最低最悪のクズ伯爵

kae

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最低最悪のクズ伯爵に嫁がされそうになったので、全力で教育して回避します!

第6話 私は私の人生を生きたい

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「あなたがアメリヤね。」


子ども達に案内されて、いきなり孤児院の事務室にあらわれた裕福そうなご婦人が、開口一番そう言った。

庶民がめったにお目にかかれないような質の高い生地をふんだんに使用した服の、妙齢の女性だった。
お化粧の厚さでイマイチ年齢がよくわからないが、声や雰囲気からいって若くはないだろう。

今年27歳のアメリヤよりも大分年上だろうに、目がクリッとしていたり、少し上目遣い気味だったりで、妙に可愛らしい雰囲気のあるご婦人だった。

そんな人が、どうして孤児出身のアメリヤの名前を知っているのだろう。




「あなたの孤児院経営の手腕は聞いているわ。その腕を見込んでお願いがあるの。私の息子のケヴィン・プラテルと結婚をして、プラテル伯爵領を立て直してくれないかしら。」

「死んでもイヤです。」








*****




ここはウェステリア国、プラテル伯爵領にあるプラテル伯爵家直営の孤児院。
王都にも近いプラテル伯爵領の中でも、更に王都よりという好立地に建っているこの孤児院は、一昔前はプラテル伯爵家からの援助金によりとても栄えていた。


しかしここ数年、プラテル伯爵家が落ちぶれていくと同時に、孤児院もどんどんと寂れていって、大人は今では昔から勤めてくれている年配の職員二人と、子供のころからここで暮らすアメリヤだけ。そしてあとは孤児の子ども達だけで、自給自足してなんとか生活しているような有様だ。


そんな孤児院に突然、驚きの人物が訪ねてきた。
なんと前プラテル伯爵夫人、その人だという。

借金だらけでどんどん寂れていく伯爵領の前伯爵夫人にはとても見えないほど、煌びやかで最新の流行のドレスに身を包んでいる。



寂れた孤児院の一室。
アメリヤが書類仕事をする雑然とした部屋に、ご婦人の煌びやかなドレスだけがくっきりと浮かび上がるようで、違和感がすさまじい。
このドレス一つで、一体いくらするのだろう。




―――こいつが噂の甘ったれ伯爵の母親。
他力本願で、子供の面倒をみたくないがために奥さんと子供を追い出したというケヴィン・プラテル伯爵、通称くず伯爵を育てた母親なのね。


日々の労働で疲れきっていたアメリヤは、寝不足で回転の遅い頭でそう考えた。








「うん?よく聞こえなかったのだけど。私の可愛いケヴィンと結婚して、プラテル伯爵領を立て直してくれるわよね?平民で、しかも孤児のあなたが伯爵夫人になれるのよ?こんなすばらしい話ない・・・。」
「いやだから、絶対死んでもお断りですって。」


いくら借金だらけで落ちぶれているとはいえ、貴族の伯爵家の夫人にこんなことを言って、殺されても文句は言えないかもしれない。
だけどアメリヤには、そんなことを考える心の余裕は、既になかったのだ。







*****





プラテル伯爵領にある、伯爵家直轄経営の孤児院、その名もプラテル孤児院で物心つく前から育ったアメリヤ。今年でもう27歳になる。


アメリヤは幼い時から賢くて、そしてとても面倒見が良かった。10歳になる頃には既にお世話をされる側ではなくて、完全にお世話をする側として孤児院で働きはじめ、そうして気が付けば27歳になっていた。

30歳も目前にみえてきて、すっかりくたびれてしまっている。



アメリヤがお世話をしだしてから17年の間に孤児院にいた他の子ども達は次々に、養子にもらわれたり、自立して巣立っていった。

アメリヤだけが、いなくなったら孤児院が回らないからと職員から、子ども達から懇願され、引き留められて、ほぼ無給で働き始き続けている。


何十人という子供たちを見送ってきたアメリヤには、もう世の中のどんなお母さんにも負けない貫禄と、所帯じみた空気が、べったりとこびりついている。
子ども達が純粋になんの悪意もなく「おばちゃん」と呼んでくるのにも、もう慣れた。


近くでよく見れば、水色がかった金色の髪も艶やかで、肌もまだまだ水分を含んでいて意外と若いと分かるのだが。







アメリヤが20歳を過ぎた頃には、孤児院から卒業する話も出ていた。
働き者のアメリヤは、働き先に困ることもない。
孤児院から出て、街で暮らして働いて、今まで独立した多くの子ども達と同じように、一人でやっていくつもりだった。

冗談交じりにだが、うちの嫁にきてくれと言ってくれる人も何人かいた。


しかしちょうどその頃からだった。プラテル伯爵領の雰囲気がおかしくなってきたのは。
なんでもその頃、前伯爵夫妻が早々に引退をし、結婚したばかりの甘えん坊の一人息子、ケヴィン・プラテルに家督を譲ったらしい。



その頃からプラテル伯爵家からの孤児院への援助金はどんどん少なくなっていき、そしてアメリヤが22歳の頃、若きプラテル伯爵が結婚してからたった2年で夫人と子どもに逃げられたと言うニュースが領地中に駆け巡ると同時に、完全にストップしてしまった。


そんな状況で、何十人もの子供たちを見捨てて孤児院から出て行くことは、その時のアメリヤにはできなかった。



街へ出て一人で暮らせば、自分一人を養っていれば良かったけれど、孤児院に残ったら何十人もの子供達の世話をしなければいけない。
衣食住を確保してあげなくてはならない。

若い日のアメリヤは決死の覚悟で、あと1年、あと1年だけだと自分に言い聞かせ、孤児院で必死に働き、ずるずると今日のこの日までやってきてしまったのだ。






孤児院の裏手に畑を耕して、子ども達にも出来る仕事を見つけて、頼み込んで働かしてもらった。
小さい子に料理を教えて自分たちで食事を作り、必死になって生活をしているうちに、いつしか職員と子供達とだけの働きで孤児院を経営できるようになっていた。

そして気が付けばアメリヤは世間から、孤児院を立て直した敏腕経営者、子ども達を見捨てられずに孤児院に残って働いた、子ども好きの聖母と呼ばれるようになっていたのだ。





―――誰が聖母よ。笑っちゃうわ。





「ふーん、そう。この私にそんな口をきいても良いのかしら?まあ良いわ。私って、人を見る目があるのよ。優秀な人間を見つけるのが得意なの。ケヴィンにも優秀な執事と、優秀な奥さんを見つけてあげてもう安心だと思ったのに、自分から追い出してしまって本当に困った子だこと。・・・・だから新しい奥さんを用意してあげないと。」
「お断りいたします。」



甘ったれで他力本願で、たかだかたった一人の、しかも自分の子どもの面倒すらみたくないと言って追い出した男の奥さんになれ?そして伯爵領をどうにかしろですって?




そんなの、死んだ方がマシじゃない!




アメリヤは思った。
これまで孤児院を経営するだけでも大変だったのだ。お荷物の甘ったれ伯爵を抱えながら、伯爵領を立てなおせだなんて、冗談ではない。
17年どころか、これからの一生までもが台無しになる。



「あなたがケヴィンと結婚しないなら、この孤児院を潰すわよ?援助金なしに自分たちで経営している奇跡の孤児院だなんだと言われているようだけど、これだけの敷地と大きな建物をただで貸しているのは、誰だと思う?それに孤児院なんだから、税金だって払っていないのでしょうし。」
「3年前から、お宅の息子に払えと言われて払っていますけど。税金。」
「・・・え!」



どうやらご婦人は本気で知らなかったようだ。
息子が領内にある孤児院に、援助金を一切与えないどころか、ほんの少しの収益の中から税金まで徴収していることを。
ドン引きしているようで、顔が引きつっている。



「ま・・・・まあ、収益が出ているなら、そこから税金を払うのは当然よね。そう!その収益が出ているのだって、この敷地と建物があってのことよ!今プラテル伯爵領は借金だらけなの。この王都に近い広大な敷地と、古いけれど手入れされている屋敷を売れば、大分返済の足しになるわ。」

その屋敷の手入れをしているのは、一体誰だと思っているのだろう。日々綺麗に掃除をし、定期的にペンキを塗って腐食を防ぎ、壊れたらすぐに修復しているのは誰だと?



「どう?あなたがケヴィンと結婚するなら、孤児院はこのままにしておいてあげる。だけど断ると言うなら、この土地と建物を売って孤児院は取りつぶすわ。だって仕方ないでしょう?伯爵領が潰れたらどのみち孤児院だって潰れるのですもの。」


30歳くらいのプラテル伯爵の母親ということは、50歳代といったところか。今まで苦労などしたことがなさそうなご婦人は、労働で疲れた27歳のアメリヤと向かい合っていても、どちらが年上なのか分からないくらい若々しい。


だけど、気が付いているだろうか。
ご婦人は、きっと若い頃は綺麗だ美人だと言われたであろう。目鼻立ちだけは整っている。でも煌びやかなドレスに身を包んでいても、脅し文句を言っているその表情にはなんとも言えない不快感があって、お世辞にも綺麗とは言えない。


―――この人、内面の醜さが、顔に浮き出てきているみたい。


街で一生懸命働いている平民達のほうが、毎日働いてくたびれている人たちのほうが、ずっとずっと、内から光輝いていて美しいとアメリヤは思った。



―――でもきっと私も、醜さが顔に現れているんだわ。



「孤児院が潰れて、大勢の子ども達が路頭に迷うのなんて、見たくないでしょう?さ、決まりね!」
「いいえ、お断りします。」

話はお終いとばかりにパンッと手を打つ婦人に対して、もう何度目か分からない断り文句を言う。


どうやら婦人は、子ども達を見捨てられない優しい聖母だというアメリヤの評判を信じてしまっているらしい。本当は全然、そんなことはないのに。


「・・・ちょっとあなた、いい加減にしなさいな。本当には潰さないと思っているんでしょうけど・・・・。」
「いいです、本当に孤児院が潰れても。」
「え?」


アメリヤの両目から涙が溢れてくる。次から次へと溢れてくる。
今まで我慢して我慢して溜まりに溜まったものが、ついに淵から溢れてこぼれるように、その涙を止めることはできなかった。


「もういい。潰れていい。なんで私だけ我慢して、何年も、何年も何年も人のために働き続けないといけないの?友達はどんどん幸せな家庭にもらわれていったり、好きな仕事で働きだしたり、結婚をして、子どもが何人も生まれたりしているのに、なんで私だけいつまでも、何年も!」

「ちょっと・・・。なによあなた・・・。そんなの知らないわよ。」


プラテル夫人は、いきなり泣き出したアメリヤに戸惑ったように、ふてくされたようにつぶやいた。


「もうこんな孤児院潰れても良い!子ども達を可愛がる聖母なんていないんです。もう、限界です。自分一人だけで幸せになります。子ども達が何十人も目の前で路頭に迷っても、いいです。聖母なんかじゃなくていい。冷たくて、子ども達を見捨てる悪魔なんです。もうそれでいい!!」



叫ぶようにアメリヤはそう言うと、ついにこらえきれなくなって、その場でしゃがみこんで、声を上げて泣き始めた。



「もう悪魔でいい・・・・・私は自分の人生を生きたい・・・・・。」



プラテル夫人はアメリヤのその様子を見てどう思った事だろう。
もうどうでも良かった。そんなことを考える心の余裕は、アメリヤには既になかった。





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