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あちらの世界の異邦人
しおりを挟む目を開けた。
まばゆい白さは直ぐに薄らぎ、『主人公』は見える世界に驚愕した。
全くの知らない場所だ。書物などで得た知識の中にも、このような街並みはない。
意味もなく後ろを振り返る。
やはり意味はない。四方八方、同じような景色が広がっているだけだった。
『主人公』は考える。「ここは何処なのか」
顎に手をやりながら思案していると、真横を通る人々の話し声が耳に入った。
「ねーねー、あれ見たー?」
「うんー!」
奇妙な体験だった。「まるで……まるで、ニ、ホン、語、じゃない、か?」
『主人公』は馴染みの言語に安堵するよりも、見慣れぬ格好の人々が自分の知っている言葉を流暢に話しているのに身の毛がよだった。
それを知ってから再び周囲を見ると、十数メートルの建物群がとても不気味に思えた。
意図せず腹の虫が疼いた。こればかりは生理現象なので仕方がない。
歩道の真ん中で途方にくれているのにも飽き飽きし、何処か食べ物を提供してくれる店を探すため、その辺を彷徨いた。
やはり元の世界とは別物だ。住人の話し声は理解できるのに、看板の文字はちっとも読めたものじゃない。
「レストラン、喫茶店、酒場……なんでも構わないのに」
自然と独り言を呟いて歩く。さしずめ立派な不審者だった。
「こうなれば――」
と、顔を上げ、目を瞑る。
視力が駄目ならば、五感の内の嗅覚を研ぎ澄ました。
あちらの方から食欲をそそる良い匂いがする。
『主人公』は、まるで敵に狙いを定めるような眼差しで、迷わず道を歩き出した。
こうして無事に店には辿り着けたのだが、神はさらなる試練を与えた。
金銭のやり取りである。
なにせ方法がわからない。ここではこれが当たり前だというのか。対人式ではなく、未知の箱があるだけで、『主人公』はまた頭を悩ませた。
文字の書かれたボタンがいくつもあるのだが、『主人公』は手を伸ばしたまま固まってしまった。
「すみません」
「はっ、はい!」
ここの住人から声をかけられてしまった。
「あ」振り返るついでにボタンを押した。
箱はうんともせず固まったまま、時が流れた。
「次、いいですか?」
「はい。すみません」
さすがはここの住人だ。支払いはカードらしく、慣れた手つきで箱を操作した。それが済むと店の奥へ入っていった。
見惚れたようにその人の後ろ姿を眺めたあげく、
結局何もできずに店を出た。
「これからどうしよう……」
運河の見える階段に腰掛けた。
ため息を吐くと、隣に腰掛ける人物が現れた。
「ほれ。これでも食いなって」
その人は随分とお人好しで、ここの住人ではない『主人公』の話を最後まで聞いてくれた。
「ここでは、皆協力して生活してる。困ったら橋の下に来るといい」
と言ったお人好しの人物に別れを告げて、『主人公』は再び歩き出した。
「そういえば……『冒険のはじまり』ってこんなものだった!」
決意を胸に立ち上がった。その顔は、正に勇者だった。
向こうの世界の『主人公』は、ここに『異世界生活』を始めるに至る。
終
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