【完結】暗黒魔法大臣(齧歯目リス科)の娘、たまに人間、そして黒狐王

雪野原よる

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2.キノコも美味い

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「この世に災厄を振り撒き、暗黒魔法の闇をもたらす事こそ我らが務め。して、最初の一手は何とするつもりだ、レティアンナ?」
「まずはキノコを狩りに行こうかと思います」
「ふむ、なるほど」

 父上は頷いた。黒いビーズのように煌めく双眼は、思慮深く賢そうに細められている。

 ふわっふわモフモフなだけではなく、余人には無い気品と悪のオーラに包まれている、それが我が父上だ。流石はこの国の知の随一、暗黒魔法大臣を奉職する大人物である。

「キノコは美味いからな」
「まさにその通りです、父上」

 キノコ、木苺、ナッツ、ナッツ、ナッツ……この世はリス獣人にとって美味いもので溢れている。それらを飽くまで食らい尽くすことで、我らが種族は更なる力を蓄え、世界の頂点に座すことが出来るであろう。






「……と、いうわけで、今からキノコ狩りに行くぞ、ユーグ!」
「え、今なんて?」

 屋敷の前で、厩から引き出した馬に鞍を着けていた私の従者は、面食らったように振り返った。

 地味な茶髪に茶色の目。特に秀でたところのない平凡な顔立ち。獣人ではなく人族の若者である。人波に混じれば一瞬で埋没してしまいそうな彼に、唯一変わったところがあるとすれば、前世の記憶があることぐらいだろう。

 前世の名前はユーグ。今生の名前もユーグだ。

「父君のご命令で、世界を混沌の渦に叩き落としに行くって言ってませんでした?」
「だからキノコ狩りに行くのだ」
「だから、何で?」

 彼は腑に落ちていない様子だが、私はそんな彼を小さな足でぐいぐいと押した。とにかく馬に跨れ、と促す。その背中に藤で出来た籠を背負わせ、ナイフと手袋を装着させる。よし、準備完了。ざっと確認を終えてから、私はひらりとユーグの肩に飛び乗った。

「御託はいい。さっさと行くぞ、ユーグ」
「はあ……この強引さ、不条理さ、前世の貴方と変わりないですね」

 溜息を吐きつつ、彼は私の命令に従った。

 前世の彼もそうだった。戦いの時こそ大して役に立たなかったが、私の周りに付きまとって小間使いのように忙しく立ち働き、その素朴さゆえか「帝国軍の働き蜂」と呼ばれて周囲に愛されていた。何の罪もない若者だったのに、最後は私と共に陥れられて処刑された。

 彼まで生まれ変わるとは、思ってもみなかったことだ。

 生まれ変わったのなら、今度は幸せに生きて欲しい。彼なら可愛らしい妻と子に囲まれて、絵に描いたように平凡でのどかな、穏やかな暮らしを全うできるだろう。……だが、彼はいつの間にか私を探し当てて、当然のような顔をして従者の座に収まっていた。まあ仕方ない、今生の私はこんなに素晴らしい尻尾持ちなのだ。すぐ近くに居て仕えたいと思う気持ちも分かる。

「……お前には以前、気の毒なことをしたからな。一度ぐらいはこの豪華な尻尾をモフらせてやってもいい」
「唐突ですね? いつのことですか? 心当たりならやたらありますが……尻尾一つ、いや、尻尾一回で許されると思っているのが閣下らしいというか何というか」
「ふふ、そう褒めるな」
「褒めてませんよ?!」

 ごちゃごちゃ言いつつも、私が小さな指を立てて指示する向きに従って、彼は深い森の中に馬を走らせていく。

 馬の蹄が枯れ葉を踏んで、シャリ、という音が響き渡る。季節が冬に向かうにつれて、木々の葉は落ち始めていたけれど、未だに半ば残った黄、赤、緑の葉が入り乱れていた。

 大地もまた、緑の葉と枯れ草のまだら模様だ。その中に点々と輪を描いて、赤いキノコのかさが頭を覗かせていた。それが目に入った途端、私はユーグの腕に沿って駆け下りた。一番大きく笠が開いたキノコの上にぴょんと飛び乗って、小さな両足を踏ん張って反り返る。

「見ろ、ユーグ」
「はい?」
「赤いキノコの上に乗った可憐なリスだ。どうだ?」
「どうだ、と言われましても……キノコの上に乗ったリスだな、と」

 従者の顔には困惑の色しか見えない。

 面白みのない奴だ。美的センスというものが無い。これで、栗の皮のような髪色をしていなかったら、前世の部下とはいえ放逐してやるところなのだが。

(栗の皮……ツンツンした栗のイガに見えなくもないな)

 ほどよく日に焼けて、そばかすの散る黄金色の肌もナッツのようでそう悪くない。

「ナッツのお陰で命拾いしたな、ユーグ」
「閣下のナッツ語は何を言ってるのか全然分かりませんね……まあいいですけど」

 ぶつくさ言いながら、ユーグは地面に膝をついてキノコを刈り取り始めた。流石は働き蜂である。私はその場で新鮮なキノコをひとしきり囓っていたが、程なく飽きて、ユーグの背負籠しょいかごの中にするりと滑り込んだ。

 刈り取ったばかりのキノコが籠の中に放り込まれるたび、ぱらぱらと私の頭上から降ってくる。私はそれを適当に選り好みしては、気に入ったものを口に運んだ。

「美味い」
「そうですか。今夜はキノコ鍋ですかね?」
「ほとんどは人間にとって有毒だぞ。私はリス獣人だから問題ないが」

 色鮮やかなドクベニタケの笠を噛み千切りながら言う。

「これだからキノコ素人は困る」
「くっ……閣下が偉そうで滅茶苦茶うざい……閣下でなかったら森に置いて帰ってる」
「置いていっても構わんぞ?」

 そう言ったのは、私ではない。

 その声は、森の奥、木々の枝が差し交わす向こうから聞こえてきた。低く、くつくつ笑うような声。

「だ、誰だ!」

 ユーグがさっきまでキノコを切っていたナイフを構える。

 私はユーグの肩に這い上がり、そこで仁王立ちして声の主を見据えた。少しずつ暗くなってきた森の中に溶け込みそうな黒衣の男で、背が高く、やや肩幅は狭くて撫で肩。笑っているような目付き。黒い髪に、黒い耳、黒い尻尾……

「……なんだ。誰かと思ったら、黒狐ではないか。久しぶりだな」

 私が声を掛けると、耳と尻尾がついた青年はその場に膝を付き、私に向かって頭を垂れた。

「お久しぶりでございます。お待ち申し上げておりました、将軍閣下」
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