【完結】聖女は辞めたのに偉そうな従者様につきまとわれてます

雪野原よる

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2.そんな声を出さないで欲しい

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 買い物は楽しかった。
 素朴な造りの屋台が並ぶ細い通りを、道路まではみ出した品物を避けながら歩くのも楽しいし、古い石造りの建物の奥にある立派な本屋に彷徨い込むのもわくわくする。色とりどりの生地屋さん、きらきらした宝石を硝子ケースに並べた装身具屋さん。
 お金はあるけれど、物価がまだよく分かっていないので、今日はただ見て回るだけだ。
 ひらひらした紙で出来た飾りを、クリスマスツリーのように木の枝にくっつけた店が物珍しくて、面白いなあと思って見入っていると、

「安物が好きか。身分を弁える程度の知能はあるようだな」
「お黙り下さい、従者様。耳障りなので」

 背後でぼそりと呟かれて、私の機嫌が急降下した。

「そうか、図星ゆえ耳が痛いか」
「痛いのは、小娘相手に大人げない王子様だけです」
「……」

 よし、黙らせた。

 でも、家に帰るまでに、何度こんなやり取りをして、彼をやり込めないといけないんだろうか。今は、滅多にない機会を全力で楽しみたいのに。

(あっ)

 パンの焼けるいい匂いと、カスタードっぽい甘い匂いが漂ってくる。
 ちょっと古めかしい店構えが見えた。ひっきりなしにお客が出入りしていて、扉につけたベルが休みなく鳴っている。

(これ、絶対美味しいパン屋さんだ)

 重たい木の扉を押し開けて中に入る。パンが焼ける幸せな匂いに包まれて、こっそり深呼吸を繰り返した。ああ、いい匂い。最近のストレスを癒やしてくれる。

 でも。
 店内にはたくさんお客がいるけれど、私の周囲にはぽっかりと不自然な空間ができた。どう考えても、私の横で無駄な威圧感を醸し出している人物のせいだ。第二王子は有名だから、顔を知っている人だっているはずだ。ひそひそと囁き合う声が聞こえる。

(ああ、早く出なくちゃ)

 葡萄が焼き込まれた硬めのパンと、カスタードが乗ったパイ風のもの、後は見たこともないパンを幾つか、そそくさと選んだ。
 私が会計を済ませている間、物珍しいのか、彼は店内をぐるぐる見回している。別に、わざと周囲を威圧してみせているわけではないだろう。聳え立つような長身や、大柄な体躯、普段から険しい眼光、どう見ても只者ではない雰囲気。目立つ。あまりに目立ち過ぎる。これで従者を務めるつもりだとか、……この人、正気だろうか。

「出ます」

 素っ気なく、彼に声をかけて、外に出る。新たなお客が流れ込んでくるところで、少し混乱が生まれた。気が付くと、扉のすぐ外で、灰色のフードを目深に被った男たちに取り囲まれていた。

「……おとなしく付いてくるなら、ここでは事を荒立てないでいてやる」

 なんと、私は悪漢どもに目を付けられているらしい。

「用があるのは、そこの王子サマだ。騒ぎ立てるなら、この店から出てくる客を一人ずつ殺す」

(ほら、やっぱり、従者なんていない方がましじゃない!)

 背後に立っている自称従者様を、怒りを込めて睨み付ける。王子はぴくりと眉を動かして私を見下ろしたが、あまり表情は変わらなかった。

(あの、この人だけ、連れていっちゃっていいですよ……私、無関係なんで)
 と言いたかったが、ここで見捨てるのも寝覚めが悪い。それに、彼らにとっては、私も大事な人質のようだ。背中にナイフを突きつけられながら、裏通りに移動する。

 十分に大通りから遠く、人の気配がない袋小路。見た途端、「よし」と思う。
 ここなら、人に迷惑をかけずに撃退できる。

「さあて、王子様、この人質を痛い目に遭わせたくなかったら……ぐふっ」

 最後まで言わせず、王子がすっと耳元に手を伸ばした。何かが、陽光を受けてキラッと輝く。見下ろすと、私にナイフを突き付けていた男の手に、ダイアモンドのピアスが突き刺さっていた。

 かたん、と、ナイフが落ちる音がした。男に足払いを食らわせて倒しながら、ナイフの柄を跳ね上げて掴み、駆け寄ってきた男に向けて放る。さらに一人を無力化すると、王子は隠しから短剣を抜き放った。さすがに、従者としては長剣を帯びていなかったので、どうするのだろうと思っていたのだが。思いのほか、全身兵器みたいな人だった。襲撃され慣れているんだろうか。大量の敵をぞろぞろ引き連れてくる従者とか、本当に迷惑でしかないので、なるべく近付かないでいて欲しい。

「……私の出る幕、無かったですね」

 倒れ付す男たちを見回しながら言う。
 実は、私は聖女として召喚されただけあって、割と強い魔法をばんばん使えるのだ。護身術も身に付けさせられている。思いっ切り、ぶちかます機会だと思ったのだけども。

「元聖女様は、俺の後ろで情けなく震えているのがお似合いだと思うが」
「悪役みたいな台詞ですね。王子様とも思えません。それはそうと、オルセア様が思いのほか強くて、吃驚しました」

 淡々と述べると、王子の身体がぐらりと傾いた。

「……頭でも打ったか? 毒物を塗ったナイフで刺されでもしたか?」
「いえいえ。それより、さっき投げたピアス、見てもいいですか」
「これか? 麻痺毒を仕込んであるんだ。耳から抜くと、先端が広がって毒が出るようになってる」

 近付いて、私の掌に、慎重にピアスを載せる。
 透明に輝くダイアモンドは、浅黒い彼の肌には似合う。そう思いながら、ちらりと彼を見上げると、

「あっ、血、出てるじゃないですか」

 無理にピアスを抜いた時に傷つけたのか、彼の耳たぶから血が流れていた。
 怪我を治すのは、聖女の習性みたいなものだ。回復魔法を唱えながら、彼に近付こうとした。
 途端に、王子がびくりと身体を震わせて後ずさる。

「な、なんだ。近付くな」
「怪我を治すだけですけど」
「いいから、近付くなと言っている!」
「何を怯えてるんですか。ほら、回復しますから、動かないで下さい」
「あっ、や、やめ、」
「犯されてるみたいな声を出すのは止めて下さい!」
「犯されるとか言うな! この破廉恥娘が!」

 怒鳴り合っていたせいで、反応が遅れた。

「これでも食らいやがれ!」

 倒れ付していた男の一人が、渾身の力を込めた一閃を、王子に向けて放ったのだ。
 そしてまた、ぱたりと倒れ伏した。

「……治す怪我が、増えましたね」

 王子の脇腹に刺さっているナイフを眺めながら、私は呟いた。
 ちゃんと治すつもりだけど、できれば、楽に治したい。無駄に暴れて抵抗しないでもらいたいものだ。
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