最低最悪のクズ伯爵

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空白の5年間

怪盗エリス編①

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 その日馬車でエルトマン侯爵の屋敷に向かう途中、森の中でセドリックとユリアは心の底から困っていた。


 ハウケ伯爵夫妻が田舎に引っ込んだ大貴族、エルトマン侯爵の邸宅に滞在して数か月。
 ついに孫に会いたいので帰りますと申し出たところ、逆にセドリックとユリアとレオの方も侯爵邸に来たらいいんじゃないかいう話になってしまったという。
 
 まあいくら帰してくれないと言っても、縛り付けられている訳でもなければ、無理強いされているわけでもない。
エルトマン侯爵はとても顔が広く、同じように侯爵のお眼鏡にかなって招待されているゲストも気の合う者ばかり。
しかも領地経営や事業の役立つ相手同士を結び付けてくれたりするので、帰るに帰れないというのが実情らしい。
遊びに来ている子供も何人かいるので、良かったら来ないかと、エルトマン侯爵の招待状と一緒に封筒に入っていたハウケ伯爵の手紙にも、書いてあった。
領地経営の為になる人脈を紹介してくれると聞けば、ハウケ伯爵の将来の跡継ぎであるセドリックに否やはない。
レオハルトの遊び相手の子どももいるとなれば、なおさらだ。


そうしてエルトマン侯爵領に向かうことになり、2歳のレオハルトがいるのでゆっくりと馬車を走らせ、夜は宿屋でしっかりと休む旅をすること数日目。
ついにこの森を越えたらエルトマン侯爵邸まであと少しというところで、問題が起きてしまった。
旅の疲れもあるだろうが、道の悪い森の中をガタガタと揺れながら進むうちに、レオが吐いてしまったのだ。

幸い熱はなさそうだった。
ガタガタとした揺れのせいで気持ち悪くなってしまったのだろうと、しばらく休んでから、慎重に進み始めてほんの5分。
またレオが吐いてしまった。
今度は吐くものがほとんどないようで、小さなからだでひたすらえづいていたのが可哀そうだった。
今は疲れて、ぐったりとした様子でユリアに抱かれて眠っている。

「どうしましょうセドリック。また馬車に乗せたら、体調を崩してしまうかも」
「そうだな」
 森はまだしばらく続く。
 馬車も通れるほどの広さのその道は、周囲の木から落ちてきた枝や、小石、そして様々な種類の馬車の轍でデコボコになっている。
 2歳のレオに、この揺れは厳しかったのだろう。

「ゆっくり休ませてあげたいが……今日は暑いな」
「そうね」

 森の中は、木陰になっていて比較的涼しくはあるが、初夏の陽気はじわりじわりと体力を削っていく。
 1度目吐いた直後はミルクをなんとか飲ませたが、2度目に吐いてからは寝てしまって、レオは水分をとっていなかった。
 このままここにいても、きっと体調はよくならない。

「ユリア。抱っこを代わるよ。少しでも歩こう」
「セドリック!? 森があとどれだけ続くと思っているの? レオを抱いて歩くなんて無理よ」
「少しでも馬車に乗る時間を減らしてあげたい。レオが寝ているうちに、歩けるだけ歩いて……」

 二人がそんな相談をしていると、馬の走る音が、遠くの方から近づいてきた。
 セドリックたちが向かう予定の方角から。
 単騎のようだ。
 音だけでも、訓練された良い馬であることが分かる。
 貴族か……もしかしたら騎士かなにかかもしれない。
 
 馬が通るからといって、今のこの問題が解決するわけではない。
でもセドリックは、この馬の主が、なにか状況を変えてくれるような、妙な期待感を抱いて、その方角を見つめた。

パカッ パカッ パカッ

音が近づいてきて、その馬上にいる人物を見て、驚く。
知り合いと言えば知り合いのような、ただ見たことがあるだけともいえる。
 社交界でも人気者で、有名人のその男は、比較的最近、とある貴族の屋敷の夜会で見かけた子爵令息だった。
 セドリックがルガー夫人を助けたあの夜会で。
 腹の出た伯爵から夫人を助けた時、もう一人ルガー夫人を狙っていた男だ。

「おや、こんにちは。セドリック・ハウケ君じゃないか。そちらはユリア・ハウケ嬢」
「……こんにちは。エリス・ケーヴェス先輩」

 この男はセドリックの1つ年上だった。
 12歳から通う王都の学園に所属していた頃も一学年上の先輩で、女性からモテているのをよく見かけた。
 公平に見て、顔はそれほど格好良くはない。
 目が細長く、彫も浅い。
 でも自信あふれる言動と、陽気な性格、スポーツ万能なところが好かれるのか、女性関係での浮名が、ひっきりなしに立つような男だった。

 予感は外れたのかもしれない。
 騎士の様な見事な馬捌き。
 規則正しく、無駄のない走らせ方の音を聞いて、それこそ困っているところを助けてくれる、騎士の様な人物の登場を、心のどこかで期待していたのだが。

――そういえばこの男は、学園を中退したんだったな。

 貴族の学園はあくまで教養を身に着けることと人脈作りが主な目的で、18歳での卒業を待たず中退する者も珍しくないので、セドリックは今まで忘れていた。
 逆になぜそんな情報が思い浮かんだのかと考えると、彼は騎士学校へ入るために中退したという噂を聞いたことがあるからだった。
 しかしその後、彼が騎士学校へ入学したという話は聞かなかい。

「……顔色が優れないね。何か困りごと?」

 遊び人の子爵令息――エリスは意外なことに、わざわざ馬から降りて、本当に心配してくれている様子で、近づいてきた。
 どこかへ行く途中で、挨拶だけして通り過ぎるものかと思ったのだが。

「レオが……息子のレオハルトが、馬車に酔ってしまったようなんです」
 ユリアが状況を説明した。
 普段人を頼るのが苦手なユリアだが、エリスにはつい相談をしたくなるような、何とかしてくれるような、自信に満ちあふれた不思議な貫禄があった。

「それは困ったね」
「今、俺がレオハルトを抱っこして、少しでも歩いて進もうと思っていたところなんだ。歩きで今日中に森を抜けるのは難しくても、少しでも馬車に乗る時間を減らそうかと……」

 気が付けば、セドリックもエリスに考えを話していた。
 ほとんど喋ったこともないような相手に、何を期待しているというのか。
 なぜ一言、「なんでもないので大丈夫」と言わないのか。

「ユリアは馬車に乗って、先に行ってくれ」
「セディ。一人で歩き続けるのは大変よ。私も交代をするから」
「イヤ大丈夫。君まで体調を崩しては大変だからな。少し先で待っていてくれると助かる。休み休み行けば……」


「馬車の揺れがよくないのなら、馬に乗るのは無理かな? レオ君は、普通の道なら馬車でもいけるんだろう? だったら揺れないように気を付けて、馬で行けば大丈夫じゃないかな。送っていくよ」

 その時、二人の話を聞いていたエリスが、そんな提案をしてくれた。
 レオを馬に乗せていく。
 それは考えつかなかった。
 しかしただの通りがかりのエリスに、そこまでしてもらって良いのだろうか。


「セドリックか、ユリア嬢。どちらかがレオ君を抱っこして、2人乗りで行こう。俺としてはユリアちゃんのほうが嬉しいけれど」
「それは却下だ」
「だよねー。じゃあセディ君が乗りなよ」

 茶化した様子で、なんてことないように、軽い調子で提案してくれる。

「しかし……良いのか?なにか用事があったんじゃ」
「ん-平気平気。ちょっと気晴らしに馬を走らせていただけだから。っていうか君たち、エルトマン邸に招待されているんだろう? 実は俺も、今ゲストとして滞在しているんだよね」
「そうなのか」

 なんとエリスは、セドリックたちと同じようにエルトマン侯爵の客だったらしい。
 ほぼ初対面の人間に借りを作るのは気が進まないが、レオの体調が最優先だ。

「すまない。では頼んでもいいだろうか」
「ああ、もちろん。良いよ乗りな。」

 エリス・ケーヴェスが片目をつぶってニコリと微笑んだ。
 学生時代「キャー、エリス様素敵!」と女生徒達が騒いでいた、お得意のキメ顔だ。
 間近で見ると、なるほど格好いいなと思ってしまい、そう思ってしまった自分がなんだか悔しいセドリックだった。




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