3 / 10
3.黒狐王
しおりを挟む
「我が閣下、グラデスギルド様」
普段から笑っているような目をさらに細めて、その男はくしゃりと笑った。
「本当にすっかり可愛らしいお姿におなりで。しかし、その鮮烈な力の気配はまるでお変わりなく。見間違えたくとも、間違えようがありませんな」
「セーガル……」
私は彼の名を呼んだ。
前世の私に付き従っていた参謀役。黒狐の獣人だ。
ほっそりした長身、年齢不詳の整った顔立ち。やや童顔なのは、イヌ科の凛々しさとのどかさを併せ持った狐の貌が、人としての顔に反映された結果だろう。
本当に、年齢が分からない。私と出会ったとき、すでに落ち着いた気配を滲ませていた彼は、私が死んで生まれ変わるまでの数十年間、一切歳を取らなかったかのように見える。
「変わっていないな、お前は」
「閣下に再び相見える時、恥ずかしい姿でいるわけにはいかないと奮起いたしまして。獣人の寿命は魔力に左右されると言いますが、今の私の魔力量は以前の三倍程度に増えておりますよ」
セーガルの尻尾が揺れる。
狐の尻尾は犬のように感情を表すわけではないが、それでもセーガルの感情は分かりやすい。私と出会った当初は、「人を寄せ付けない孤高の狐」とか何とか言われていたはずだが、共に歳月を重ねるごとに犬化して、私を見るだけで尾が揺れるようになっていたのだ。今でも、「褒めて、褒めて」と言わんばかりにゆらゆらしている。
本人的には不本意らしい。揺れる尾がピタリと止まると、耐えているせいか、反動でぶわっと膨らむ。その尻尾がまた、リスに負けないほどの豪華なふかふかふわふわで……
(……私に負けないほどの尻尾だと?)
まじまじと彼の尻尾を見てしまう。かつての私は、獣人とはどんなものかよく分かっていなかった。彼のことも、耳と尻尾がついた人間という程度の印象だったのだ。
だが、今は同種とは言えないまでも、大きく括れば同族と呼べないこともない。人と人が対峙すれば、最初に目が行くのは大抵の場合顔だろうが、獣人同士となった今では……
(こ、こいつ! なんて毛並みの良さだ)
今のセーガルはほぼ人型なので、全身の毛並みは察するしかないのだが。ぼってりとした厚みのある大きな耳は銀の毛がところどころに混じる艶のある黒毛で、それだけで極上の布団に誘惑されているかのようだ。これに比べれば、私の耳など多少のアンテナ(耳毛)が立った突起に過ぎない。く、悔しい。
そして、尻尾。ふわっとした空気感こそ私の方が勝るが、大きさ、分量……私が五匹ぐらい並んで眠れそうな豊かな尻尾だ。それも常に丁寧に手入れされているのか、上品な黒色に豪奢な艶が出て、見るからに柔らかそうなふわふわ。つまり、ようするに……
(なんてことだ。こいつ、獣人としては最上級の美形じゃないか)
顔だけ見ていた頃には気付かなかった。
今なら分かる。こいつ、この毛並みだけでハーレムが作れる。雌なんて選り取りみどり、入れ食い状態だろう。何と恐ろしい奴がずっと身近にいたものだ。
(むむむ負けんぞ……いや違った、私はハーレムには興味ないからな)
それより、せっかく再会した部下を労るべきだろう。
「私と再会するために頑張ってくれていたのか? 流石は我が参謀だな、セーガル」
「有り難きお言葉」
セーガルの尻尾がまたしても揺れ始める。
彼はユーグの肩に乗った私の前に膝をついて、私の小さな手を恭しく取った。つまり、一見するとセーガルがユーグに跪いているようにも見えるのだが、彼はユーグをガン無視している。私を乗せる踏み台としか思っていないらしい。
これは、別にこの二人の仲が悪いわけではなくて、軍の序列が絶対だというだけだ。セーガルの方が遥かに序列が高いため、この二人が親しく会話をすることは基本的にはない。
「閣下が再び生を享けられる前に、片付けておきたいことが多々ございまして。ようやく全て整いましたので、こうしてお迎えに上がった次第です」
「お迎え? 私をどこかに連れて行くような言い方だな」
「勿論、全てはグラデスギルド様が望まれるまま、私はそれに従うのみの身でございますが。お話したいことが諸々ございます。我が城にお出で下さいませんか」
「我が城?」
(そういえばこの男、参謀だったときより、数倍豪華な服を着ているな?)
きらびやかな鎧兜よりも、傷はあっても実用的な武具を。という人生を送っていた私には、衣服の良し悪しなど皆目分からない。今生はリスだし。
それでも、刺繍やら飾り石やら金糸やらで飾られた彼の姿が、戦場に在るよりは宮廷に在った方が余程似つかわしい、そのことは分かる。
(貴族というか、どこぞの領主みたいだな……ん? 城? 城主?)
私は目をぱちぱちと瞬かせながら、
「セーガル? 今のお前は城主か何かなのか?」
「城もございますし、領地もございます」
セーガルがにっこりと微笑む。
「この近くに馬車と警備の者を連れてきております。暗黒魔法大臣閣下には使いの者を出しておきますのでご心配なく。まずは我が国、我が城にお出でになって、現況をその目でお確かめ下さいませ」
普段から笑っているような目をさらに細めて、その男はくしゃりと笑った。
「本当にすっかり可愛らしいお姿におなりで。しかし、その鮮烈な力の気配はまるでお変わりなく。見間違えたくとも、間違えようがありませんな」
「セーガル……」
私は彼の名を呼んだ。
前世の私に付き従っていた参謀役。黒狐の獣人だ。
ほっそりした長身、年齢不詳の整った顔立ち。やや童顔なのは、イヌ科の凛々しさとのどかさを併せ持った狐の貌が、人としての顔に反映された結果だろう。
本当に、年齢が分からない。私と出会ったとき、すでに落ち着いた気配を滲ませていた彼は、私が死んで生まれ変わるまでの数十年間、一切歳を取らなかったかのように見える。
「変わっていないな、お前は」
「閣下に再び相見える時、恥ずかしい姿でいるわけにはいかないと奮起いたしまして。獣人の寿命は魔力に左右されると言いますが、今の私の魔力量は以前の三倍程度に増えておりますよ」
セーガルの尻尾が揺れる。
狐の尻尾は犬のように感情を表すわけではないが、それでもセーガルの感情は分かりやすい。私と出会った当初は、「人を寄せ付けない孤高の狐」とか何とか言われていたはずだが、共に歳月を重ねるごとに犬化して、私を見るだけで尾が揺れるようになっていたのだ。今でも、「褒めて、褒めて」と言わんばかりにゆらゆらしている。
本人的には不本意らしい。揺れる尾がピタリと止まると、耐えているせいか、反動でぶわっと膨らむ。その尻尾がまた、リスに負けないほどの豪華なふかふかふわふわで……
(……私に負けないほどの尻尾だと?)
まじまじと彼の尻尾を見てしまう。かつての私は、獣人とはどんなものかよく分かっていなかった。彼のことも、耳と尻尾がついた人間という程度の印象だったのだ。
だが、今は同種とは言えないまでも、大きく括れば同族と呼べないこともない。人と人が対峙すれば、最初に目が行くのは大抵の場合顔だろうが、獣人同士となった今では……
(こ、こいつ! なんて毛並みの良さだ)
今のセーガルはほぼ人型なので、全身の毛並みは察するしかないのだが。ぼってりとした厚みのある大きな耳は銀の毛がところどころに混じる艶のある黒毛で、それだけで極上の布団に誘惑されているかのようだ。これに比べれば、私の耳など多少のアンテナ(耳毛)が立った突起に過ぎない。く、悔しい。
そして、尻尾。ふわっとした空気感こそ私の方が勝るが、大きさ、分量……私が五匹ぐらい並んで眠れそうな豊かな尻尾だ。それも常に丁寧に手入れされているのか、上品な黒色に豪奢な艶が出て、見るからに柔らかそうなふわふわ。つまり、ようするに……
(なんてことだ。こいつ、獣人としては最上級の美形じゃないか)
顔だけ見ていた頃には気付かなかった。
今なら分かる。こいつ、この毛並みだけでハーレムが作れる。雌なんて選り取りみどり、入れ食い状態だろう。何と恐ろしい奴がずっと身近にいたものだ。
(むむむ負けんぞ……いや違った、私はハーレムには興味ないからな)
それより、せっかく再会した部下を労るべきだろう。
「私と再会するために頑張ってくれていたのか? 流石は我が参謀だな、セーガル」
「有り難きお言葉」
セーガルの尻尾がまたしても揺れ始める。
彼はユーグの肩に乗った私の前に膝をついて、私の小さな手を恭しく取った。つまり、一見するとセーガルがユーグに跪いているようにも見えるのだが、彼はユーグをガン無視している。私を乗せる踏み台としか思っていないらしい。
これは、別にこの二人の仲が悪いわけではなくて、軍の序列が絶対だというだけだ。セーガルの方が遥かに序列が高いため、この二人が親しく会話をすることは基本的にはない。
「閣下が再び生を享けられる前に、片付けておきたいことが多々ございまして。ようやく全て整いましたので、こうしてお迎えに上がった次第です」
「お迎え? 私をどこかに連れて行くような言い方だな」
「勿論、全てはグラデスギルド様が望まれるまま、私はそれに従うのみの身でございますが。お話したいことが諸々ございます。我が城にお出で下さいませんか」
「我が城?」
(そういえばこの男、参謀だったときより、数倍豪華な服を着ているな?)
きらびやかな鎧兜よりも、傷はあっても実用的な武具を。という人生を送っていた私には、衣服の良し悪しなど皆目分からない。今生はリスだし。
それでも、刺繍やら飾り石やら金糸やらで飾られた彼の姿が、戦場に在るよりは宮廷に在った方が余程似つかわしい、そのことは分かる。
(貴族というか、どこぞの領主みたいだな……ん? 城? 城主?)
私は目をぱちぱちと瞬かせながら、
「セーガル? 今のお前は城主か何かなのか?」
「城もございますし、領地もございます」
セーガルがにっこりと微笑む。
「この近くに馬車と警備の者を連れてきております。暗黒魔法大臣閣下には使いの者を出しておきますのでご心配なく。まずは我が国、我が城にお出でになって、現況をその目でお確かめ下さいませ」
13
あなたにおすすめの小説
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!
158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・
2話完結を目指してます!
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる