【完結】暗黒魔法大臣(齧歯目リス科)の娘、たまに人間、そして黒狐王

雪野原よる

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3.黒狐王

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「我が閣下、グラデスギルド様」

 普段から笑っているような目をさらに細めて、その男はくしゃりと笑った。

「本当にすっかり可愛らしいお姿におなりで。しかし、その鮮烈な力の気配はまるでお変わりなく。見間違えたくとも、間違えようがありませんな」
「セーガル……」

 私は彼の名を呼んだ。

 前世の私に付き従っていた参謀役。黒狐の獣人だ。

 ほっそりした長身、年齢不詳の整った顔立ち。やや童顔なのは、イヌ科の凛々しさとのどかさを併せ持った狐のかおが、人としての顔に反映された結果だろう。

 本当に、年齢が分からない。私と出会ったとき、すでに落ち着いた気配を滲ませていた彼は、私が死んで生まれ変わるまでの数十年間、一切歳を取らなかったかのように見える。

「変わっていないな、お前は」
「閣下に再び相見える時、恥ずかしい姿でいるわけにはいかないと奮起いたしまして。獣人の寿命は魔力に左右されると言いますが、今の私の魔力量は以前の三倍程度に増えておりますよ」

 セーガルの尻尾が揺れる。

 狐の尻尾は犬のように感情を表すわけではないが、それでもセーガルの感情は分かりやすい。私と出会った当初は、「人を寄せ付けない孤高の狐」とか何とか言われていたはずだが、共に歳月を重ねるごとに犬化して、私を見るだけで尾が揺れるようになっていたのだ。今でも、「褒めて、褒めて」と言わんばかりにゆらゆらしている。

 本人的には不本意らしい。揺れる尾がピタリと止まると、耐えているせいか、反動でぶわっと膨らむ。その尻尾がまた、リスに負けないほどの豪華なふかふかふわふわで……

(……私に負けないほどの尻尾だと?)

 まじまじと彼の尻尾を見てしまう。かつての私は、獣人とはどんなものかよく分かっていなかった。彼のことも、耳と尻尾がついた人間という程度の印象だったのだ。

 だが、今は同種とは言えないまでも、大きく括れば同族と呼べないこともない。人と人が対峙すれば、最初に目が行くのは大抵の場合顔だろうが、獣人同士となった今では……

(こ、こいつ! なんて毛並みの良さだ)

 今のセーガルはほぼ人型なので、全身の毛並みは察するしかないのだが。ぼってりとした厚みのある大きな耳は銀の毛がところどころに混じる艶のある黒毛で、それだけで極上の布団に誘惑されているかのようだ。これに比べれば、私の耳など多少のアンテナ(耳毛)が立った突起に過ぎない。く、悔しい。

 そして、尻尾。ふわっとした空気感こそ私の方が勝るが、大きさ、分量……私が五匹ぐらい並んで眠れそうな豊かな尻尾だ。それも常に丁寧に手入れされているのか、上品な黒色に豪奢な艶が出て、見るからに柔らかそうなふわふわ。つまり、ようするに……

(なんてことだ。こいつ、獣人としては最上級の美形じゃないか)

 顔だけ見ていた頃には気付かなかった。

 今なら分かる。こいつ、この毛並みだけでハーレムが作れる。雌なんて選り取りみどり、入れ食い状態だろう。何と恐ろしい奴がずっと身近にいたものだ。

(むむむ負けんぞ……いや違った、私はハーレムには興味ないからな)

 それより、せっかく再会した部下を労るべきだろう。

「私と再会するために頑張ってくれていたのか? 流石は我が参謀だな、セーガル」
「有り難きお言葉」

 セーガルの尻尾がまたしても揺れ始める。

 彼はユーグの肩に乗った私の前に膝をついて、私の小さな手を恭しく取った。つまり、一見するとセーガルがユーグに跪いているようにも見えるのだが、彼はユーグをガン無視している。私を乗せる踏み台としか思っていないらしい。

 これは、別にこの二人の仲が悪いわけではなくて、軍の序列が絶対だというだけだ。セーガルの方が遥かに序列が高いため、この二人が親しく会話をすることは基本的にはない。

「閣下が再び生をけられる前に、片付けておきたいことが多々ございまして。ようやく全て整いましたので、こうしてお迎えに上がった次第です」
「お迎え? 私をどこかに連れて行くような言い方だな」
「勿論、全てはグラデスギルド様が望まれるまま、私はそれに従うのみの身でございますが。お話したいことが諸々ございます。我が城にお出で下さいませんか」
「我が城?」

(そういえばこの男、参謀だったときより、数倍豪華な服を着ているな?)

 きらびやかな鎧兜よりも、傷はあっても実用的な武具を。という人生を送っていた私には、衣服の良し悪しなど皆目分からない。今生はリスだし。

 それでも、刺繍やら飾り石やら金糸やらで飾られた彼の姿が、戦場に在るよりは宮廷に在った方が余程似つかわしい、そのことは分かる。

(貴族というか、どこぞの領主みたいだな……ん? 城? 城主?)

 私は目をぱちぱちと瞬かせながら、

「セーガル? 今のお前は城主か何かなのか?」
「城もございますし、領地もございます」

 セーガルがにっこりと微笑む。

「この近くに馬車と警備の者を連れてきております。暗黒魔法大臣閣下には使いの者を出しておきますのでご心配なく。まずは我が国、我が城にお出でになって、現況をその目でお確かめ下さいませ」
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