2 / 10
2.キノコも美味い
しおりを挟む
「この世に災厄を振り撒き、暗黒魔法の闇をもたらす事こそ我らが務め。して、最初の一手は何とするつもりだ、レティアンナ?」
「まずはキノコを狩りに行こうかと思います」
「ふむ、なるほど」
父上は頷いた。黒いビーズのように煌めく双眼は、思慮深く賢そうに細められている。
ふわっふわモフモフなだけではなく、余人には無い気品と悪のオーラに包まれている、それが我が父上だ。流石はこの国の知の随一、暗黒魔法大臣を奉職する大人物である。
「キノコは美味いからな」
「まさにその通りです、父上」
キノコ、木苺、ナッツ、ナッツ、ナッツ……この世はリス獣人にとって美味いもので溢れている。それらを飽くまで食らい尽くすことで、我らが種族は更なる力を蓄え、世界の頂点に座すことが出来るであろう。
「……と、いうわけで、今からキノコ狩りに行くぞ、ユーグ!」
「え、今なんて?」
屋敷の前で、厩から引き出した馬に鞍を着けていた私の従者は、面食らったように振り返った。
地味な茶髪に茶色の目。特に秀でたところのない平凡な顔立ち。獣人ではなく人族の若者である。人波に混じれば一瞬で埋没してしまいそうな彼に、唯一変わったところがあるとすれば、前世の記憶があることぐらいだろう。
前世の名前はユーグ。今生の名前もユーグだ。
「父君のご命令で、世界を混沌の渦に叩き落としに行くって言ってませんでした?」
「だからキノコ狩りに行くのだ」
「だから、何で?」
彼は腑に落ちていない様子だが、私はそんな彼を小さな足でぐいぐいと押した。とにかく馬に跨れ、と促す。その背中に藤で出来た籠を背負わせ、ナイフと手袋を装着させる。よし、準備完了。ざっと確認を終えてから、私はひらりとユーグの肩に飛び乗った。
「御託はいい。さっさと行くぞ、ユーグ」
「はあ……この強引さ、不条理さ、前世の貴方と変わりないですね」
溜息を吐きつつ、彼は私の命令に従った。
前世の彼もそうだった。戦いの時こそ大して役に立たなかったが、私の周りに付きまとって小間使いのように忙しく立ち働き、その素朴さゆえか「帝国軍の働き蜂」と呼ばれて周囲に愛されていた。何の罪もない若者だったのに、最後は私と共に陥れられて処刑された。
彼まで生まれ変わるとは、思ってもみなかったことだ。
生まれ変わったのなら、今度は幸せに生きて欲しい。彼なら可愛らしい妻と子に囲まれて、絵に描いたように平凡でのどかな、穏やかな暮らしを全うできるだろう。……だが、彼はいつの間にか私を探し当てて、当然のような顔をして従者の座に収まっていた。まあ仕方ない、今生の私はこんなに素晴らしい尻尾持ちなのだ。すぐ近くに居て仕えたいと思う気持ちも分かる。
「……お前には以前、気の毒なことをしたからな。一度ぐらいはこの豪華な尻尾をモフらせてやってもいい」
「唐突ですね? いつのことですか? 心当たりならやたらありますが……尻尾一つ、いや、尻尾一回で許されると思っているのが閣下らしいというか何というか」
「ふふ、そう褒めるな」
「褒めてませんよ?!」
ごちゃごちゃ言いつつも、私が小さな指を立てて指示する向きに従って、彼は深い森の中に馬を走らせていく。
馬の蹄が枯れ葉を踏んで、シャリ、という音が響き渡る。季節が冬に向かうにつれて、木々の葉は落ち始めていたけれど、未だに半ば残った黄、赤、緑の葉が入り乱れていた。
大地もまた、緑の葉と枯れ草のまだら模様だ。その中に点々と輪を描いて、赤いキノコの笠が頭を覗かせていた。それが目に入った途端、私はユーグの腕に沿って駆け下りた。一番大きく笠が開いたキノコの上にぴょんと飛び乗って、小さな両足を踏ん張って反り返る。
「見ろ、ユーグ」
「はい?」
「赤いキノコの上に乗った可憐なリスだ。どうだ?」
「どうだ、と言われましても……キノコの上に乗ったリスだな、と」
従者の顔には困惑の色しか見えない。
面白みのない奴だ。美的センスというものが無い。これで、栗の皮のような髪色をしていなかったら、前世の部下とはいえ放逐してやるところなのだが。
(栗の皮……ツンツンした栗のイガに見えなくもないな)
ほどよく日に焼けて、そばかすの散る黄金色の肌もナッツのようでそう悪くない。
「ナッツのお陰で命拾いしたな、ユーグ」
「閣下のナッツ語は何を言ってるのか全然分かりませんね……まあいいですけど」
ぶつくさ言いながら、ユーグは地面に膝をついてキノコを刈り取り始めた。流石は働き蜂である。私はその場で新鮮なキノコをひとしきり囓っていたが、程なく飽きて、ユーグの背負籠の中にするりと滑り込んだ。
刈り取ったばかりのキノコが籠の中に放り込まれるたび、ぱらぱらと私の頭上から降ってくる。私はそれを適当に選り好みしては、気に入ったものを口に運んだ。
「美味い」
「そうですか。今夜はキノコ鍋ですかね?」
「ほとんどは人間にとって有毒だぞ。私はリス獣人だから問題ないが」
色鮮やかなドクベニタケの笠を噛み千切りながら言う。
「これだからキノコ素人は困る」
「くっ……閣下が偉そうで滅茶苦茶うざい……閣下でなかったら森に置いて帰ってる」
「置いていっても構わんぞ?」
そう言ったのは、私ではない。
その声は、森の奥、木々の枝が差し交わす向こうから聞こえてきた。低く、くつくつ笑うような声。
「だ、誰だ!」
ユーグがさっきまでキノコを切っていたナイフを構える。
私はユーグの肩に這い上がり、そこで仁王立ちして声の主を見据えた。少しずつ暗くなってきた森の中に溶け込みそうな黒衣の男で、背が高く、やや肩幅は狭くて撫で肩。笑っているような目付き。黒い髪に、黒い耳、黒い尻尾……
「……なんだ。誰かと思ったら、黒狐ではないか。久しぶりだな」
私が声を掛けると、耳と尻尾がついた青年はその場に膝を付き、私に向かって頭を垂れた。
「お久しぶりでございます。お待ち申し上げておりました、将軍閣下」
「まずはキノコを狩りに行こうかと思います」
「ふむ、なるほど」
父上は頷いた。黒いビーズのように煌めく双眼は、思慮深く賢そうに細められている。
ふわっふわモフモフなだけではなく、余人には無い気品と悪のオーラに包まれている、それが我が父上だ。流石はこの国の知の随一、暗黒魔法大臣を奉職する大人物である。
「キノコは美味いからな」
「まさにその通りです、父上」
キノコ、木苺、ナッツ、ナッツ、ナッツ……この世はリス獣人にとって美味いもので溢れている。それらを飽くまで食らい尽くすことで、我らが種族は更なる力を蓄え、世界の頂点に座すことが出来るであろう。
「……と、いうわけで、今からキノコ狩りに行くぞ、ユーグ!」
「え、今なんて?」
屋敷の前で、厩から引き出した馬に鞍を着けていた私の従者は、面食らったように振り返った。
地味な茶髪に茶色の目。特に秀でたところのない平凡な顔立ち。獣人ではなく人族の若者である。人波に混じれば一瞬で埋没してしまいそうな彼に、唯一変わったところがあるとすれば、前世の記憶があることぐらいだろう。
前世の名前はユーグ。今生の名前もユーグだ。
「父君のご命令で、世界を混沌の渦に叩き落としに行くって言ってませんでした?」
「だからキノコ狩りに行くのだ」
「だから、何で?」
彼は腑に落ちていない様子だが、私はそんな彼を小さな足でぐいぐいと押した。とにかく馬に跨れ、と促す。その背中に藤で出来た籠を背負わせ、ナイフと手袋を装着させる。よし、準備完了。ざっと確認を終えてから、私はひらりとユーグの肩に飛び乗った。
「御託はいい。さっさと行くぞ、ユーグ」
「はあ……この強引さ、不条理さ、前世の貴方と変わりないですね」
溜息を吐きつつ、彼は私の命令に従った。
前世の彼もそうだった。戦いの時こそ大して役に立たなかったが、私の周りに付きまとって小間使いのように忙しく立ち働き、その素朴さゆえか「帝国軍の働き蜂」と呼ばれて周囲に愛されていた。何の罪もない若者だったのに、最後は私と共に陥れられて処刑された。
彼まで生まれ変わるとは、思ってもみなかったことだ。
生まれ変わったのなら、今度は幸せに生きて欲しい。彼なら可愛らしい妻と子に囲まれて、絵に描いたように平凡でのどかな、穏やかな暮らしを全うできるだろう。……だが、彼はいつの間にか私を探し当てて、当然のような顔をして従者の座に収まっていた。まあ仕方ない、今生の私はこんなに素晴らしい尻尾持ちなのだ。すぐ近くに居て仕えたいと思う気持ちも分かる。
「……お前には以前、気の毒なことをしたからな。一度ぐらいはこの豪華な尻尾をモフらせてやってもいい」
「唐突ですね? いつのことですか? 心当たりならやたらありますが……尻尾一つ、いや、尻尾一回で許されると思っているのが閣下らしいというか何というか」
「ふふ、そう褒めるな」
「褒めてませんよ?!」
ごちゃごちゃ言いつつも、私が小さな指を立てて指示する向きに従って、彼は深い森の中に馬を走らせていく。
馬の蹄が枯れ葉を踏んで、シャリ、という音が響き渡る。季節が冬に向かうにつれて、木々の葉は落ち始めていたけれど、未だに半ば残った黄、赤、緑の葉が入り乱れていた。
大地もまた、緑の葉と枯れ草のまだら模様だ。その中に点々と輪を描いて、赤いキノコの笠が頭を覗かせていた。それが目に入った途端、私はユーグの腕に沿って駆け下りた。一番大きく笠が開いたキノコの上にぴょんと飛び乗って、小さな両足を踏ん張って反り返る。
「見ろ、ユーグ」
「はい?」
「赤いキノコの上に乗った可憐なリスだ。どうだ?」
「どうだ、と言われましても……キノコの上に乗ったリスだな、と」
従者の顔には困惑の色しか見えない。
面白みのない奴だ。美的センスというものが無い。これで、栗の皮のような髪色をしていなかったら、前世の部下とはいえ放逐してやるところなのだが。
(栗の皮……ツンツンした栗のイガに見えなくもないな)
ほどよく日に焼けて、そばかすの散る黄金色の肌もナッツのようでそう悪くない。
「ナッツのお陰で命拾いしたな、ユーグ」
「閣下のナッツ語は何を言ってるのか全然分かりませんね……まあいいですけど」
ぶつくさ言いながら、ユーグは地面に膝をついてキノコを刈り取り始めた。流石は働き蜂である。私はその場で新鮮なキノコをひとしきり囓っていたが、程なく飽きて、ユーグの背負籠の中にするりと滑り込んだ。
刈り取ったばかりのキノコが籠の中に放り込まれるたび、ぱらぱらと私の頭上から降ってくる。私はそれを適当に選り好みしては、気に入ったものを口に運んだ。
「美味い」
「そうですか。今夜はキノコ鍋ですかね?」
「ほとんどは人間にとって有毒だぞ。私はリス獣人だから問題ないが」
色鮮やかなドクベニタケの笠を噛み千切りながら言う。
「これだからキノコ素人は困る」
「くっ……閣下が偉そうで滅茶苦茶うざい……閣下でなかったら森に置いて帰ってる」
「置いていっても構わんぞ?」
そう言ったのは、私ではない。
その声は、森の奥、木々の枝が差し交わす向こうから聞こえてきた。低く、くつくつ笑うような声。
「だ、誰だ!」
ユーグがさっきまでキノコを切っていたナイフを構える。
私はユーグの肩に這い上がり、そこで仁王立ちして声の主を見据えた。少しずつ暗くなってきた森の中に溶け込みそうな黒衣の男で、背が高く、やや肩幅は狭くて撫で肩。笑っているような目付き。黒い髪に、黒い耳、黒い尻尾……
「……なんだ。誰かと思ったら、黒狐ではないか。久しぶりだな」
私が声を掛けると、耳と尻尾がついた青年はその場に膝を付き、私に向かって頭を垂れた。
「お久しぶりでございます。お待ち申し上げておりました、将軍閣下」
13
あなたにおすすめの小説
包帯妻の素顔は。
サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。
5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!
158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・
2話完結を目指してます!
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです
ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる