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9.リスを崇めよ
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戦いは、まるで祭りのような一瞬の狂騒だった。
掃討戦というか、追悼戦というべきか。もっとも、追悼されるべき者たち(私含む)が参戦しているため、悲壮感は皆無である。追悼戦から悲壮感を抜いたら何が残るのかという話だが。
何はともかく。
戦いが終わっても、後始末に時間を掛ける必要はほとんど無かった。セーガルによる事前の攻略が全て実を結んでいて、綺麗な戦後処置だけで済んだせいだ。
私が隕石魔法で、ホブネイルの王城をぶち壊したせいでもある。
「酷い有様だな」
瓦礫の間に足を踏み入れながら、リスの姿に戻った私は他人事のように言った。
民から搾取するだけ搾取した、傲慢で悪趣味な驕奢の極み──だったはずの城は、控えめに言ってもズタボロだった。
記憶は大分あやふやだ。私は戦場と戦いにばかりかまけていて、宮廷にはほとんど足を運ばなかった。王城のなかで、どんな陰湿な謀略が繰り広げられていたのかもさっぱりだ。
道具として生きたから、道具のように捨てられたのかもしれない。それでも戦場では友情を結び、心を通じ合わせ、誰かの支えとなり支えられる日々を送ったからこそ、今の私は仲間に囲まれてここに立っているわけだが。
「誰もいないな。……逃げたか」
セーガルの肩の上から、玉座の間を見渡す。
王朝最後の王が、王座に座して敵と対峙する──そんな矜持を、ここの皇帝とやらに期待していたわけではない。私を殺した王は、まだ三十代ながら堕落の極み、ぶよぶよした愚鈍の塊みたいな男だった。今は六十か七十になっているはずだが、そこから英邁な君主に生まれ変わるなどという奇跡はそうそうない。セーガルの報告によると、ホブネイルの民は皇帝が打倒されて大喜びしているそうだ。
「見つかりました! 井戸の底に籠って隠れようとしていたのに、腹が途中で引っ掛かってたみたいで」
「引き上げるのが大変でしたよ……重いし、脂ぎってるし」
重いのは、大量の宝石を持ち出そうとして、全身ぎらぎらした貴金属の塊みたいになっているからだろう。
うんざりした声の部下たちを労ってから、私は床の上で縛り上げられている皇帝に向き直った。
「な……何だお前は!」
皇帝の目に映っているのはセーガルだ。彼の肩上にいる小さなリスなど、目に入ってもいないらしい。
私は訊ねた。
「なぜ自分がこんな目に遭っているか、なぜ国が滅びるのか、分かっているか?」
「な……なに?!」
「多くの人を苦しめた。それも必要悪というわけでもなく、何も考えず、何も悔いず、欲のままに振る舞ったせいで。とは、思わないんだろうな?」
「な、何を言っている、この獣ごときが!」
私の足の下で、セーガルが僅かに肩を竦めたのが感じられた。
「大抵の獣は幼い頃、兄妹や親に囲まれて社会性を学びます。生きるために。しかし、幼い頃に親と引き離され、躾もされず、ただ愛玩された犬はこの人間のように欲しか持たない。人も獣も変わりませんな」
「獣の方がいい。人は国に縛られる。もしくは立場とか。獣はただ目の前の人を見て、大切だと思った相手を大事にするだろう。生まれ変わるなら獣がいいと、……思っていた」
「……閣下」
何やら皇帝が喚いているが、私とセーガルは黙ったまま見ていた。話が通じる相手ではないのは分かっている。
(こういう人間を罰するのは難しい)
それでもやらねばならない。繰り返さないために。首を振って、声を上げようとした時、
「私が裁きを下そう。いかなる悪の前にも、我が輝ける尻尾は無敵である」
「父上!」
ユーグの肩に乗った父上が、威風堂々と現れた。ちなみにもう片方の肩には、当然のような顔をしてオコジョが乗っている。ユーグは生粋の使われ体質だな、と改めて認識した。
「見るがいい。まずは、良心を持たない人間に良心を与える」
「うっ……ぐ、ぐわあっ!」
隕石で大きく穴の空いた天井から、雷のようなものが迸って皇帝の身体を貫いた。
(えっ?)
驚愕している我々には構わず、父上は艶々とした尾を膨らませて追い討ちを掛けた。
「そして、これまでの人生で苦しめ、死に追いやった人物の人生を追体験させる。自意識を保ったままでな。これが裁きの使徒の裁定だ」
「うぁ……うわああああー!!!」
「ふむ、5893人分の人生か。数万年は掛かるな。裁きが終わるまでは死ぬこともない。どこかで生かしておき、後の世の教訓と成すべく公開しておけ」
「ち、父上……」
なんという容赦のない裁定だ。
「これが裁きの神の使徒……」
「恐ろしい」
「もうリスには逆らえない」
「全力で貢ぐしかない」
見守っていた周囲がざわついているが、私も恐ろしい。思わずヒゲがひくひくしてしまう。
「こんな業を隠し持っておられたのですか、父上……流石は暗黒魔法大臣」
「ふっ、その身に後ろ暗いところ無くば、何も恐れることはない。罪の意識があるならば、悔い改めれば良いのだ。皆、リスを信じ、リスを崇めよ!」
「「「ははぁーーっ!!」」」
見渡す限り、その場にいた連中が父上に向かって平伏した。
この世界に、「リスを崇めよ」教が誕生した瞬間であった。
……なんだこれ。
掃討戦というか、追悼戦というべきか。もっとも、追悼されるべき者たち(私含む)が参戦しているため、悲壮感は皆無である。追悼戦から悲壮感を抜いたら何が残るのかという話だが。
何はともかく。
戦いが終わっても、後始末に時間を掛ける必要はほとんど無かった。セーガルによる事前の攻略が全て実を結んでいて、綺麗な戦後処置だけで済んだせいだ。
私が隕石魔法で、ホブネイルの王城をぶち壊したせいでもある。
「酷い有様だな」
瓦礫の間に足を踏み入れながら、リスの姿に戻った私は他人事のように言った。
民から搾取するだけ搾取した、傲慢で悪趣味な驕奢の極み──だったはずの城は、控えめに言ってもズタボロだった。
記憶は大分あやふやだ。私は戦場と戦いにばかりかまけていて、宮廷にはほとんど足を運ばなかった。王城のなかで、どんな陰湿な謀略が繰り広げられていたのかもさっぱりだ。
道具として生きたから、道具のように捨てられたのかもしれない。それでも戦場では友情を結び、心を通じ合わせ、誰かの支えとなり支えられる日々を送ったからこそ、今の私は仲間に囲まれてここに立っているわけだが。
「誰もいないな。……逃げたか」
セーガルの肩の上から、玉座の間を見渡す。
王朝最後の王が、王座に座して敵と対峙する──そんな矜持を、ここの皇帝とやらに期待していたわけではない。私を殺した王は、まだ三十代ながら堕落の極み、ぶよぶよした愚鈍の塊みたいな男だった。今は六十か七十になっているはずだが、そこから英邁な君主に生まれ変わるなどという奇跡はそうそうない。セーガルの報告によると、ホブネイルの民は皇帝が打倒されて大喜びしているそうだ。
「見つかりました! 井戸の底に籠って隠れようとしていたのに、腹が途中で引っ掛かってたみたいで」
「引き上げるのが大変でしたよ……重いし、脂ぎってるし」
重いのは、大量の宝石を持ち出そうとして、全身ぎらぎらした貴金属の塊みたいになっているからだろう。
うんざりした声の部下たちを労ってから、私は床の上で縛り上げられている皇帝に向き直った。
「な……何だお前は!」
皇帝の目に映っているのはセーガルだ。彼の肩上にいる小さなリスなど、目に入ってもいないらしい。
私は訊ねた。
「なぜ自分がこんな目に遭っているか、なぜ国が滅びるのか、分かっているか?」
「な……なに?!」
「多くの人を苦しめた。それも必要悪というわけでもなく、何も考えず、何も悔いず、欲のままに振る舞ったせいで。とは、思わないんだろうな?」
「な、何を言っている、この獣ごときが!」
私の足の下で、セーガルが僅かに肩を竦めたのが感じられた。
「大抵の獣は幼い頃、兄妹や親に囲まれて社会性を学びます。生きるために。しかし、幼い頃に親と引き離され、躾もされず、ただ愛玩された犬はこの人間のように欲しか持たない。人も獣も変わりませんな」
「獣の方がいい。人は国に縛られる。もしくは立場とか。獣はただ目の前の人を見て、大切だと思った相手を大事にするだろう。生まれ変わるなら獣がいいと、……思っていた」
「……閣下」
何やら皇帝が喚いているが、私とセーガルは黙ったまま見ていた。話が通じる相手ではないのは分かっている。
(こういう人間を罰するのは難しい)
それでもやらねばならない。繰り返さないために。首を振って、声を上げようとした時、
「私が裁きを下そう。いかなる悪の前にも、我が輝ける尻尾は無敵である」
「父上!」
ユーグの肩に乗った父上が、威風堂々と現れた。ちなみにもう片方の肩には、当然のような顔をしてオコジョが乗っている。ユーグは生粋の使われ体質だな、と改めて認識した。
「見るがいい。まずは、良心を持たない人間に良心を与える」
「うっ……ぐ、ぐわあっ!」
隕石で大きく穴の空いた天井から、雷のようなものが迸って皇帝の身体を貫いた。
(えっ?)
驚愕している我々には構わず、父上は艶々とした尾を膨らませて追い討ちを掛けた。
「そして、これまでの人生で苦しめ、死に追いやった人物の人生を追体験させる。自意識を保ったままでな。これが裁きの使徒の裁定だ」
「うぁ……うわああああー!!!」
「ふむ、5893人分の人生か。数万年は掛かるな。裁きが終わるまでは死ぬこともない。どこかで生かしておき、後の世の教訓と成すべく公開しておけ」
「ち、父上……」
なんという容赦のない裁定だ。
「これが裁きの神の使徒……」
「恐ろしい」
「もうリスには逆らえない」
「全力で貢ぐしかない」
見守っていた周囲がざわついているが、私も恐ろしい。思わずヒゲがひくひくしてしまう。
「こんな業を隠し持っておられたのですか、父上……流石は暗黒魔法大臣」
「ふっ、その身に後ろ暗いところ無くば、何も恐れることはない。罪の意識があるならば、悔い改めれば良いのだ。皆、リスを信じ、リスを崇めよ!」
「「「ははぁーーっ!!」」」
見渡す限り、その場にいた連中が父上に向かって平伏した。
この世界に、「リスを崇めよ」教が誕生した瞬間であった。
……なんだこれ。
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