致監禁野郎だが、そこの有害NTR神と比べたら数億倍マシだからな?

 ……と声高に叱ってやっても良かったのだが、あたしはアゼルの上に冷たい目を据えたまま、遠藤の腕に手を添えてちょっとだけ引っ張った。釣られて身を屈めた遠藤の耳許に囁く。

「……いいか、あいつが反撃してきたら、あたしを援護しろよ」
「……えっ?」

 返事は待たなかった。

 アゼルはあたしを獲物としてしか見ず、心底舐めくさっている。決着をつけるなら今、こいつのガードが下がっているうちに速攻しかない。あたしは一歩踏み込み、

「ハアッ!!」

 渾身の拳を振り抜いて、奴に見舞った。

「──ッ!」

 ヒット!

 鈍い音が地下世界の空隙に響き渡る。

 だが遠藤と違い、奴は吹き飛ばなかった。打撃を受けて上半身がたわんだけれど、落ちない。揺らぐ身体を中心にして、暴風のように光が吹き荒れ、雷鳴の音がどこか遠くで轟いた。渦巻いた魔力がこちらに向かって殺到し──

「コレーヌ!」

 遠藤があたしの前に手を伸ばし、防御の結界を展開した。よし、それでいい。いいぞ! 風の勢いが削がれる。あたしはその隙に、もう一回拳を振り被って、

「失せろ! 二度と来るなこの○○○○屑野郎!!」
「グハッ!」

 今度こそ奴を、地面に叩き伏せた。

 ──You Win!









────

※〇〇〇〇にはお好きな言葉をお入れ下さい(特に正解はありません)
※You Win! は格闘ゲームの勝利画面のアナウンス的なアレです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

処理中です...