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1.最高の尻尾持ち、それが私
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「ああ~、ふわふわさいこう~」
喉の奥から唸るような声を立て、ふわふわの尻尾を抱き締める。
ふわんふわん。地上に降りた雲かと思うほどの空気感、ふっくら感。極上の絹糸のような艶光りする繊細な毛並み。
こんな素晴らしいものが他にあるか。
これを知ることが出来たと思うと、前世で戦に明け暮れてどす黒い青春の日々を費やした上、最後は冤罪を仕掛けられてあっけなく殺されたとか、そんなことはもはや些末事のような気がする。いや、些末ではないし、どうでもいい事でもないが。この世は因果応報、悪も善もいずれは巡るものであるべき。だがそれはそれとして、今の私は。
「ああ~、なんという素晴らしい尻尾に恵まれたのだ、私は」
むぎゅっ! ふわっ! ふわふわだ!
「むふふふふふ」
私が怪しい声を垂れ流していると、頭上から呆れたような声が降ってきた。
「今日もまた、自分の尻尾と戯れておるのか、娘よ」
いかめしい声である。だが、高い。釘が擦り合わされたような音である。だが、威厳は満ち満ちている。なんというカオスな組み合わせ。
両手でぎゅっと尻尾を抱いたまま、私は顔を上げて見つめた。階段の数段上から、我が威風堂々たる父上が、黒くつぶらな目をキッといからせてこちらを見下ろしていらっしゃった。なぜ高所に立っておられるのかというと、私(リス獣形)と父上(リス獣形)はどちらもほぼ同じ大きさ、同じ目線の高さだからである。父上の威厳は高所や踏み台によって守られている。
身長約20センチメートル。私とよく似たふわふわな尻尾をぴんと立て、すっくと背を伸ばし、小さな手には大きな木の実を数個握り締めている。私を睨みながらカリカリカリ……と齧り、たまにぴくりとして手を止め、二、三秒経ってからまたカリカリカリ、と齧り始める。
「良いか、レティアンナよ」
カリカリカリ。
「お前はこの暗黒魔法大臣の一人娘なのだ。日々自分の尻尾に耽溺しておるのは別に良いが……」
良いのか。
「もっとこう、世界を惑乱の渦に叩き込む暗黒魔法を習得するとか、悪辣非道な軍勢を率いるとか、やるべきことは沢山あるであろう」
カリカリカリカリカリカリ……
「あの、父上」
「何だ、娘よ」
「その木の実美味しそうですね、下さい」
「悪の片鱗を見せおったな、こやつめ!」
父上は何故か嬉しそうな声を出して、私に木の実を分けてくれた。噛むと芳醇なナッツ臭と甘みが広がる。
「おお、最高グレードのホブネイルナッツではないですか、父上」
「ふ、評議会の議長が送ってよこした貢物だ。どのような贈賄を送ればよいか、よく分かっておるようだな。だが、愚かだ。このような収賄の悪癖が横行した組織など、長くは保つまい」
ナッツ類はむしろ、賄賂としては悪辣の度合いが低すぎるのではないかと思うが。
世の中に新たな悪癖を広めたことで満足している父上に、余計な水は差すまい。
「ご心配には及びませぬ、父上。私はすでに数多の悪辣プランに従事しております」
「そうなのか?」
「はい。世界を滅ぼすに足る隕石魔法はすでに習得しております。我が手足となって動く配下はすでに5320人。今後も増え続ける見込みでございます。我が号令の一つで、世をカオスの極みに叩き落とすでありましょう」
「む、むう」
カリカリしながら父上が唸った。両耳がぴんと立つ。
「お前は幼女の頃から稀に見る悪の才能を所持していたが、その才能に安住せず更なる高みを目指しておったのだな。正直、ただの尻尾狂いかと思っておった。立派に育ってくれて、父は嬉しいぞ……」
黒い目が潤む。片手でごしごしっと擦り、それからナッツをカリカリし、再び目を擦り、それからカリカリ……三巡もした頃には、父上はすっかりいつもの調子に戻っていた。
「よし、我が娘レティアンナよ! その才を活かし、我が後継としてこの世に暗黒を解き放ってみせよ!」
「はい、父上」
片手にナッツ、片手に自分の尻尾を抱えながら私は答えた。カリカリカリ……私と父上の咀嚼音がリズミカルに絡み合い響き渡る。
私はレティアンナ。このガルムドア王国の暗黒魔法大臣を務める父上の一人娘にして、誇り高く愛らしいリス獣人である。ついでに前世の記憶持ちだ。
前世の私は人族の戦士で、カシュリールと名付けられた巨大な戦斧を振るい、帝国四天王中最強と言われた女であった。筋骨隆々の見事な体躯は2m弱。今の私の100倍の大きさである。だが、その前世と比べて、今の私が戦闘力に劣るとは思われない。
(見よ、この麗しき姿)
身体をすっぽり包み込めるようなふわっふわの尻尾。抜群の癒やし効果だけではなく、至高のお布団でもある。ぴんと伸びた美しい耳毛。つぶらな瞳。この瞳を見て魅了されない者などいない。何より、攻撃しにくい。この目を見て、この容姿を見て、私に攻撃を仕掛けてくる者がいるとしたら、まず間違いなく精神破綻者であろう。もしくはこの尻尾の豪華さに目がくらんだ愚か者か。
その見た目に加え、私には前世で会得した魔法と戦法がある。つまり恐ろしく強くて隙が無い。いずれは戦場に打って出て、前世の私を貶めた者どもに鉄槌を下してやる予定である。
だが、今は。ナッツ美味いな。すごく美味い。
喉の奥から唸るような声を立て、ふわふわの尻尾を抱き締める。
ふわんふわん。地上に降りた雲かと思うほどの空気感、ふっくら感。極上の絹糸のような艶光りする繊細な毛並み。
こんな素晴らしいものが他にあるか。
これを知ることが出来たと思うと、前世で戦に明け暮れてどす黒い青春の日々を費やした上、最後は冤罪を仕掛けられてあっけなく殺されたとか、そんなことはもはや些末事のような気がする。いや、些末ではないし、どうでもいい事でもないが。この世は因果応報、悪も善もいずれは巡るものであるべき。だがそれはそれとして、今の私は。
「ああ~、なんという素晴らしい尻尾に恵まれたのだ、私は」
むぎゅっ! ふわっ! ふわふわだ!
「むふふふふふ」
私が怪しい声を垂れ流していると、頭上から呆れたような声が降ってきた。
「今日もまた、自分の尻尾と戯れておるのか、娘よ」
いかめしい声である。だが、高い。釘が擦り合わされたような音である。だが、威厳は満ち満ちている。なんというカオスな組み合わせ。
両手でぎゅっと尻尾を抱いたまま、私は顔を上げて見つめた。階段の数段上から、我が威風堂々たる父上が、黒くつぶらな目をキッといからせてこちらを見下ろしていらっしゃった。なぜ高所に立っておられるのかというと、私(リス獣形)と父上(リス獣形)はどちらもほぼ同じ大きさ、同じ目線の高さだからである。父上の威厳は高所や踏み台によって守られている。
身長約20センチメートル。私とよく似たふわふわな尻尾をぴんと立て、すっくと背を伸ばし、小さな手には大きな木の実を数個握り締めている。私を睨みながらカリカリカリ……と齧り、たまにぴくりとして手を止め、二、三秒経ってからまたカリカリカリ、と齧り始める。
「良いか、レティアンナよ」
カリカリカリ。
「お前はこの暗黒魔法大臣の一人娘なのだ。日々自分の尻尾に耽溺しておるのは別に良いが……」
良いのか。
「もっとこう、世界を惑乱の渦に叩き込む暗黒魔法を習得するとか、悪辣非道な軍勢を率いるとか、やるべきことは沢山あるであろう」
カリカリカリカリカリカリ……
「あの、父上」
「何だ、娘よ」
「その木の実美味しそうですね、下さい」
「悪の片鱗を見せおったな、こやつめ!」
父上は何故か嬉しそうな声を出して、私に木の実を分けてくれた。噛むと芳醇なナッツ臭と甘みが広がる。
「おお、最高グレードのホブネイルナッツではないですか、父上」
「ふ、評議会の議長が送ってよこした貢物だ。どのような贈賄を送ればよいか、よく分かっておるようだな。だが、愚かだ。このような収賄の悪癖が横行した組織など、長くは保つまい」
ナッツ類はむしろ、賄賂としては悪辣の度合いが低すぎるのではないかと思うが。
世の中に新たな悪癖を広めたことで満足している父上に、余計な水は差すまい。
「ご心配には及びませぬ、父上。私はすでに数多の悪辣プランに従事しております」
「そうなのか?」
「はい。世界を滅ぼすに足る隕石魔法はすでに習得しております。我が手足となって動く配下はすでに5320人。今後も増え続ける見込みでございます。我が号令の一つで、世をカオスの極みに叩き落とすでありましょう」
「む、むう」
カリカリしながら父上が唸った。両耳がぴんと立つ。
「お前は幼女の頃から稀に見る悪の才能を所持していたが、その才能に安住せず更なる高みを目指しておったのだな。正直、ただの尻尾狂いかと思っておった。立派に育ってくれて、父は嬉しいぞ……」
黒い目が潤む。片手でごしごしっと擦り、それからナッツをカリカリし、再び目を擦り、それからカリカリ……三巡もした頃には、父上はすっかりいつもの調子に戻っていた。
「よし、我が娘レティアンナよ! その才を活かし、我が後継としてこの世に暗黒を解き放ってみせよ!」
「はい、父上」
片手にナッツ、片手に自分の尻尾を抱えながら私は答えた。カリカリカリ……私と父上の咀嚼音がリズミカルに絡み合い響き渡る。
私はレティアンナ。このガルムドア王国の暗黒魔法大臣を務める父上の一人娘にして、誇り高く愛らしいリス獣人である。ついでに前世の記憶持ちだ。
前世の私は人族の戦士で、カシュリールと名付けられた巨大な戦斧を振るい、帝国四天王中最強と言われた女であった。筋骨隆々の見事な体躯は2m弱。今の私の100倍の大きさである。だが、その前世と比べて、今の私が戦闘力に劣るとは思われない。
(見よ、この麗しき姿)
身体をすっぽり包み込めるようなふわっふわの尻尾。抜群の癒やし効果だけではなく、至高のお布団でもある。ぴんと伸びた美しい耳毛。つぶらな瞳。この瞳を見て魅了されない者などいない。何より、攻撃しにくい。この目を見て、この容姿を見て、私に攻撃を仕掛けてくる者がいるとしたら、まず間違いなく精神破綻者であろう。もしくはこの尻尾の豪華さに目がくらんだ愚か者か。
その見た目に加え、私には前世で会得した魔法と戦法がある。つまり恐ろしく強くて隙が無い。いずれは戦場に打って出て、前世の私を貶めた者どもに鉄槌を下してやる予定である。
だが、今は。ナッツ美味いな。すごく美味い。
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