【完結】冥界の王に閉じ込められている王女だがヤンキーだった記憶が蘇ったので全て拳で解決する

雪野原よる

文字の大きさ
5 / 6

第五話,一人ぼっち×2

しおりを挟む
 その遠藤に会ったのは、あたしが高二だった夏のことだ。

 ベタベタと群れながら昼飯を食う趣味はないので、その日もあたしはいつも通り、とっときの場所に一人で向かっていた。学校の裏庭のフェンスが破れたところから抜け出すと、植え込みの間に小さな草地があるのだ。座っていれば誰にも見つからないし、寝転がって昼寝をするにも気持ちがいい。

 ところが、その日は先客がいた。

「あれ? ……生徒会長じゃん」

 遠藤生徒会長。長身の眼鏡。育ちのいい坊っちゃんで、頭も良く、誰からも慕われている。あたしが知っている情報はそのぐらいだ。

 ちなみに、あたしのクラスメイトでもある。もっとも、これまでは交流らしき交流も無かったんだが。

 その生徒会長が、広げた弁当を手にあたしを見上げて、驚いた顔をしている。

「まさか。生徒会長が、ぼっち飯?」
「……そうだ。ここは君の場所だったのか? 侵入してすまなかった」
「いや、別にあたしが金払ってるわけでもないしさ」

 立とうとした彼を手で制して、あたしは少し離れたところに座った。

「気にしないで過ごしなよ。あたしも気にしないし」
「……そうか」

 それきり黙って、黙々とそれぞれのぼっち飯を済ませる。あたしは勿論驚いていたし、向こうも驚いただろうけれど、声を掛け合うことはしなかった。

 生徒会長は弁当を、あたしは買ったパンを食って、先に終えた生徒会長が草地から出ていくとき、軽くあたしに目礼しただけだ。

(……なんか予想外だな、生徒会長)

 いつも人に囲まれて、穏やかな顔で受け答えをしている彼は、ぼっち飯を食うようなタイプには到底見えなかった。孤高のヤンキーと名高いあたしに苦言を言うでもないし、非難がましい顔もしない。それどころか、あたしの居場所と見るとすぐさま譲ろうとするなんて。

 割といい奴なのかもしれない。

(まあ、今日は何か事情があってぼっち飯だったのかもしれないしな)

 もうこれきり、出くわすこともないだろう。

 その予想を裏切って、それから毎日、遠藤生徒会長はあたしと同じ場所で飯を食うようになった。同じ場所というだけで、会話もしない。出入りのときに軽く挨拶するだけだから、これは単に一人ぼっちが二人いる、というだけだ。

 そう思っていたんだが。

 やっぱり、遠藤はいい奴だったのだ。

「よお、生徒会長」
「ああ、失礼する」

 あいつが毎回挨拶だけはしてくるので、あたしも挨拶をするようになった。

 あいつが一切あたしを忌避する空気を醸し出さないので(そういうのって、黙ってても伝わってくるよな)、何となくぽつぽつと言葉を交わすようになって、

「会長、毎日ここに来てていいのか?」
「遠藤と呼んでくれ。いつも人と一緒だと、……疲れるんだ」
「へえ、予想外」

 そんな会話から始まり、

「人と合わせるのは疲れるが、一人でいるのも心もとない。俺は中途半端だから……君はいつでも一人で、しっかりと背筋を伸ばして歩いていて、いつも羨ましいと思ってた」
「へえ」

 割と重たい話をぶち込まれるぐらいの仲になっていた。

「人といてもいなくても疲れるから、あたしは楽な方を選んだだけだけどな。一人でいるには強くならなきゃいけないから、ちょっとは鍛えたけどさ」

 自慢の拳をにぎにぎして、にやっと笑ってみせると、遠藤は苦笑した。眼鏡の奥の黒目がちの目は少し垂れていて、優しげな色が宿っている。

「君のそういうところがいいと思う」

 何がいいんだ、何が。とは問わない。

 何だっていいのだ。ちょっとした好意は伝わっている。

 結局、あたしたちは話さなかったことの方が多くて、言葉を交わさなかった時間の方が長い。同じ場所の端と端に座って飯を食ってるだけで、一緒に飯を食ってるという意識も最後まで芽生えなかった。

 黙って座っているだけで、お互いにそこそこの好意を感じている。

 それがあたしたちには最適な距離だったのだと思う。







「結局、あたしも生徒会長も、根っからのぼっちだったからさ……」
「私もぼっちだ」
「うん? そうだな」
「むしろ私の方がより深刻なぼっちだ」
「どうした遠藤、何か張り合ってんの?」

 パチパチ、と火が爆ぜる音が聞こえていた。

 冥界にも夜がやってきて、頭上の亀裂の先ではみっちりと星々がひしめいている。その光だけではあたしには足りないと思ったのか、遠藤(生徒会長じゃなくて冥王のほう)がランタンに火を灯した。

 火のもとが何なのか、あたしには分からない。冥界らしく青くて鬼火みたいな光だ。

(人の魂とかでなきゃいいんだが)

 あたしが考えていると、

「……コレーヌがいなければ、私には何もない」

 隣に腰を下ろしていた遠藤が、低く呟いた。

「私はここで、永遠に孤独だ。コレーヌがいても孤独だが……孤独でないと感じる瞬間がある。その歓びは何にも代えがたい。乾いた喉に染み込む水のようなものだ」
「おいおい、依存かよ。人に頼って孤独を埋めてもらうのってどうかと思うぜ」

 あたしは星を見上げながら言った。

 なんで見上げているかというと、あたしは地面に大の字になって寝ているからだ。あたしが呼び覚まして育てた草地の上に転がって。

 その感触がまた、かつての植え込みの間の草地を思い出させた。

 ふっと、胸の奥に微かな懐かしさと、小さな痛みがわだかまる。

「……でもまあ、あたしも知ってんだよな、そういう気持ち」

 あたしは小さく呟いた。

 孤独が好きな人間とか、本当にいるんだろうか? あたしは一人でいるほうが楽だったけれど、楽だっただけで、好きだったとまでは言えない。そもそも、最初にあたしを置き去りにして孤独にしたのは親だった。その後は、教師。付き合うのが苦痛だなと思って、少しずつ離れた友人たち。

 どのみち人は一人なのだから、生きていくためには強くなったほうがいい。だからあたしは強くなったし、もっと強くなりたい。それでも、孤独の中で引き合う誰か、嵐の海の中で身を休めるための島や洞窟みたいな、一時の心の通じ合いを求めていなかったと、本当に言えるのか?

(あたしは……)






 生徒会長はその気持ちが、あたしよりも強かったのだと思う。

 だから、生徒会長はあたしに恋らしきものをしたのだろう。いや、実際にはっきり聞いてないから知らんけど。思い込みかもしれないけど。

「君と、将来の約束をしたい」

 その日、生徒会長に言われたのはそれだ。

 重々しく告げられて、あたしは危うく咥えていたパンを落っことしそうになった。

(……いや、流石は生徒会長、言うことが重すぎるだろ)

 品行方正、良家の坊っちゃんは、間に色んな男女交際の形があるということを知らんのか? まあ、あたしもよく知らんのだが……

 と思いながら、動揺を押し殺してむしゃむしゃとパンを食んでいると、遠藤はあたしに紙切れを一枚手渡した。

「ん? 何だこれ」
「某遊園地のチケットだ。正式な申込みは観覧車の上でやるものだと聞いた」

(こ、こいつ……)

 いささか慄然としたあたしが奴の顔面を凝視していると、奴はあくまで生真面目そうに、

「チケットの費用は、先日君から分けて貰ったパンのお返しだと思ってもらえればいい」
「いや、なんか違くねーか……?」

 これまでに何度か、弁当を持って来なかった遠藤にパンを分けてやったことは確かだ。金持ちの生徒会長がヤンキーを餌付けするんじゃなくて、ヤンキーが生徒会長を養うってところが新しいよな。そうやって養われて、少しも屈辱を感じてないのが遠藤の変わり者なところだよ。……などと、あたしが現実逃避していると、

「明日、土曜日の11時でいいか? 来て欲しい」
「お、おう……」

 あたしが頷くのを見届けて、遠藤はいつものように目礼をして去っていった。

(何なんだ……)

 混乱。混乱しかない。あたしは草地の上に、ぺったりと腰を落とした。

 がしがしと髪の毛を掻き回す。それでも動揺は鎮まらなかったけれど、心の奥底では分かっていた。

 明日。あたしは遊園地に行くだろう。

 そして何と答えるか……

(まあ、決まってるよな)

 知らずに、口元に笑みが浮かんだ。

 遠藤と心が通じ合ってる、なんて言うつもりはない。何もかもが思い込み、一時の流されかもしれない。でも、衝動のまま草地に寝転んで、青空を見上げたとき、どこか胸が熱くなって、浮かされたような……どこまでも続く孤独の枷が剥がれ落ちて、身体が軽くなったような気がした。

(明日)

 あたしは心の中で繰り返して──それ以降のことは覚えていない。

 前世の記憶はそこで途切れているから、きっと明日は来なかったんだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

処理中です...