わが家のメイドはボディーガード付き

鶴山葵土

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わが家のメイドはボディーガード付き

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その日、珍しく母から電話が掛かってきた。なんでも頼みがあるらしい。
いきなり本題に入ることはなく、元気にしているのか、仕事はうまくやっているか、食事はきちんととっているかといった近況を聞かれた。
正直、仕事は上手くいっていなかった。しかし、親を心配させまいと僕は元気にやっていると返事をするのだった。

僕の名前は赤坂紘一あかさかこういち。今年で二十六歳になる僕は、地方の大学を卒業すると、東京の出版社に就職した。誰もが一度は耳にしたことがある有名企業だ。子供の頃から僕は漫画が好きだった。漫画家を目指そうと思ったこともあったが、僕には漫画を描く才能はなかった。それでも漫画に携わりたいという思いから、いつしか僕は漫画の編集者になるという夢を持つようになる。そして、僕は夢を叶えたのだが、現実は厳しいものだった。
夜遅くまで残業の毎日。終電帰りなど当たり前のような状況だった。それでも仕事は片付かない。納期がある以上、遅れがでればそれを取り戻さなければならない。休日出勤もして何とか食らいつく毎日だった。夢だった仕事に就いたとはいえ、こんなにもしんどい状況が続けばさすがに熱意など無くなる。

両親は小さな町工場を経営していた。当然、就職活動時に父から工場を継がないかという話がでた。しかし、僕は子供の頃からの夢を諦めたくなかった。そんな僕を応援してくれていた母と何とか父を説得したことで、僕は出版社への就職を許されるのだった。
そんなこともあって、母には今の仕事がしんどいという弱音を吐くことなどできるはずもなかった。他愛のない話を済ませると、母の口から本題が告げられた。

内容を整理すると、両親の知り合いに、メイドとして働き口を探している女性がいるらしい。
その女性は子供の頃からメイドになるのが夢だったらしいが、両親からの猛反対やとある事情により、どうしてもその夢を諦めなければならなくなった。しかし、子供の頃からの夢だ、そう簡単にあきらめることなどできない。そこで女性は何とか両親を説得し、一年間という期限付きでメイドとして働くことを許されたのだそうだ。
だがこのご時世、メイドとしての働き口などそうそう見つかるものではなかった。
そこで、仕事上の付き合いがある僕の両親に話が来たそうだ。

部屋を見渡す僕。日々の忙しさで部屋は荒れ放題だった。正直、メイドでも雇って家事を任せたかった。だが、社会人四年目の僕にメイドを雇うなんて金銭的な余裕は当然なかった。
母にそう告げた。すると、母からは思いもよらないことを言われるのだった。
メイドとして働くのはあくまでボランティアのようなもので、先方からは給料はいらないと言われていると。
働く以上、給料が発生するのは当然のことだ。それなのに給料はいらないなんて怪しすぎだろう。そんな話があるのだろうかと疑ったが、僕の両親はその女性と古くから面識があるらしく、騙されているわけでも怪しい話でもないそうだ。

当時の僕の生活は仕事が中心で、家事まで手が回っていなかった。部屋の間取りこそ1LDKではあったが、特別部屋が広いということはなかった。しかし、仕事の忙しさで正最低限やることは何とかこなしてはいたが、食事はコンビニ弁当やカップ麺が中心、部屋の掃除は掃除機ロボットにほぼお任せ、ワイシャツにはシワが目立っていた。直、メイドが来てくれるというのならありがたかった。しかも給料はいらない。こんな話、二度とこないだろう。僕はこの話を受けることに決めた。

僕の両親から話を通してもらった。女性は週末にメイドとして部屋を訪れることになった。
さすがにあの荒れ放題の部屋を見せるわけにはいかないので、僕は短い時間ではあるができる限りの掃除を行った。まぁ、男の独り暮らしであることを考えると許される程度には片付いただろう。そして、僕は女性が来るのを待つのだった。
そこでふと思った。どんな女性が来るか聞き忘れたと。
母に電話を掛けようとスマホを手にしたその時、部屋のチャイムが鳴るのだった。

待ち合わせ時間の五分前であることを考えると、おそらく女性が到着したのだろう。僕はスマホを机の上に置き、玄関へと向かった。女性の特徴など何も聞いていなかった僕は、扉を開けた先にどのような女性がいるのだろうと考えると、急に緊張してきた。
扉の前に立ち、落ち着こうと一息つく。そして、扉を開けるのだった。
そこに立っていたのは―、少女だった。

腰まである長く艶やかな黒髪が印象的な少女。まだ幼そうな外見で年齢は高校生、いや中学生だろうか。ともかく、なぜこんな少女が僕の部屋を訪れたのかと僕はきょとんとしていた。
すると、少女が口を開いた。
「あの、こちらは赤坂紘一さんの御宅で間違いないでしょうか」
間違いない、僕の名前だ。
「えぇっと、はい。僕が赤坂紘一です。」
と答えた。
すると、少女はホッと息をつき、話をし始めた。
「初めまして。私、今日からこちらでメイドとして働かせて頂く、鷹華ようかと申します。鳥の鷹に華やかの華で鷹華と読みます。宜しくお願い致します」
僕は驚いた。こんな美少女が今日からメイドとして僕の部屋を訪れるとは想像もしていなかった。しかも無給で。頭の中がまだ整理できていない。しかし、ここで考えていても仕方がない。とりあえず僕は鷹華という少女を部屋に上げることにした。
「えっと、とりあえずここで話をするのもなんなので、部屋の中へどうぞ」
「はい。失礼します。」
と鷹華が部屋の中に入る。距離が近くなったことで改めて鷹華の幼さに改めて気づく。
僕が鷹華に見とれていたその時だ。
「邪魔する」と太い男の声が聞こえた。再び玄関に目をやると、そこには身長百九十センチメートルはあろう大男と、ヘビー級ボクサーのような角刈りの屈強な男が続いて部屋に入ってくるのだった。驚いた僕はこういった。
「えっ、いや。あの、どちら様ですか。部屋を間違えていないですか」
二人の男は振り返りこういった。
「ここは赤坂紘一の家なのだろう。であれば、間違いは無い」

僕はお茶を用意し、リビングへと向かう。そこには可憐な美少女・・・と、その美少女の左右に屈強な男が二人。なんでこんなことにと思いつつ、僕は三人にお茶を出す。
僕も席についたところで、鷹華からメイドとして働くことについての詳細が切り出された。
毎週水曜と土曜の二日、メイドとしてこの家に訪れ家事をすること、無給でよいことなど、内容はほぼ母から聞いていた通りであった。

お茶をクイっと飲み喉を潤したところで、僕は恐る恐る鷹華に尋ねた。
「先ほどから気になっていたのですが。そのー、左右にいらっしゃるお二方は一体どういう理由でここに来られたのでしょうか」
鷹華は左右に目をやると、
「ああ、お二方のことでしたら、気になさらないで下さい。私のボディーガードなのですが、いないものと思ってくださって結構です」
ニコリと笑顔を見せ答えるのだった。
いやいやいや、気にするよ。何、その屈強な男性二人は。ボディーガードが必要なメイドってどんなメイドだよ。さっきから自然と視界に入ってきて、気にしないなんて無理だよ。恐怖しか感じないよ。さっきから一言もしゃべらず存在感を消してはいずが、僕が変なことを言えばおそらく一瞬で締め上げられる。この話は断るべきだと僕は感じていた。
しかし、鷹華は本当にかわいかった。こんな美少女そうそういない。そんな娘が週に二日、僕の部屋を訪れ家事をしてくれる。こんなチャンス一生に一度だってあるものではない。
結局、僕は彼女の可愛さに負け、鷹華をメイドとして雇うことを断ることはできなかった。
とりあえず左右の二人についてだが・・・、バスケ選手のような長身の方をさんさん、ボクシングのヘビー級選手のような体格の方をかくさんと僕は心の中で名付けるのだった。左右に頼もしいお供を連れている姿をみれば、これ以上にしっくりくる名前はないだろう。

一通りの話を終えると、早速その日から鷹華は家事をしてくれることになった。
鷹華がくるということで、部屋はそれなりに片付けていた。そこで、僕はシャツのアイロンがけをお願いした。アイロン掛けの間、僕は少し休ませてもらおうと寝室にいき、ベッドに横たわる。意識がなくなりしばらく経った、その瞬間だ。
「きゃー」という鷹華の叫び声が聞こえ、目を覚ました。そして、リビングに戻る。
そこには、焦げ臭い匂いが経ち込み、シャツにはアイロン形の焦げた跡、フローリングは水でびしょびしょという惨状になっていた。
状況から考えると、アイロン掛けをしていてシャツを焦がしてしまったのだろうと思ったが、いや待てと考え直す。フローリングが水浸しなのは一体。
まさかと思った僕はこっそりと隣にいた格さんに目をやった。
すると、格さんは視線を逸らすよう顔を背け、
「鷹華様はいわゆるドジっ子だ。このような失敗、日常茶飯事だ」
と小声でいい、片付けをしている鷹華と助さんの手伝いに加わるのだった。
どうやら少し焦がしてしまったレベルではなかったらしい。
片付けがひと段落し、鷹華からシャツが燃えてしまったことなど諸々の謝罪があった。
まあ、幸い安物のシャツだったし、そろそろ買い替えかなとも思っていた。
気にしてないで次の仕事を依頼した。落ち込んでいた鷹華だったが、その言葉を聞き気持ちを切り替えてくれたようだ。

その後、鷹華は夕食を作り始めた。
僕は再び寝室に戻ると、再び眠りについた。
部屋の中が暗く鳴り始めた頃、リビングから鷹華の声が聞こえた。食事の用意ができたそうだ。僕はリビングに戻り、食卓についた。
そして眼前にあるものを見て、わが目を疑った。皿の上に並べられた食べ物に見えないこれらは一体・・・。食べられるものなのだろうか。僕は鷹華に尋ねた。
「これは何の料理なのかな」
「見ての通り、シチューを作ってみました。お口に合うとよいのですが」
鷹華は満面の笑みを浮かべてこう言った。

シチュー。当然シチューは知っていますとも。でも僕が知っているシチューは白くてトロトロで、でも目の前にあるのは妙に赤くて、コポコポと音を立てている。まるで溶岩のようだ。食べる前から僕には分かった。これは不味い。食べてはいけないと。
僕は助さん、格さんの方を見た。
その視線に気づいた助さん、格さんは顔を背けた。僕は確信した。これは、口にしてはいけないと。しかし、中々口にしない僕を不思議そうな顔で見ている鷹華に気づき、僕は覚悟を決めた。

スプーンですくい、口へと運ぶ。不思議だ、味が・・・しない。
だが、感想を期待する眼差しを向ける鷹華に何も伝えないのは悪い気がする。
再度、味を確認しようとスプーンですくい二口目を口にしようとした瞬間、目の前が暗くなっていった。

意識が戻ってきた。どうやら、気を失っていたようだ。後頭部にとても柔らかい感触を感じる。枕の感触ではなさそうだゆっくりと目を開けると、そこには鷹華の顔があった。とても可愛い顔に僕は見とれてしまった。
僕が目を覚ましたことで、鷹華は安心したようでホッとした顔を見せた。どうやら、彼女の手料理は命刈り取りかねない、恐ろしいものだったらしい。
後頭部の柔らかい感触は鷹華の太ももの感触だった。女性に膝枕されるのは初めてで、どんな顔で鷹華をしたらいいかわからなかった。

しばらくして、鷹華は食事のあと片づけをし始めた。皿を洗い始めると、僕は皿を落として割るのではと気が気でなく、ちらちらと鷹華を見ていた。
しかし、僕の心配は無用だったようで皿は洗い終わり、皿拭きを始めた。とその瞬間、鷹華の手からするりと皿が滑り落ち割れると思った瞬間、助さんが滑り込み、お皿をナイスキャッチ。お皿はなんとか割れずにすんだ。僕はほっとした。

その日の仕事が終わり、鷹華と男二人は帰るところだった。
「今日はご苦労様。色々あったけど、初出勤だから緊張した。」
と僕は鷹華に尋ねた。
「ええ。初出勤というのもありますが、初めての家事ということで、とても緊張しました。」
と笑顔で返した鷹華は二人のお供を連れて、帰宅するのだった。

僕はとんでもない少女をメイドとして雇ってしまったようだ。無償でいいというのはそういう理由だったのかと気づいた、だが、不思議ともう来ないで欲しいと断る気にはならない。
鷹華の笑顔を見るとこれから始まるであろう慌ただしい日々も、悪くはないかなと思ってしまう僕がいた。
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