【完結】ツンデレ一家の深い愛情を受けて育った伯爵令嬢(仮)です。このたび、婚約破棄されまして。

雪野原よる

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1.雨の日

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 その日は、激しい雨が降っていた。上から下まで、私はすっかりびしょ濡れだ。
 私の心の中も同じく、ざあざあと雨が降り注いでいた。

(お父さん……お母さん)

 両親が亡くなってから、まだ一週間。私の心はぽっかり穴が空いてしまったようで、どうしても埋められないそこから、冷たい何かが這い広がっていく。
 何も考えられない。曇りガラスの中に閉じ込められたようで、目の前のものは全てぼやけて滲んで見えた。

 豪壮な館の入り口、明るい室内を背景にして、いきり立って吼えている紳士ですら。

「この雨の中、ここまで通りを歩いてきた、だと……?! 我が家の体面を踏み躙りおって、小娘が! 風邪など引いたら許さんぞ!」

 見事な口髭だ。頭髪と同じ、淡い金色で、くるんと端が跳ね上がっている。

(……何かで固めてあるのかな……触ったら硬そう)
 
 私がぼうっと髭に見入っていると、ばさっと、分厚いものが頭の上から降ってきた。視界が遮られ、暗くなる。もがきもせず、呆然と立ちすくんでいると、被さっていたガウンが引き下ろされて、私の身体の回りにぎゅうっと巻き付けられた。そして今度は、ふんわりしたタオルが頭上に降ってきた。

「迎えの者を送ったはずだが……いや、そんなことは今はどうでもいい! アンナ! アンナはいるか! 小娘が風邪を引いてしまう!」
「叫ばずとも聞こえております」

 冷たい声がして、痩せた長身の女性が、階段を下りてきた。
 硝子玉のように冷ややかな目が、私の姿を捕らえる。

「こんな濡れ鼠を、そのまま晩餐の席に出すわけにはいきませんわ。全く、手間がかかる子供だこと。ついていらっしゃい」
「……はい」

 それが、そのうち私がお義父さま、お義母さまと呼ぶことになる伯爵夫妻との出会いだった。

 伯爵夫人は私を薄暗い一室に連れ込むと、着替えをさせた。窓の外は槍が降ったような雨で、空は真っ暗な墨色に閉ざされていたけれど、部屋の中には暖炉の火が燃えていて、十分に暖かかった。

 私を暖炉の前に立たせ、女中に持ってこさせた温かい飲み物を渡してくれる。

「いいこと、いつもこんなに貴方を甘やかすつもりはないのよ。分かっているでしょうね? さあ、ゆっくり飲みなさい」

 妙なことなのだけれど、口調がどこか優しい、ような気がする。

「はい、有難うございます」

 ミルクと卵、それにほんのりと蜂蜜、それに香辛料。口にした飲み物は甘くて、身体がじんわりと温まった。

 少し、頭がはっきりしてきた気がする。部屋の中を見渡すと、驚くほど可愛らしかった。野の花が一面に描かれた壁紙。ふんだんにレースやフリルで飾られた天蓋。赤い縁がついた鏡や、透かし模様の入った椅子に至るまで、どこまでも女の子の部屋らしい可愛らしさで溢れている。

「……ここは」
「ご、誤解しないでちょうだい。貴方が来るからといって、わざわざ用意させたわけではないのよ。たまたま部屋が空いていただけであって、貴方のために色々と取り寄せて、考え抜いて整えたなんてありえないわ。せいぜい、身の程を弁えることね!」
「はい」
「……ふん、物分りはいいようね」

 私は気付き始めた。

 まだほんの子供の私に見破られるぐらい、分かりやすくてあからさま過ぎる。

(……この人たち、親切すぎる)
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