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第六話,1000年後の明日に会おう(完結)
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「遠藤! 飯だぞ、飯!」
あたしはお玉で、鉄製の鍋をガンガン叩きながら呼ばわっていた。
冥界にて目覚めて約十ヶ月。
思いのほか寒くはないが、耳を凍らすような風もなく雪もなく、風情もろくに無かった冬を越え、今の季節は春。やっぱり風情というものがない冥界の春だが、あたしの能力は溢れんばかりに開花した。
(春の女神の血筋だもんな)
光の乏しい地下世界に、一面に花が咲き乱れている。あたしが歩くごとに、その後ろの地面から新たな芽が伸び、次の瞬間には蕾が鎌首を伸ばしてぱっと花開く。
幻想的な光景だ。悪くはない。ないんだけど……
(花じゃ食えない!)
そりゃ、食用花なら食えるけどさ……そういうことではないよな……
ということで、今日もあたしの横でぐつぐつ煮えている鍋の中にあるのは、神殿の信者からの貢物の肉、貢物の野菜、貢物の塩と香辛料。その横に貢物のパンと貢物の果物。
この鍋や皿だって、全部貢物として捧げられたやつだ。「あれが欲しい」と遠藤に信者の夢枕に立たせて、無理矢理要求……いや、可愛らしくおねだりさせた結果、手に入れた。
つまり、あたしの健全な食生活は搾取によって成り立っている。
「カツアゲかよ……いや、ピンハネっていうのか?」
自嘲ぎみに呟くと、いつの間にか現れた遠藤が重々しく首を振った。
「きちんと代価は支払っている。敢えて言うなら物々交換では?」
「そうなのか?」
「地下世界の金銀宝石希少金属は全て私の管轄なんだ。神々の中で最も金持ち(※金属的な意味)な神だから、信者は順調に増え続けているよ」
「文字通り、金で信仰を買っていやがる……」
呆れて天を仰ぐあたしの前で、遠藤はお行儀よくテーブルに着席して、あたしの作る飯を待っている。別にこいつを餌付けしたいわけではないんだが、あたしはちゃんとした飯が食いたいし、作ったからには勿体無いのでこいつを呼び付けて、一緒に食う。
(……いや、遠藤は食わなくても死なない神なんだから、むしろ食わせるのは勿体無いのか?)
でも、あたしが飯を食わせるようになってから、遠藤の神力は増えた。身体の表膚に刻まれた紋様は金色に輝くようだし、白銀の髪は長く伸びて背中を覆っている。使い魔も増えたらしく、最近、冥界の洞窟でケロベロスの仔犬が五匹も生まれたので、そのうちあたしのペットとして連れてくると嬉しそうに言っていた。家庭を持ったらすぐに犬を飼いたがる乙女かよ。
「何もかもコレーヌのお陰だ、有難う」
あたしの目線に気が付くと、遠藤は爽やかな笑顔で言った。
「お、おう」
恥じらうでもなくサラッとお礼を言ってくる辺り、かつての遠藤生徒会長に似てるんだよな。というか、最近になってあたしは思い至ったんだが、こいつ、遠藤生徒会長の生まれ変わりなんじゃないのか。あたしがかつての夏場ミズキの生まれ変わりであるように。
(目がそっくりなんだよな)
スープの皿を手渡しながら、あたしは遠藤を眺める。
育ちが良くて、どことなく品がいいとことか。ぼっちなとことか。割と突拍子もない事をやってのけるとことか。
「コレーヌ、どうした?」
「いや、別に」
すとんと椅子に腰を下ろして、あたしは食事に取り掛かった。今日の貢物の肉は猪肉だ。前世では馴染みのないものばかり食わされてるのだが、この猪は半ば家畜化されて豚に近くなったやつらしく、味はほとんど豚。でも、とても濃厚で森の木のような匂いがする。
(神話時代だもんな)
沢山ナッツを焼き込んだパンも、たまに献上されるミルクも味が濃い。旬のものしか送られてこないし、そのうちあたしもグルメになって食レポとか始めそうな気がする。
「美味いな」
「ああ、美味い」
食レポとは程遠い感想が口から出た。
冥界の風、とも言えないような微かな空気の流れが、あたしの髪をそっと揺らす。ここは相変わらず廃墟の中、頭上の亀裂はもう大部分が塞がって、薄く太陽の光を零しているだけだ。
あたしが毎日、日の光の下で過ごせるようにと、遠藤は少しばかり場所を整えてくれた。廃墟の中とはいえ、炊事場もあるし、寝っ転がるソファや仮眠用のベッドもある。いささか唐突でシュールな光景だけど。ただ、眠るとなれば陽光は要らないので、あたしも遠藤の暮らす冥界城の一室を占拠して、夜はそちらで眠ることにしている。やっぱり寝るときは壁があった方が落ち着くんだよな。
遠藤はあたしの側を離れたくないらしいのだが、
「今日もいっぱい働いてきたんだろうな?」
「魂の瓶詰めを山ほど作った。信者を千人増やした。裁きの魔女と忘却の川の守人と会談した。面倒な連中にはお帰り頂いた」
「ふーん」
あたしは気のない相槌を打ちながら、遠藤の前に手作りのプリンをコトリ、と置いてやった。超濃厚な味がする卵で作ったやつだから、滅茶苦茶濃厚で美味いやつが出来るのだ。
こいつが何の仕事をしているのか、あたしにはよく分からないんだが。
(人生初の舎弟みたいなもんだからな)
嬉々としてプリンを食っている遠藤を眺める。
舎弟なら、それなりに大切にして、可愛がってやんないとな。
「コレーヌ」
「どうした? ……夜這いか?」
そう問い掛けてしまったあたしは悪くないと思う。
とっぷり日も暮れて、あたしが冥界城に赴き、寝台に潜り込んでからかなりの時間が経つ。唐突に現れた遠藤は、暗いランプ一つを手にしているだけだった。長身の身体は下から照らされて恐怖映画さながらだし、これが肝試しでもないなら、夜半に現れる復讐の殺人鬼か何かみたいだ。
少なくとも舎弟のやることじゃない。
「よ……夜這い?」
ここで動揺するのが、遠藤と弟神との違いなんだよな。そして、拉致監禁野郎でありながら、あたしがこいつをぎりぎり許しているポイントでもある。
「突然来といてお前が焦るなよ。まあいいから、座れ」
あたしはむくりと起き上がって、毛布を身体に巻き付けて寝台の端に座った。宥めるように、寝台をぽんぽん叩いて促してやる。
「……」
遠藤は、座ろうとしなかった。
ただ立って、絶望の極致みたいな表情と目付きで、じっとあたしを見下ろしている。神らしい美貌が血の気を失って、余計に人外の空気を醸し出していた。こいつ、悲劇の神に職替えでもしたのか?
「どうした?」
「……魔女の総会が、コレーヌについて占ったんだ。その結果、幾つか新しいことが分かった。第一に、コレーヌの魂は完全に欠けていて、本来ならこの世では決して目覚めるはずではなかったという」
「……へえ?」
確かにそれは新事実だ。
眠気が削がれて、にわかに緊張感が高まった。あたしがじっと遠藤を見返すと、
「今コレーヌに入っている魂は、1000年後の未来から来たものだ。将来、神々の威光は緩やかに弱まって消滅し、人の世が始まる。その時代に人として生まれ変わったコレーヌの魂だ。私があまりに希って呼んだから、強引に呼び寄せてしまったのかもしれない」
「……んん?」
あたしは眉根を寄せた。
つまり。
遠藤生徒会長と約束を交わしたあの日、あたしの魂はこっちに引っ張られて来た?
あたしは人間のまま死んで、この世界に生まれ変わったのではない。コレーヌとして生まれて1000年後、夏場ミズキとして生まれ変わる予定、ってことなのか?
「……それで、あたしの魂は、元いたところに帰れんの?」
「帰れる」
そう言ったときの遠藤の目は、見たこともないほど悲しそうだった。
「私が呼んだのだから、私が君の魂を向こうに送り届けるべきなんだろう。時の流れを超えるのは神であっても非常に困難な業だから、私はもう、こうして生き生きと動いている君には二度と会えないが……これがきっと、私に科せられた罰なんだ。本当は、やってはいけないことをしたと分かっていた……でもどうしても、手を伸ばさずにはいられなかった。君だけが……君だけが、この焼け付くような孤独の中で、満たしてくれると知っていたから」
「……」
軽口で混ぜっ返すのも何だな。
あたしは当惑しながらも、遠藤に真剣な目線を向けたままでいた。
遠藤は溜息をついた。
「今でも君が恋しい。恋しいんだ。手を伸ばして触れれば、この胸の孤独を埋められる気がして。君に触れたい」
「お、おう」
「でも、それだけではいけないんだろう。私の欲だけでは。私はこうして君を知った。君の笑顔を見た……君が望むのであれば従いたい。君の望みどおり、1000年後の未来へ送ってやりたい」
暗がりの中で、遠藤の目が光の反映を灯してあたしを見ていた。
飢え渇いた者の目。
これが恋慕というやつなのだと、あたしは思った。綺麗事でも何でもない、ひたすらに求める者の目。
「1000年後ね……」
あたしは目を眇めた。
(あたしの予想とはちょっと違ったけど、やっぱりあんたは遠藤なんだろうな)
あたしの中で、その確信はもう動かしがたいものになっていた。
──あんたは1000年後の未来で、あたしを待っている遠藤になる。
いや、いつか時を経て「明日」に至るのであれば、待つのは遠藤じゃなくてあたしの方だよな。更に言えば、別に「待つ」っていう感じでもないし。これからの1000年間をこの冥界で遠藤と過ごして、いずれ未来の「遠藤生徒会長」と巡り合う。
それで万事丸く収まるんじゃね?
「あたしはこのままここにいるよ」
あたしが穏やかに言うと、遠藤が心底仰天した顔をした。その驚きっぷりに、神なのに心臓は大丈夫かと不安になったほどだ。
「コ、コレーヌ?」
「まだまだ鍛えたいしさ。1000年もあれば修行には十分だろ。神よりも強くなって、『一撃必殺のミズキ』として生まれ変わるんだ。な、それでいいだろ? 特に問題ないよな?」
拳をにぎにぎしながら、あたしがにやっと笑うと、
「コ、コ、コレーヌ~~!!!」
抱き着いてきた遠藤にもみくちゃにされた。お前は犬か。犬だな。大型犬だけど。
「泣くなよ、遠藤」
「だって、これは……泣くだろう……!」
「ぐしゃぐしゃじゃねえか……仕方ねえな、よしよし」
遠藤の手触りのいい白銀色の髪を撫でながら、あたしは眉を寄せて笑った。
本当に仕方がない奴だな。だから、
(1000年後の明日に会おうな、遠藤)
──それで、一緒に観覧車に乗ろうぜ。
あたしはお玉で、鉄製の鍋をガンガン叩きながら呼ばわっていた。
冥界にて目覚めて約十ヶ月。
思いのほか寒くはないが、耳を凍らすような風もなく雪もなく、風情もろくに無かった冬を越え、今の季節は春。やっぱり風情というものがない冥界の春だが、あたしの能力は溢れんばかりに開花した。
(春の女神の血筋だもんな)
光の乏しい地下世界に、一面に花が咲き乱れている。あたしが歩くごとに、その後ろの地面から新たな芽が伸び、次の瞬間には蕾が鎌首を伸ばしてぱっと花開く。
幻想的な光景だ。悪くはない。ないんだけど……
(花じゃ食えない!)
そりゃ、食用花なら食えるけどさ……そういうことではないよな……
ということで、今日もあたしの横でぐつぐつ煮えている鍋の中にあるのは、神殿の信者からの貢物の肉、貢物の野菜、貢物の塩と香辛料。その横に貢物のパンと貢物の果物。
この鍋や皿だって、全部貢物として捧げられたやつだ。「あれが欲しい」と遠藤に信者の夢枕に立たせて、無理矢理要求……いや、可愛らしくおねだりさせた結果、手に入れた。
つまり、あたしの健全な食生活は搾取によって成り立っている。
「カツアゲかよ……いや、ピンハネっていうのか?」
自嘲ぎみに呟くと、いつの間にか現れた遠藤が重々しく首を振った。
「きちんと代価は支払っている。敢えて言うなら物々交換では?」
「そうなのか?」
「地下世界の金銀宝石希少金属は全て私の管轄なんだ。神々の中で最も金持ち(※金属的な意味)な神だから、信者は順調に増え続けているよ」
「文字通り、金で信仰を買っていやがる……」
呆れて天を仰ぐあたしの前で、遠藤はお行儀よくテーブルに着席して、あたしの作る飯を待っている。別にこいつを餌付けしたいわけではないんだが、あたしはちゃんとした飯が食いたいし、作ったからには勿体無いのでこいつを呼び付けて、一緒に食う。
(……いや、遠藤は食わなくても死なない神なんだから、むしろ食わせるのは勿体無いのか?)
でも、あたしが飯を食わせるようになってから、遠藤の神力は増えた。身体の表膚に刻まれた紋様は金色に輝くようだし、白銀の髪は長く伸びて背中を覆っている。使い魔も増えたらしく、最近、冥界の洞窟でケロベロスの仔犬が五匹も生まれたので、そのうちあたしのペットとして連れてくると嬉しそうに言っていた。家庭を持ったらすぐに犬を飼いたがる乙女かよ。
「何もかもコレーヌのお陰だ、有難う」
あたしの目線に気が付くと、遠藤は爽やかな笑顔で言った。
「お、おう」
恥じらうでもなくサラッとお礼を言ってくる辺り、かつての遠藤生徒会長に似てるんだよな。というか、最近になってあたしは思い至ったんだが、こいつ、遠藤生徒会長の生まれ変わりなんじゃないのか。あたしがかつての夏場ミズキの生まれ変わりであるように。
(目がそっくりなんだよな)
スープの皿を手渡しながら、あたしは遠藤を眺める。
育ちが良くて、どことなく品がいいとことか。ぼっちなとことか。割と突拍子もない事をやってのけるとことか。
「コレーヌ、どうした?」
「いや、別に」
すとんと椅子に腰を下ろして、あたしは食事に取り掛かった。今日の貢物の肉は猪肉だ。前世では馴染みのないものばかり食わされてるのだが、この猪は半ば家畜化されて豚に近くなったやつらしく、味はほとんど豚。でも、とても濃厚で森の木のような匂いがする。
(神話時代だもんな)
沢山ナッツを焼き込んだパンも、たまに献上されるミルクも味が濃い。旬のものしか送られてこないし、そのうちあたしもグルメになって食レポとか始めそうな気がする。
「美味いな」
「ああ、美味い」
食レポとは程遠い感想が口から出た。
冥界の風、とも言えないような微かな空気の流れが、あたしの髪をそっと揺らす。ここは相変わらず廃墟の中、頭上の亀裂はもう大部分が塞がって、薄く太陽の光を零しているだけだ。
あたしが毎日、日の光の下で過ごせるようにと、遠藤は少しばかり場所を整えてくれた。廃墟の中とはいえ、炊事場もあるし、寝っ転がるソファや仮眠用のベッドもある。いささか唐突でシュールな光景だけど。ただ、眠るとなれば陽光は要らないので、あたしも遠藤の暮らす冥界城の一室を占拠して、夜はそちらで眠ることにしている。やっぱり寝るときは壁があった方が落ち着くんだよな。
遠藤はあたしの側を離れたくないらしいのだが、
「今日もいっぱい働いてきたんだろうな?」
「魂の瓶詰めを山ほど作った。信者を千人増やした。裁きの魔女と忘却の川の守人と会談した。面倒な連中にはお帰り頂いた」
「ふーん」
あたしは気のない相槌を打ちながら、遠藤の前に手作りのプリンをコトリ、と置いてやった。超濃厚な味がする卵で作ったやつだから、滅茶苦茶濃厚で美味いやつが出来るのだ。
こいつが何の仕事をしているのか、あたしにはよく分からないんだが。
(人生初の舎弟みたいなもんだからな)
嬉々としてプリンを食っている遠藤を眺める。
舎弟なら、それなりに大切にして、可愛がってやんないとな。
「コレーヌ」
「どうした? ……夜這いか?」
そう問い掛けてしまったあたしは悪くないと思う。
とっぷり日も暮れて、あたしが冥界城に赴き、寝台に潜り込んでからかなりの時間が経つ。唐突に現れた遠藤は、暗いランプ一つを手にしているだけだった。長身の身体は下から照らされて恐怖映画さながらだし、これが肝試しでもないなら、夜半に現れる復讐の殺人鬼か何かみたいだ。
少なくとも舎弟のやることじゃない。
「よ……夜這い?」
ここで動揺するのが、遠藤と弟神との違いなんだよな。そして、拉致監禁野郎でありながら、あたしがこいつをぎりぎり許しているポイントでもある。
「突然来といてお前が焦るなよ。まあいいから、座れ」
あたしはむくりと起き上がって、毛布を身体に巻き付けて寝台の端に座った。宥めるように、寝台をぽんぽん叩いて促してやる。
「……」
遠藤は、座ろうとしなかった。
ただ立って、絶望の極致みたいな表情と目付きで、じっとあたしを見下ろしている。神らしい美貌が血の気を失って、余計に人外の空気を醸し出していた。こいつ、悲劇の神に職替えでもしたのか?
「どうした?」
「……魔女の総会が、コレーヌについて占ったんだ。その結果、幾つか新しいことが分かった。第一に、コレーヌの魂は完全に欠けていて、本来ならこの世では決して目覚めるはずではなかったという」
「……へえ?」
確かにそれは新事実だ。
眠気が削がれて、にわかに緊張感が高まった。あたしがじっと遠藤を見返すと、
「今コレーヌに入っている魂は、1000年後の未来から来たものだ。将来、神々の威光は緩やかに弱まって消滅し、人の世が始まる。その時代に人として生まれ変わったコレーヌの魂だ。私があまりに希って呼んだから、強引に呼び寄せてしまったのかもしれない」
「……んん?」
あたしは眉根を寄せた。
つまり。
遠藤生徒会長と約束を交わしたあの日、あたしの魂はこっちに引っ張られて来た?
あたしは人間のまま死んで、この世界に生まれ変わったのではない。コレーヌとして生まれて1000年後、夏場ミズキとして生まれ変わる予定、ってことなのか?
「……それで、あたしの魂は、元いたところに帰れんの?」
「帰れる」
そう言ったときの遠藤の目は、見たこともないほど悲しそうだった。
「私が呼んだのだから、私が君の魂を向こうに送り届けるべきなんだろう。時の流れを超えるのは神であっても非常に困難な業だから、私はもう、こうして生き生きと動いている君には二度と会えないが……これがきっと、私に科せられた罰なんだ。本当は、やってはいけないことをしたと分かっていた……でもどうしても、手を伸ばさずにはいられなかった。君だけが……君だけが、この焼け付くような孤独の中で、満たしてくれると知っていたから」
「……」
軽口で混ぜっ返すのも何だな。
あたしは当惑しながらも、遠藤に真剣な目線を向けたままでいた。
遠藤は溜息をついた。
「今でも君が恋しい。恋しいんだ。手を伸ばして触れれば、この胸の孤独を埋められる気がして。君に触れたい」
「お、おう」
「でも、それだけではいけないんだろう。私の欲だけでは。私はこうして君を知った。君の笑顔を見た……君が望むのであれば従いたい。君の望みどおり、1000年後の未来へ送ってやりたい」
暗がりの中で、遠藤の目が光の反映を灯してあたしを見ていた。
飢え渇いた者の目。
これが恋慕というやつなのだと、あたしは思った。綺麗事でも何でもない、ひたすらに求める者の目。
「1000年後ね……」
あたしは目を眇めた。
(あたしの予想とはちょっと違ったけど、やっぱりあんたは遠藤なんだろうな)
あたしの中で、その確信はもう動かしがたいものになっていた。
──あんたは1000年後の未来で、あたしを待っている遠藤になる。
いや、いつか時を経て「明日」に至るのであれば、待つのは遠藤じゃなくてあたしの方だよな。更に言えば、別に「待つ」っていう感じでもないし。これからの1000年間をこの冥界で遠藤と過ごして、いずれ未来の「遠藤生徒会長」と巡り合う。
それで万事丸く収まるんじゃね?
「あたしはこのままここにいるよ」
あたしが穏やかに言うと、遠藤が心底仰天した顔をした。その驚きっぷりに、神なのに心臓は大丈夫かと不安になったほどだ。
「コ、コレーヌ?」
「まだまだ鍛えたいしさ。1000年もあれば修行には十分だろ。神よりも強くなって、『一撃必殺のミズキ』として生まれ変わるんだ。な、それでいいだろ? 特に問題ないよな?」
拳をにぎにぎしながら、あたしがにやっと笑うと、
「コ、コ、コレーヌ~~!!!」
抱き着いてきた遠藤にもみくちゃにされた。お前は犬か。犬だな。大型犬だけど。
「泣くなよ、遠藤」
「だって、これは……泣くだろう……!」
「ぐしゃぐしゃじゃねえか……仕方ねえな、よしよし」
遠藤の手触りのいい白銀色の髪を撫でながら、あたしは眉を寄せて笑った。
本当に仕方がない奴だな。だから、
(1000年後の明日に会おうな、遠藤)
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