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第四十二話 妾、覚醒する①
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「機動石が発見されました」
両親が寝かされた寝台の側でじっとりと侍り、その目覚めを待つ構えであった妾のもとへ、知らせを持ってきたのは長都アキ……いや、今の名は夏峰アキであった。
(そういえば、アキに会うのは結婚式以来じゃの)
常に生真面目な真顔をしておるアキも、結婚する時はほんのりと頬を上気させ、幸福そうな空気を滲ませておったものだが、今はすっかり普段通りのかっちりとした雰囲気に戻っておる。新婚期間とかないのか?
ごく事務的な態度で、妾と雅仁にシェイドナムの内部資料とやらを手渡すと、
「予測通り、機動石はシェイドナムの操縦席にありましたが、触れようとすると強い力で弾かれます。恐らく、本来の持ち主であるレジーナにしか触れられない仕様になっていると考えられます」
「妾の……」
「レジーナ、俺も一緒に行こう」
「雅仁、貴方は雨木副司令に呼ばれていますよ」
「そうか……」
雅仁は妾の方に、気遣うような視線、もしくは「一人でお使いしても大丈夫か?」というような目を向けたが、妾は笑顔で答えた。
「大丈夫じゃ、お兄ちゃん。もともと妾のものだった物を、取り戻すだけじゃ!」
そして、妾はシェイドナムの操縦席に潜り込んだ。
地球防衛軍の格納庫に運び込まれて、散々検分されておったらしく、今でも興味津々の表情を抑えきれぬメカニックたちが周囲に散らばって、ハッチを開けて入っていく妾を見守っていた。
内部は意外に明るい。とても分かりやすく、操縦桿の前、何やらコントロールのスイッチが並んだ上に、飾り枠と鎖を付けた機動石が嵌め込まれて燦然と輝いていた。これだけ分かりやすいものを、幾ら記憶がないからといって、見間違うことはあるまい。
「これが妾の石……」
金の光を放つ卵状の石に、妾は手を伸ばした。瞬時に色が変わり、鮮やかな色彩が溢れ出す。青、緑、オレンジ……絢爛たる輝きが妾を照らし出し、妾の身体に染み通り……
「ハッ」
溺れる者のように、喉が詰まった音を立てる。
失われた記憶が、雪崩を打つように一斉に飛び込んできたのじゃ。
「レジーナ様!」
──ああ、この声。
覚えておるぞ。これは二年ほど前、乳母であるタミラから、皇族としての授業を受けていた時の記憶じゃ。
懐かしい顔。やや面長で黒髪のタミラは、ノーサーダ家の者らしく学者肌で、乳母でありながらも妾の授業の一部を受け持っていた。当然のように、眼鏡も掛けている。なんでも非公式の統計によれば、ノーサーダ家の九割が眼鏡を掛けているそうじゃからな。
「今日は、地球についての授業をします。しっかり聞いて下さいね」
「はい、タミラ先生」
普段、タミラは滅法、妾に甘い。猫可愛がりと言っても過言ではない。「レジィちゃん」とか呼ぶし、すぐに抱き上げるし、ちょっと躓いたり風邪を引いただけで大騒ぎをする。乳母と皇女の距離感ではないのでは……? と今なら思うが、その当時はそれが当然だと思っていたのである。
だが、授業の時にはきちんと背筋を正して、妾は「レジーナ様」と呼ばれるし、妾はタミラを「先生」と呼ぶことになっておった。まあ、それも「先生と生徒ごっこ」の域を出ないものではあったが。
「地球は、銀河帝国第二級植民星に当たります。銀河帝国の傘下に入ったのは比較的最近で、この二千年くらいですね。星の歴史も浅く、まだ若い星なのです」
「今、セイレスお兄ちゃんが居る星じゃろう?」
「そうです。地球が特別なのは、帝国皇太子の直轄領としての扱いを受けているからです。代々、帝国の後継者たちは地球の高校に通いますが、この『高校』というのは、皇子の側近を育成するための機関です」
「ちょっかつ……? そっきん?」
「将来、セイレス殿下を助けてくれるお友達を、地球で見つけることになっているんですよ」
「友達はだいじじゃな!」
「その通りです。レジーナ様は賢いですね」
万事がこの調子である。タミラは妾贔屓が強すぎて、いっそ、妾が呼吸をしているだけで誉めてくれそうな気がする。
じゃが、この日、タミラは後々、妾にとって大事なものとなる知識を授けてくれたのであった。
「皇子直轄領ゆえ、地球には幾つかの重要な機関が設けられています。特に重要なのは、地球防衛軍。この防衛軍には、緊急時の防衛システムとして、五つの機体が置かれています。何しろ、皇子様が滞在する星ですからね。きっちり守られねばなりません」
「機体?」
「人が乗って動かす、大きな大きなロボットですよ。この五つの機体にはそれぞれ名前というか、識別名がついていて、それぞれ、騎士、王子、道化、妖精、賢者と呼ばれています」
「妖精がいるのか? ロボットなのに?」
「金色の妖精みたいなロボットなんですよ。このロボットたちは、すでに何度か起動させられて、帝国と地球の危機を救っています。レジーナ様のお父様も、『王子』のロボに乗って、帝国奪還のために戦ったんですよ」
「ほわ~」
妾、その当時は何も知らなかったのであるが。
今は知っておる。
(これ、前作の裏設定じゃな……)
両親が寝かされた寝台の側でじっとりと侍り、その目覚めを待つ構えであった妾のもとへ、知らせを持ってきたのは長都アキ……いや、今の名は夏峰アキであった。
(そういえば、アキに会うのは結婚式以来じゃの)
常に生真面目な真顔をしておるアキも、結婚する時はほんのりと頬を上気させ、幸福そうな空気を滲ませておったものだが、今はすっかり普段通りのかっちりとした雰囲気に戻っておる。新婚期間とかないのか?
ごく事務的な態度で、妾と雅仁にシェイドナムの内部資料とやらを手渡すと、
「予測通り、機動石はシェイドナムの操縦席にありましたが、触れようとすると強い力で弾かれます。恐らく、本来の持ち主であるレジーナにしか触れられない仕様になっていると考えられます」
「妾の……」
「レジーナ、俺も一緒に行こう」
「雅仁、貴方は雨木副司令に呼ばれていますよ」
「そうか……」
雅仁は妾の方に、気遣うような視線、もしくは「一人でお使いしても大丈夫か?」というような目を向けたが、妾は笑顔で答えた。
「大丈夫じゃ、お兄ちゃん。もともと妾のものだった物を、取り戻すだけじゃ!」
そして、妾はシェイドナムの操縦席に潜り込んだ。
地球防衛軍の格納庫に運び込まれて、散々検分されておったらしく、今でも興味津々の表情を抑えきれぬメカニックたちが周囲に散らばって、ハッチを開けて入っていく妾を見守っていた。
内部は意外に明るい。とても分かりやすく、操縦桿の前、何やらコントロールのスイッチが並んだ上に、飾り枠と鎖を付けた機動石が嵌め込まれて燦然と輝いていた。これだけ分かりやすいものを、幾ら記憶がないからといって、見間違うことはあるまい。
「これが妾の石……」
金の光を放つ卵状の石に、妾は手を伸ばした。瞬時に色が変わり、鮮やかな色彩が溢れ出す。青、緑、オレンジ……絢爛たる輝きが妾を照らし出し、妾の身体に染み通り……
「ハッ」
溺れる者のように、喉が詰まった音を立てる。
失われた記憶が、雪崩を打つように一斉に飛び込んできたのじゃ。
「レジーナ様!」
──ああ、この声。
覚えておるぞ。これは二年ほど前、乳母であるタミラから、皇族としての授業を受けていた時の記憶じゃ。
懐かしい顔。やや面長で黒髪のタミラは、ノーサーダ家の者らしく学者肌で、乳母でありながらも妾の授業の一部を受け持っていた。当然のように、眼鏡も掛けている。なんでも非公式の統計によれば、ノーサーダ家の九割が眼鏡を掛けているそうじゃからな。
「今日は、地球についての授業をします。しっかり聞いて下さいね」
「はい、タミラ先生」
普段、タミラは滅法、妾に甘い。猫可愛がりと言っても過言ではない。「レジィちゃん」とか呼ぶし、すぐに抱き上げるし、ちょっと躓いたり風邪を引いただけで大騒ぎをする。乳母と皇女の距離感ではないのでは……? と今なら思うが、その当時はそれが当然だと思っていたのである。
だが、授業の時にはきちんと背筋を正して、妾は「レジーナ様」と呼ばれるし、妾はタミラを「先生」と呼ぶことになっておった。まあ、それも「先生と生徒ごっこ」の域を出ないものではあったが。
「地球は、銀河帝国第二級植民星に当たります。銀河帝国の傘下に入ったのは比較的最近で、この二千年くらいですね。星の歴史も浅く、まだ若い星なのです」
「今、セイレスお兄ちゃんが居る星じゃろう?」
「そうです。地球が特別なのは、帝国皇太子の直轄領としての扱いを受けているからです。代々、帝国の後継者たちは地球の高校に通いますが、この『高校』というのは、皇子の側近を育成するための機関です」
「ちょっかつ……? そっきん?」
「将来、セイレス殿下を助けてくれるお友達を、地球で見つけることになっているんですよ」
「友達はだいじじゃな!」
「その通りです。レジーナ様は賢いですね」
万事がこの調子である。タミラは妾贔屓が強すぎて、いっそ、妾が呼吸をしているだけで誉めてくれそうな気がする。
じゃが、この日、タミラは後々、妾にとって大事なものとなる知識を授けてくれたのであった。
「皇子直轄領ゆえ、地球には幾つかの重要な機関が設けられています。特に重要なのは、地球防衛軍。この防衛軍には、緊急時の防衛システムとして、五つの機体が置かれています。何しろ、皇子様が滞在する星ですからね。きっちり守られねばなりません」
「機体?」
「人が乗って動かす、大きな大きなロボットですよ。この五つの機体にはそれぞれ名前というか、識別名がついていて、それぞれ、騎士、王子、道化、妖精、賢者と呼ばれています」
「妖精がいるのか? ロボットなのに?」
「金色の妖精みたいなロボットなんですよ。このロボットたちは、すでに何度か起動させられて、帝国と地球の危機を救っています。レジーナ様のお父様も、『王子』のロボに乗って、帝国奪還のために戦ったんですよ」
「ほわ~」
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今は知っておる。
(これ、前作の裏設定じゃな……)
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