【完結】ゴリラの国に手紙を届けに行くだけの簡単なお仕事です

雪野原よる

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ロスタ討伐

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 その三日後。

 諸々の手続きを終えて、ヘルグトカーンによるロスタ王国掃討戦が始まった。

 主戦力:ギルメイ陛下。補助戦力:ギルメイ陛下。作戦遂行人数:一人。

 そこまでは良いのだが(良いのか? ゴリラの国だから良いのか……)、見届け人として、なぜか私が同行している。

(いや、「なぜ」と問うまでもなかったな)

 執務室の会話を盗み聞きしたときに、その理由は耳にしている。

 陛下が私を戦いの場に伴う理由。「格好いいところを見せたいから」だ。

 母国で「機械人形」とあだ名されていた私であれば、「あまりに非常識です、あり得ません」と述べて一蹴するところだが、ここはゴリラの国。そしてギルメイ陛下は最強ゴリラ中のゴリラである。陛下がそれで良し、と思っておられるのだから多分それで良いのだろう。

 事実、私が戦いの足枷になるような陛下ではなかった。

「……フンッ!」

 ドゴオォォッ!!

 陛下が拳を打ち込むと、わらわらと群がっていたロスタ兵たちが紙切れのように吹き飛び、幾重にも展開された魔法障壁が砕け散る。

「ギャアアア」「ひいぃっ、化け物」「来るな、来るなああー!」

 逃げられる者は逃げ、逃げられない者は這いつくばって震えるのみ。悠然と立ち上がって周囲を睥睨する陛下は、その全身が黄金色に輝く闘気に包まれて、悪夢の中で見る首魁ラスボスのように見えた。

(……ああ、格好いい)

 そして、側近たちの思惑通り、ポーッと見惚れている私。

 他人事であれば、完全に茶番である。

 しかしこれは我が身に降り掛かった出来事で、そして恋愛経験値など皆無の私は、初めて経験する恋のせいで完全に理性を飛ばしていた。

(だって、仕方ないだろう、無理。本当に無理。陛下が強すぎて、格好よすぎて)

「無理」

 口の中で呟く。

 私の呟きが聞こえたのか、陛下がこちらを振り向いた。

 鋭く細められていた目が私を見て緩められ、温かみのある色が浮かぶ。愛おしげな眼差し。まるで私の全てを護りたいと思っているような──いや、駄目だ私、これ以上は本当に頭がおかしくなる。

 頭を振ってまっとうな思考を取り戻そうとしている私を、陛下の熱のある視線が追う。私は視線を逸らしたけれど、陛下の視線ははっきりと感じていた。

「……使者殿。寒くはないか」
「はい、大丈夫です」

 今日は快晴の小春日和なのだが。

 私が顔を上げたとき、陛下はすでに私を見ていなかった。

 遠く戦場を見据えている。吹き抜ける生温かい風が、陛下の頭髪を揺らしていた。鎧も着けず、華麗な貴金属で身を飾るでもない。簡素な前合わせの衣の上に、地味な灰色の外套クロークを纏っているだけだ。それなのに、誰もが圧倒され、畏怖せざるを得ない王者の風格を放っている。

「使者殿」
「は、はい」
「すまぬが……少し、触れても構わないか」
「え」

 一瞬、真っ白になった私の耳に、どこかすまなそうな陛下の声が飛び込んでくる。

「目当てはロスタの悪名高い魔術塔だ。ここから一気に距離を詰め、攻勢をかけてケリをつけたいのだが、ならば使者殿を抱えて走った方が安全だろう」
「私を抱えて、戦場を駆け抜ける?」
「そうだ」
「は……はい。分かりました」

 私は真っ白になったまま、コクコクと頷いた。

 陛下が私を姫君のように抱き上げる。見つめ合う目と目……

 とは、ならなかった。

「?!」

 ひょいっと、片腕で子供を運ぶように持ち上げられる。私は陛下の太い腕の上に腰掛けて、その肩に掴まった。

「大丈夫か。ぐらつくか」
「い、いえ」

 陛下の腕が太すぎ、どっしりし過ぎている。足下を軽く押さえられているだけなのに、安定感が半端ない。こ、これでいいのか、本当に? 私は陛下に赤子扱いされているのでは……

「飛ぶぞ」

 陛下の囁きが耳を掠める。

 陛下の足が地面を蹴った。飛ぶ。駆ける、というより宙を飛んでいる。陛下と私の髪が後ろにたなびき、耳の中で風が痛いほど唸り声を上げた。戦場の声と、叫び、金属の擦れ合う音が間近に聞こえては遠ざかっていく。

「ここだ。魔術塔だ」

 何らかの建物の前に達したらしい。そこから陛下は、壁の上を垂直に駆けた。多分、そうだ。何が起きたのか、私にはほとんど理解できていない。

 グアシャッ!

 煉瓦造りの壁が、紙でも破るように破られた。その穴を突き抜けて、陛下が暗い魔術塔の内部に飛び込む。

 息一つ乱さず、私を片腕に抱いたままで。

「な、何?!」「何故ここに」「逃げろ!」「逃げるな! 魔法陣を守れ! 死んでも守れ」

 恐慌の声がこだまする。仄暗い部屋の床に、紫の光を発する巨大な魔法陣が描かれているのが見えた。何かの儀式が絶えず行われていることを示すように、床は無数の血痕で煤け、何かが這いずり回った跡がついている。

「こ、この……天意を恐れぬ悪魔めっ」

 黒いローブを纏った司祭たちが杖を振り上げ、ルーン文字を宙に描く。目を焦がすような眩い光球が放たれて、陛下に向かって飛んだ。

 ヒュイッ

 陛下はそれを掌で受け止めて、その辺の床に投げ捨てた。いかにも無造作に、面倒くさそうに。

 床がジュッと焦げる音がした。陛下は微動だにしていない。

(これは……これは……)

 私は震撼した。

(『魔法すら跳ね返すゴリラ』だ!)

 我が国の史書は、正確なところを伝えていたのだ。とうとうこの目で見てしまった。あれは全て本当のことだったのだ。ゴリラ一人で砦は落とせるし魔法も跳ね返せる。その気になったらゴリラが全世界を支配する。

「どうした? 震えているが」
「陛下……」

 私はすぐ近くにある陛下の顔を見下ろした。私に対する気遣いしか表れていない顔。深く優しい眼差し(敵以外には)

 私の理性は一瞬で吹っ飛んだ。

「……陛下っ、格好いいです」
「そ、そうか。有難う」

 照れて、陛下の頬が少し赤らんだ。そんな陛下を目の当たりにして、私の心臓がまたしてもきゅっと跳ね上がった。あ……好き……

 戦場で、敵を前に何をやっているのかと問わないで欲しい。ゴリラだから(多分)全て許されるのである。
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